とある城下町の中に紛れて建っていた一軒の家に、アカギしげるは暮らしていました。
幼い頃に母を事故で亡くし、数年前には父をアルツハイマーで亡くし、今は再婚相手である継母の兵藤とその息子二人と共に生活しておりました。
二人の名前はそれぞれ、和也と聖也です。
しかし、アカギが余りにも美しかったため、皆嫉妬をむき出しにして毎日アカギにあれやこれやと仕事を押しつけ、虐げるような生活が続いていたのです。
そんなアカギの唯一のお友達は、パン屋の看板息子である治でした。
面倒な仕事をほっぽり出して、たまに治とこっそり出かけたりしていたのです。

一方その頃、お城では王子の父である国王、利根川が王冠を投げ飛ばしてしまうほど激怒していました。
理由は一つ、息子である王子、カイジが未だに婚約相手を見付けないことにあったのです。
自分自身、年々老いていく中、孫を見たいという事と無事に相手を見付けて幸せになって貰いたいという願いを、彼はヒラリと交わしてしまうからでした。
大臣の石田が、恐る恐る近付いて怒りに荒ぶる利根川国王に宥める言葉を掛けますが、あまり効果はないようです。
「あんなに小さく可愛げが在ったというのに、今や自立も出来ぬ自惚れに育ち、相手を見付けようともしない…」
大きく盛大な溜め息を吐いてみせる国王に、石田大臣は困ったように言いました。
「そ、そうですね…なら、今は急かさず自由にさせてみてはどうでしょう、か…」
「自由にだとっ!?」
やっと落ち着いてきたかと思いきや、また声を荒げ始めた利根川国王に石田大臣はたじたじです。
「今まで散々自由にさせてきてやったのに、一人も恋人という物を見付けてこなかったんだぞっ!?」
「そ、そうでしたね…」
「だからこそ、私に良い考えがある…見付けられるようにお膳立てをしてやれば良い」
「で、ですが…王子にばれたり、とか…」
「いちいち勘ぐるわけがない、良いからお前はさっさと町中の若い娘や息子達が居る家に招待状を出せ!」
「は、はいっ!」
慌てふためきながら石田大臣はその場を後にし、急いで手筈を整え始めた。
利根川国王も今回の舞踏会でカイジが良い人を見付けて欲しいと願うばかりでありました。

そして、次の日のことでした。
「はい…何ですか」
「王宮より、火急のお便りです」
街の中心とも言える大きなお城から、ある便りが家に届けられたのです。
「そうですか、どうも…」
アカギは丁度玄関付近の掃除をしていたため、そのお便りを受け取ってすぐに兵藤の元へと届けに行きました。
「城から手紙ですよ…」
「オレが読む!」
「俺が先だぜ!」
丁度部屋に募っていた聖也と和也が手紙の取り合いを始めたが、すぐにその手から奪って兵藤が読み始めました。
そこには舞踏会であることと、街の居る全ての若い娘や息子に対して参加するようにとの内容が記してあります。
「…と、言うことは…王子に会えるのか!?」
「なかなか拝めないからな、良い夜になりそうだ!カカカッ!」
「落ち着けお前達…すぐに準備を始めようじゃないかぁ?」
「…それは、オレも参加出来るって事ですよね」
アカギの言葉を聞いたその瞬間、綻んでいた三人の顔が一気に邪悪な者へと変わりました。
一家の一員であり、年相応のアカギにも当然、城へ赴く権利はあるのですから、今の言葉に間違いはありません。
正直、アカギは王子に何の興味もありませんでした。
強いて言うと舞踏会という物が、どう言った物なのかが、とても気になったのです。
しかし、二人の息子から盛大にバカにされて笑われてしまいました。
ですがアカギですから、そんな事ではめげません。
「どうしていけないの?…オレは一応でも家族の一員の筈、それに手紙には王族の命令として若い娘や息子全員参加するようにと書いてある…つまり、勿論オレにも参加する権利は設けられているって事だ…違いますか?」
