カイジは夜も更け切った本日、伝えられた住所の家にやって来た。
その大きな屋敷の前で、喉を鳴らし全体を見上げる。
玄関がまず普通の民家のそれとはまるで別次元。
その上、屋敷全体に沢山の窓が並んで設置されている。
と言うことは、かなりの部屋数が存在するはずなわけで。
あまりにも借金がかさみ…とは言っても自分が作った物ではないが、返済する見込が立てられなくなってしまった。
その為、返済するためには闇金伝で紹介された、仕事をこなすしかなくなってしまったのだ。
と言うわけで今日、ここに来たわけなのだが…その内容という物がまた一癖あるわけで。
「マジかよ…ここで使用人しろってのか…っ!?」
まるで中世時代にでも建っていたようなドラキュラ屋敷の外装に怯えきって、今すぐにでも帰りたくなった。
そう、押しつけられた借金返済のための仕事とは、この毒々しい屋敷で一年間、使用人として働くことだったのだ。
深々と溜め息を吐いて、カイジは後戻りすることさえ出来ず、仕方なし気にインターホンへと手を伸ばす。
しかし…。
「…いや、でもなぁ…」
今一踏ん切りが付かないカイジは、それを押そうにも押せない状態。
意気込むが指がインターホンに近付く度に、すぐに怖じ気づいてしまう。
その内頭を抱えてその場に座り込んだ。
「やっべぇ仕事受けちまったんじゃねぇのか?オレ…そんな気がしてならねぇ…っ!」
「…何してるんですか?こんな玄関先で蹲ったりして」
その声にハッと顔を上げてみると、背後にいつの間にか黒髪の美少年がいた。
彼は此方を見下ろしながら、しかし奇麗な笑みを浮かべている。
その笑顔に背中を押されたように、カイジは口を開いた。
「あ、あの…今日からここで働くことに」
「あぁ!伊藤さんですか?待ってましたよ!さぁどうぞ、入って下さい」
そう言って黒髪の美少年は、数倍はあるかと思われる大きな扉を開いて、中へと通してくれた。
「そんなに緊張しないで、大丈夫ですから」
笑顔でそう言って貰えると、かなり精神的に助かる。
短く返事を返し、開かれた扉の中を見てみると…。
「…ひ、広ぇ…っ!」
まるで貴族の宮殿とでも言えるような、広大なロビー。
あんぐりと口を開けたまま、促されて一歩足を踏み入れる。
それさえ烏滸がましいんじゃないかと思うくらいだ。
「零、お帰り…その人は誰だ?」
中へ入ってすぐに、短髪の火傷痕のある少年が近付いて来た。
どうやら中へ招き入れてくれた美少年は、零と言う名らしい。
「あ、涯ただいま!この前言ってた人だよ」
そう言って笑顔を向けられる。
そして新たに目にした火傷痕のある少年は、涯と言う名らしい。
「あ、どうも…伊藤です、今日からここで」
「名はどうでも良い…呉々も変な真似はしないでくれ、首を飛ばされたくなければ」
「………っ!」
初対面でいきなりこんな事を言われるとは思ってもみなかった。
目をぱちくりさせ、どう反応すればいいか困っていると…。
「いきなりすいませんっ!涯はいつもこうなんです…でも、間違った事は言ってませんから、怒らないで下さいね」
いや、笑顔で言われる事じゃない気がする。
しかし妙に黒いその笑顔の前では、頷くと言う選択以外に選ぶことは許されなさそうだ。
ここに来てまず一つ分かった事は、いらん事をすると首を刎ねられる、って事だった。
この事実だけでも充分、今すぐ踵を返したくなる。
だが自分には後戻りという、甘えた文字はもう残されていないのだ。
従う他に道は無い。
黙って頷き、もう一度広過ぎると言える室内を見回した。
「あの、これからオレは、ここで何をすれば…」
遠慮がちに訊ねてみると、零が爽やかな笑顔で答えてくれる。
「それはあの人が決めますから、まず付いてきて貰えますか?」
「あ、はい…」
この屋敷にはこの二人の他にも、まだ住んでいる者が居るらしい。
多分だが、決めると言う立場にいるその者が、この屋敷を取り仕切っているんだろう。
頑固ジジイだったり、口煩いババアじゃなければ良いなと、願うばかりだった。
広大なロビーを抜け、一本の廊下をひたすら進み、辿り着いたのはこれまた大きな扉の前。
とは言っても玄関に聳え立っていた扉とは、一回りほど小さい物だ。
それでも普通の家の扉とは、やはり大きさが比べものにならないわけで。
零と涯が自分の前に立ち、扉をノックする。
「………なに、入って良いよ」
すると中から低めの、しかしそれ程歳とは言えなさそうな男性の声が聞こえてきた。
ギィィっと音を鳴らして開かれた扉の先には、広い部屋がお目見え。
その中心に置かれたテーブル…いや、雀卓を囲む4人の男の姿があった。
「アカギさん、どうですか?」
「全然…コイツ等面白くない…」
答えた男は白髪で整った顔立ちをした者だった。
しかも同い年くらいと見えるから、大した者である。
よく見れば、雀卓を囲む他3人の男達は顔面蒼白状態。
勝敗など、一目瞭然だった。
ロンと一声上げたかと思えば、立ち上がって此方を振り返る。
「へぇ…もう新しい奴を連れて来たの?用意が良いな」
と、喉の奥で笑っている。
「違いますよ、この人は例の話の」
「あぁ…なるほどね、そう言えば今日だったっけ」
と言って、アゴで何かを示す。
すると涯が動き、何かに怯える男達三人を瞬く間に拳一つで殴り倒した。
我が目を疑うような光景に、息が詰まったような気さえする。
そんな事は気にも止めず、その脇を悠々と通り過ぎて此方へ歩んで来たアカギと呼ばれる男。
「どうも、伊藤カイジさん…よろしく、オレは赤木…赤木しげる」
ボソリと名乗り、此方に笑顔を向けてくる。
そう言えば、今さら気付いたが今まで会った零も涯も、そしてアカギも妙に肌が白くはなかろうか?