アカギが主張すると、兵藤は患わしそうな顔で同意しました。
しかしただでは、そんなことを許すほど甘くはありません。
「良いだろう…ただしぃ言い付けてあることが全て済んだら、そして舞踏会に見合う服を見付けてこれると言うなら、行かせてやらん事もないがねぇ?」
「分かりました…何とかしますよ、じゃ…」
その言葉を聞いて、アカギは嬉しくなって部屋を出ると、急いで仕事を片付けようと頑張りました。
ですがアカギには舞踏会に見合う良い服を、用意することは難しいのです。
何せ素寒貧であり、幾ら家の中のことをやらされているとしても、そこに報酬なんて物は発生しないのですから。
そこで、治に相談してみると彼は快く協力を申し出てくれて、素敵な衣装まで用意してくれました。
しかし…。
「お前達、用意は出来たのかぁ?」
兵藤が問い掛けると、二人の息子はたった今支度を終えました状態で玄関にやってきました。
「おーい、アカギぃ…っ!?」
呼ばれたアカギは美しく清楚な姿でやって来て、彼らの前に立ちました。
「準備なら、出来てますよ」
兵藤がアカギを呼んだのは、留守番の間のことを告げるためであったのに台無しでした。
お金があるわけでもないアカギが、どうしてこんな素敵な衣装を用意できたのか、それはきっと知り合いのつてか何かだろうと考えます。
元々、舞踏会という物は王子が結婚相手を探すために行われるような物で、その座を狙う物達が皆参加するのです。
兵藤は莫大な財産を握る王子との婚約を、娘のどちらかにさせたいがために、アカギの参加を邪魔しようとしていました。
その座をアカギに奪われてしまっては、今までの仇が倍にして返されるような気がして怖かったのです。
どうした物かと思い、兵藤は考えると二人の息子が目配せをしてきました。
なるほど、と頷いてアゴで示すと二人の息子は一斉にアカギの服をメチャクチャにしてしまったのです。
呆気に取られる間もなく、せっかく治に用意して貰った服は見るも絶えない無残な物となってしまいました。
アカギには王子の品定め会場なんて事実は知らされておらず、ただ興味本位でどんな物なのか参加してみたかっただけでした。
それなのにも関わらず、しかももうすぐ舞踏会が始まってしまうと言う時間に衣装を調達し直すことも、これ以上治の厄介になることも出来やしません。
「カカカッ!それじゃぁ参加は無理だなぁアカギ?」
「クククッ…我々の顔に泥を塗るつもりか?勿論、参加などしないんだろう?」
「これ以上、遅れることは出来ん…ほれ二人とも、行くぞぉ?」
あまりの不合理に、ただただ突っ立って我が身を省みるアカギは、悲しげな顔で見送ります。
小さく溜め息を吐いて、彼らが馬車に乗り去っていくのを確認すると、家の裏にある小さな噴水の前までやって来ました。
石造りのそこに腰掛けて、アカギはまた小さく溜め息を吐こうとしましたが、代わりに涙が出て来てしまったのです。
よっぽどのことがない限り、泣きはしないアカギですが今回ばかりは堪えきれませんでした。
声もなく、ただ淡々と涙を流し続けるアカギ。
ですがいつの間にか周りにはホタル様な、奇麗な光が集まってきています。
しかしそれに気付かないアカギは、小さく小さく言いました。
「もう、何も望まない…生きていることさえ…」
「なぁに言ってんすか、まだ諦めるのは早いっすよ?」
ハッと顔を上げたアカギは驚きました。
そこには金髪の男が笑顔で此方を見下ろしていたのですから。
「…アンタ、誰…」
「オレは佐原っす、ところで舞踏会に行きたいんでしょ?用意してあげますよ、何時も頑張ってるし、こういうときに贅沢しても罰は当たらないって!」