そんなことを考えている内に、変な間合いが出来てしまったようだ。
「…伊藤さん、どうかしました?」
再び黒い笑みを零に向けられて、ハッとしてアカギに挨拶を返す。
「よっ、よろしく…っ!」
赤い双眼は今も尚、笑みを作り続けているようだが、真の笑顔ではないような気がしていた。
とにかく、一年間何事もなく終わればそれで良しとしよう、とカイジは密かに思ったのである。
と言うわけで挨拶も済んだ事だし、早速仕事でも押しつけて欲しいと思った。
彼らの目に触れていると、どうも生きている心地がしない。
「零、ありがとう…後はオレが案内する」
「え?良いの?」
「あぁ…涯と一緒に、食事の準備を頼むよ」
「分かった、じゃぁ伊藤さん、また後でね!」
笑顔で部屋の奥へと去っていく零の後ろ姿を少し眺めた後、アカギに名を呼ばれたので振り返る。
大きな扉を出ようとしている彼の姿を見付け、急いで後を追った。
「まずは…アンタの部屋」
前を歩くアカギが小さくそう言った。
どうやら、これから一年間を過ごすための部屋に案内してくれるらしい。
一本の廊下は、進めど進めど同じような景色が流れていく。
何というか、無限ループしているんじゃないかと思ってしまうくらいだ。
「…ここです、どうぞ」
立ち並んでいた内の一つの扉の前でピタリと止まり、アカギが言いながら扉を開けていく。
内装を見て、思わず小さく驚きの声が出た。
「…っ、…すげっ…っ!」
「ククッ…気に入りましたか?」
まさか使用人にこんな良い部屋を当ててくれるとは、ここでの暮らしも捨てたモンじゃないかも知れないと、その時は思った。
笑顔でアカギに頷き、もう一度与えられた部屋を見回してみる。
豪華なダブルサイズのベッドに、少し趣味がよく分からないが高価そうな装飾品の数々。
黒い革のソファーと、赤黒いカーテン、チャコールグレーのテーブルとセットの椅子に、血を固めたような真っ赤な灰皿。
まぁ色合いの趣味は置いておくとしても、何とも豪華な一室だ。
「荷物は適当に置いて貰って構いません…じゃぁ、次の場所に案内しましょうか…」
その日は、各部屋巡りや仕事の内容を軽く聞くと言う日程で終わった。
自分の部屋だけは忘れないようにと、それだけしっかり憶えておいて正解だ。
そこを怠っていたら、今頃は屋内で迷って白骨化していたかも分からない。
何せ、全ての説明が終わったら、どうぞお帰り下さい状態。
とんだ放置プレイだ、こんな広い屋敷で残酷にも程がある。
大分歩き回った事と、場慣れしない緊張感でカイジは疲労困憊。
大きく溜め息を吐いて、そのままベッドに沈んだ時にはもう窓の外は明るくなり掛けていた。

「んー………、やっべぇ…っ!」
カイジが次に目を覚ました時には、既に午後三時を回っていた。
これは至って普通の人間感覚である。
ワタワタとベッドから這い出て、支度をすると急いでロビーまで出て行った。
その間、約五分。
しかしそこには誰もいない、圧倒的無人。
あれ?と辺りを彷徨いてみるが、やっぱり誰もいない。
最も、この時間になれば朝食なんてとっくに過ぎているはずだ…普通の人間生活なら。
何でカイジがここまで必死こいて、住人を探しているのか。
それは一日の最初に行う仕事が、朝食後の片付け、だからである。
何度も言うようだが、当然普通の人間生活で言えば、朝食なんて6時間は過ぎている。
しまった…と頭を抱え、このままでは首を刎ねられちまう!と半泣き状態で壁際にへたり込んだ。
しかし、そこで逃げ出すという選択を取らないのが、カイジの良い所である。
素直に謝って首を刎ねられようと決意し、そのままロビーで待機していた。
…だが、待てど暮らせど誰かが訪れる気配がない。
立っている事に疲れたので、ロビーの片隅に設置してあるソファーに腰掛けて待つ事に。
すると、余りにも暇すぎて段々と睡魔がやってきた。
眠っては不味い、もう既にやらかしているのに、居眠りなんて許されそうにない。
必死で目をこじ開けながら待っていたカイジだったが、もう限界だと二時間が経過した頃に瞼は密閉された。
それから程なくして…とは言っても寝ていたので経過時間は知らないが、身体が揺さぶられる感覚で目を覚ます。
目を開くとそこには…不思議そうな顔をして立つ、アカギがいた。
「おはよう、カイジさん」
「…っ!…お、おはようございます…っ!」
「こんな所で…どうしました」
部屋の場所分からなくなりましたか?と問われて思い切り首を横に振る。
「いや、あの…朝食の片付けに、その…間に合わなかったと言うか、寝坊したと言うか…あ、いや兎に角、すいません!」
恐る恐る、そして最終的には勢いだけで謝った。
「…え?これからですよ、朝食…」
え?…今、なんて?