さて、とどこからともなくステッキを取り出した佐原と名乗る男はカボチャを馬車に変え、近くにいたネズミを馬に変え、近くにいた鳩を付き人に変えてくれました。
何とも素敵な外野を用意してくれた佐原は、これでバッチリ!舞踏会でも注目の的間違いなし!なんてはしゃいでいます。
「…いや、これじゃぁ、とてもじゃないけど参加は…」
「あぁ!すいません忘れるところだった!それじゃぁ行きますよっ?」
そう言って魔法を唱えたかと思うと、アカギの酷い衣類が一瞬にして王子さながらの素敵な衣装になりました。
「これはこれは…アンタ、凄いな」
感心しつつ、本当に嬉しそうに自分の姿を、噴水の回りに堪っている水を鏡にしてアカギは眺めました。
「…夢を、見ているような…」
「そう、夢は永遠には続きませんから、一つ大事なことを伝えときます、良いですか?ちゃんと聞いて下さいよ?」
「大事なこと…?」
「0時の鐘が鳴り終わると、その姿は消えて、全て元に戻っちゃいますんで…それだけはしっかり憶えておいてくれれば良いッスよ」
「あぁ分かった…佐原さん、本当にありがとう」
「いやいや、とんでもない!…あ!そんな事より早く行かないと舞踏会終わっちゃいますよ!?」
ほら行った行った!と背中を押され、馬車に乗せられて馬が走り出しました。
窓から佐原をもう一度感謝の意を込めて見つめていると、次期に消えてしまいました。
そして、楽しみにしていた舞踏会場に、お城に着いたのです。
すでに開場しているため、大きな大きな門を潜る者は遅れてきたアカギだけでしたが、周りには沢山の衛兵達が立ち並び、もしもの時のための警護に当たっているようでした。
彼らはアカギの姿を見て参加者だと分かった様子でその場を一歩たりとも動こうとしません。
しかし、皆アカギの麗しい姿に視線だけは動いていました。
アカギは今まで見たこともないほど広大で、素敵な内装に感動しながら進んでいきます。

その頃、大広間ではカイジ王子へと1人1人、名前を呼ばれた者が一礼していくという強引なお見合いのようなセレモニーが行われておりました。
利根川国王も石田大臣もそれを二階の踊り場に設置されている特等席で、王子の反応の様子を眺めておりました。
しかしどんなに麗しい娘でも美形の息子が来ても、カイジは一切興味を示さず、一応会釈はするものの、終いには欠伸をする始末です。
次期に和也と聖也も順番が回ってきて、名が呼ばれるとすぐさま王子の前へ向かいました。
カイジも今度はどんな者が来るのかと、向かってくる二人の方に目を向けましたが大きく項垂れます。
そうと知らない二人は粗相の無いように、上品に頭を下げ会釈をすると奇麗な笑みを浮かべて顔を上げました。
カイジはまるで機械のように自分も会釈をして顔を上げます。
が、その時でした。
カイジの目は、一点に釘付けになったのです。
二人は更に笑みを濃くしてカイジが一歩踏み出したと同時に、来た!と思いましたが彼は二人の間をスッと抜けて後方へと足早に歩いていってしまいました。
それを見た利根川国王は抱えていた頭を解放して、彼の姿を目で追っていくと…。
それはそれは麗しい青年が一人、王宮内を物珍しそうに見て歩いている姿が映ったのです。
そしてカイジもすぐに彼の元へと辿り着きました。
背を向け、二階の踊り場から一階を見回すように立っていた青年の肩を優しく叩きます。
振り返ったのは勿論、アカギでした。
驚いた様子でたじろぐアカギに対し、カイジは笑みを浮かべます。
「その、舞踏会に来たんだろ?会場はこっち」
「…っ!…これはこれは、ご丁寧にどうも…」
「いやいや…こんだけ広ければ、迷うのも無理ないし」
「…そうですね、確かにそうだ…でも、迷うのも悪くない…」
一目惚れをしたからと言ってカイジがアカギの元にやってきたわけではありませんでした。
元々遠距離にいて背を向けており、顔も見えなかったのですから。
カイジは根っからのお人好しで、彼が困っているように見えたからこそ力になろうと思って自ら近付いただけでした。
しかし、アカギはそれが王子だとは気付いていません。
何せ今日初めてこのお城にやってきて、舞踏会という物に参加しに来たと思っているのですから当然です。
ですがカイジの優しさと笑顔に触れ、アカギは彼が王子だとも知らずに惹かれてしまいました。
手を引かれるまま、中央へと歩んできた二人に上段から見ていた利根川と石田は、急いで皆に指示を送りました。
照明を落とさせ、雰囲気のある曲を演奏させたのです。
アカギはこれが舞踏会という物か、と楽しそうにそして嬉しそうに差し出される彼の手を取って踊り出しました。
その瞬間から周りの物達は蚊帳の外状態でしたが、今の二人にはそんなことは全く見えません。
幸せそうに踊る二人の姿を見ながら、兵藤達は下品に騒ぎ立てていました。
アレは誰だ!?とか、知ってる人か!?とか、息子二人が言っている中で兵藤はその顔に見覚えがありました。
「…待てよぉ?あれはもしや…」
もう少し近付いて見てみようと思いましたが、良いところでサッとカーテンを閉じられてしまい、最後までしっかりと顔を確認することは出来ませんでした。
その後、アカギは時間が経つのも忘れて彼と踊り続けています。
広大なバルコニーへと出たところで、二人は静けさに背を押されてゆっくりと唇を寄せていきます。
息が掛かるくらいまで接近したところで、アカギがゆっくりと瞼を落とそうとしたときでした。
不意に大きな鐘の音が鳴り響き始めてしまったのです。
「…っ!…随分早いな」
「え?でもまだ…」
アカギはサッと彼から離れます。
「すいません、帰ります」
「ちょっ!…」
「楽しかった…ありがとう」
「待てっ、なんでだよっ!?まだ時間はあるだろ!?」
去ろうとするアカギを必死で止めてくる彼に、本当のことを言うわけには行かず、どうしようか考えた結果いい事を思い付きました。
「用事があるんです、これから…本当にすいません」
本当はこのままここにいて、彼と一緒にいたいのは山々でした。
しかし鐘が鳴り終わってしまうと、アカギは元の姿に戻ってしまうため仕方がなかったのです。
そんな説明をしていると、また大きく鐘の音が鳴り響きました。
「っ!…それじゃぁ」
そう言って駆けだし、急いで階段を下っていきます。
後方では彼が必死に追い掛けて来ましたが、道中を王子目当ての男女に阻まれ、何かを叫んでいますが、振り向いている暇もありませんでした。
更には、階段の途中で靴が脱げてしまい取りに戻ろうとも思ったのですが、そんな時間さえも許さないかのように鐘の音が鳴り響きます。
それに加え、石田大臣もアカギのことを追い掛けてきていたので止まることは出来ません。
アカギは靴を諦め、そのまま急いで階段を駆け下りて馬車に乗り去ろうとしますが、石田大臣も必死なようで門を閉めるなり、親衛隊を寄こすなりと懸命にアカギの身元を知ろうとしてきました。
とにかく今元の姿に戻ることは許されないアカギは、必死で走る馬や馬車の中で掴まらないことを祈ります。
そんな中でも容赦なく迫り来る追っ手と、鐘の音。
すると、道の途中で馬車がカボチャに戻り始め、馬も付き人も、自分の衣装さえも消えかけ、終いには全てが元に戻ってしまったのです。
急いで道の脇の森に隠れて追っ手を交わしたアカギは、先程体験した夢のような一時を思い出しながら言いました。
「本当に夢のような一晩だったな…楽しかった…あの人の事も…っ!」