「あぁ…時間、言い忘れていた…朝食は6時から」
「え…あ、6時?…それって、もしかして…」
「そう、午後の6時です…」
「ハッ…ハハッ…なんだ…」
カイジはその場で脱力し、ソファーにもたれ掛かって安堵の溜め息を吐いた。
「で、どれ程前からここで?」
「えっと…確か3時頃、だったかと…」
「あらら…随分待ったんだな、それは申し訳ない事をしましたね」
と言っている割に笑顔を崩さないこの男。
実はわざと時間を言わずにおいたんじゃないかと思うくらい、謝罪の意が全く感じられない。
まぁ詳細を聞かなかった自分も悪いのかも知れないと、カイジは自分に言い聞かせながら落ち着くことにした。
「お詫びに、今日の仕事は一つだけで良い」
「…へっ?」
「オレのミスだ、それ位は当然…」
「…は、はぁ…」
いや…ここは普通、仕事を一つ減らすって言うもんじゃないのか?
逆に一つだけで良いと言う事実に、不安を感じるカイジは問わずにいられない。
「でも…本当に一つだけで、良いんすか…っ?」
眼前に佇むアカギは、ただ笑顔で黙っている。
「こう言う場合、普通なら…一つ減らすとかでも、良いんじゃ…」
まだアカギは笑顔のまま、黙っている。
「むしろオレは使用人で、雇われの身なわけで…仕事をするのが当然というか…」
ここで漸く、アカギは笑顔を解いた。
だが逆にカイジは、意見に反抗した罪で首を刎ねられるんじゃないかと怯える。
「アンタは今までの人間と、少し違うな…オレは嘘を吐かない…今日の仕事は一つで良いよ、カイジさん」
その時、ロビーへ零と涯もやってきた。
「おはよー!」
「おはようございます…」
二人はカイジ達を見付け、挨拶してくる。
零は笑顔で、涯は無表情で。
「…お、おはようございます…?」
そう言えば今更だが、この時間にこの挨拶って一体…。
そもそも朝食が夕方6時からって…。
そんな疑問を持ちつつも、一応挨拶を返すカイジだった。
「おはよう…カイジさんに仕事を説明してくる、先に食べてなよ」
アカギはそう言って、玄関へ歩もうとする。
「珍しいね、アカギさんが直々に、だなんてさ!」
「たまにはこう言うのも、悪くない…」
にこやかに言う零へ視線を向け、アカギは頬笑みながら答えた。
「さぁカイジさん、行きましょうか」
歩き出す彼の後に続いて、カイジも玄関へと歩んでいく。
そう言えばオレの飯ってあんのかな…などと考えながら。
外はもう薄暗く、外灯が無ければアカギの顔を見るのでやっとの状態だろう。
さて、これから何をすればいいのだろうか。
アカギの指示を待っていると、屋敷の裏手まで連れて来られたと同時に、仕事の説明は始まった。
「今日は敷地内の草毟りだけ…この物置に色々入ってるから、自由に使えば良い」
終わったら今日はそれで終了、だそうだ。
おい待て、結構広いんだけど敷地…今日中に終わるのかよコレ!?
辺りを見回しながら考えるカイジをそのままに、アカギは玄関方向へと帰っていく。
一人取り残されたカイジは、やらなければ終わらないと言う考えの基、気合いを入れて動き出す。
箒とちり取り、更に特大サイズのゴミ袋を束で抱え、敷地の端まで歩いていく。
変な場所から始めると、どれ程終わったかが測りづらいからだ。
深呼吸一つしてから掌に拳を入れて気合いを入れ直し、早速草毟りを始めた。
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