家へと歩き出そうとしたアカギは足に違和感を憶え、自分の足元を見て驚きました。
ガラスの靴だけが、夢の欠片とでも言うかのようにそのまま残されていたのです。
それも、しっかり片方だけ。
それを見たアカギは夢ではなかったのだと、改めて感じ嬉しさに足取り軽く家に向かいました。
「ありがとう、佐原さん…」

その後、お城では大騒ぎしておりました。
なにせ初めて王子が興味を持った者が、いきなり名前も身元も明かさずに去ってしまったのですから当然です。
しかし彼が残した一つの証、片方のガラスの靴を使いどうにか探し出せ、との利根川国王の命で皆が準備を行いました。
その次の日から町中は大騒ぎ。
ガラスの靴にピッタリと足が入る者に、王子との婚約を認めるという条例が出されたのです。
一応男女共にという記載はしておきましたが、男だと言うことは靴からも分かることでした。
それからは王族の者を連れた石田大臣が必死で各家を回って、年相応の娘や息子に靴を履いて貰いましたが、これがなかなかピッタリした足のサイズの者が一行に現れないのです。
しかし靴が残っている以上、何処かにこの靴にピッタリの足を持つ者が居るはずですから、探さないわけには行きません。
そしていよいよ、その順番がアカギの棲まう兵藤家に回ってきたのです。
「アカギっ…アカギぃっ!」
「…はい、何です?…」
「息子達はどこだぁっ?」
「…まだ、寝てるんじゃないですか…」
アカギが扉を開けてそう答えると、兵藤はぶつくさ言いながら息子達二人の部屋へと向かっていきました。
そして二人をたたき起こし、急いで支度をさせ始めたのです。
あの日からアカギは上の空で、いつもの機敏さが失われていたので、そんな継母の様子には目もくれませんでした。
朝食の準備を催促されていたアカギは、お盆を持って聖也の部屋へと赴いたところで、在る単語を耳にしてそれを落としてしまいました。
「…何でこんな朝早くに…」
「探して回って居るんだ!あの時の者をな!」
「…一体誰が探してるって?」
「あの城の国王の息子、カイジ王子に決まっておろうが!」
「…っ!」
「何をしとるんだ!鈍い奴じゃなぁ、さっさと片付けんかっ」
アカギはボゥッとする頭で屈み込むと、割れた食器の片付けを始めます。
その傍らで、息子達に理由を言って聞かせる兵藤の言葉を聞いていました。
その内容は、ガラスの靴だけ残した素性の知らない者を探しており、靴に足がピッタリはまった者は王子と結婚できるという物でした。
息子達はそれを聞いた瞬間、目の色を変えて身支度を始めました。
そしてありとあらゆる洗濯物や物事を、アカギに押しつけますが結婚という単語とカイジという単語と耳にしたアカギはただただ、上の空で立ち続けています。
更には事もあろうに、今し方押しつけられた洗濯物を聖也に押し返し、オレも身なりを整えないと…と呟くように言いながらその場から去って行ってしまったのです。
それを見た息子二人はいつものアカギとの違いにたいそう驚きながら口々に言いますが、兵藤だけは違いました。
分かってしまったのです。
あの日、王子と踊っていたのは紛れもない、アカギなのだという事を…。
上機嫌で去っていくアカギの跡を付け、兵藤は隙をついてアカギを部屋に閉じこめてしまいました。
いくらアカギが出して欲しいと催促しても、鍵をポケットにしまい込み平然と扉の前から兵藤は去っていきます。
それから次期に王家の馬車が到着してしまいました。
石田大臣とその連れを家に招き入れた兵藤は二人の息子と共に一通りの説明を静かに聞き、二人とも靴を試してみましたが完全に入りませんでした。
石田大臣は項垂れながら、見付からなかったかと帰ろうとしたとき、丁度良い助っ人が現れたのです。
「お邪魔しま…あ、すいません!こんな時に…」
「何だね治くん、用なら後にして貰えるかね?」
「あっ!す、すいません…」
王族の者が居るとも知らずにやってきた治は、彼らの姿を見て踵を返そうとしました。
「あぁ、いえいえ、私共はもう帰りますので、大丈夫ですよ…それでは」
と、石田大臣は玄関を出ようとしたその時でした。
「あの、頼まれていたパンを届けに来たんですけど、アカギさんは今ど…」
「ワシが渡しておこうっ!君は早く帰れ!」
「あ、あぁっ!す、すいませんでしたっ…」
「アカギさん、とは誰のことです?」
アカギ、と言う名前を聞いて石田大臣はふと思った疑問だったので、ただ聞いてみただけでした。
しかし、兵藤は血相を変えてただの使用人だと怒鳴ったのです。
ですが調べる家はもうここしか無かったことと、使用人に対してここまで激怒するのも可笑しいと思った石田はもう少し訊ねてみることにしました。
その状況を見て、治はそそくさとアカギの部屋へと向かって行ってみます。
するとどうでしょうか、彼の部屋の中からひたすら出してくれと声がするではありませんか。
「アカギさんっ!?一体どうしたんですか!?」
「…治?…頼む、鍵を持ってきて欲しい…兵藤が持ってるはず…」
生唾を飲み込んだ治は、少々力強く意を決した声で了承し、急いで一階まで駆け下りてゆきます。
下ではまだ石田大臣と話を続けている兵藤の姿がありましたが、すぐ脇には二人の息子の姿もありました。
彼は鍵を何処に隠し持っているのでしょうか。
治は考えました。
鍵を閉めるならどちらの手で締めるだろうかと、そして右だという答えを導き出し手にしていないならきっとポケットの中かも、と推察します。
そして、彼は大胆な行動に出ました。
「ちょ、ちょっとすいませんっ!…」
「こらっ!貴様何をするかっ!」
必死で右ポケットを探り、即座に何かを取り出して治は駆け出しました。
「この家にはもう一人息子さんが居ます!ちょっと待ってて下さいっ!」
「貴様っ!ただじゃすまさんからなぁっ!」
怒鳴っている兵藤の姿や走り去っていく治の姿を、呆然としながら石田大臣は見ていました。
「申し訳ない、お騒がせしてしまって…さぁ、どうぞお帰り下さい」
「いや、待たせて頂きますよ…全ての娘や息子にお試しするという命ですので」
兵藤は顔を顰め、悔しそうな顔をしながら舌打ちをしました。
次期に鍵を開けて解放されたアカギとその後から、治がやってきたのです。
「すみません、お待たせしました…」
「いやいやとんでもない、では此方へお掛け下さい」
アカギの余りの美しさに、姿勢も正しく石田大臣はエスコートします。
連れの者に靴を持ってくるように促すと、急ぎ足だったその物の足に兵藤は持っていた杖で足をかけ、転んだ拍子にガラスの靴が宙を舞い、見事に地面に着地して粉々に砕けてしまいました。
まさかこんな事になるとは思っても居なかった石田はかなり落ち込んだ様子で半ば、泣くようにガラスの破片をかき集めています。
「そんなに落ち込まなくても良いですよ…」
アカギがそう告げても、石田は項垂れたままでした。
クスリと笑ったアカギは、己の背後から予め持っていた物を取り出して見せます。
「もう片方を、持ってますから」
ドヤ顔だった兵藤の顔は一変、真っ青になって泡を吹くのではないかと言うくらいにまで成っていました。
石田はその靴を受け取り、割れる前に所持していた物の肌触りや形を確認したあと、ゆっくりとアカギに履かせます。
すると彼の足にピッタリと入りました。

その後、アカギはカイジと結婚し、すえながく幸せに暮らしましたとさ…。
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