3.『世界を守った救世主は世界で一番不幸になりました』
「カイジさん起きてっ…早くっ!」
アカギはまだまだ眠そうなカイジを叩き起こしていた。
それは届いた知らせの所為である。
そうとは知らず、後もう少しと目を擦るカイジに言う。
「悪魔が来るっ…早く行こうっ!」
「…えっ!?」
ガバッと起きあがったカイジと、彼の荷物を必死で片付けるアカギ。
必死で身辺整理し出発出来ると言う所まで来たとき、それは訪れてしまった。
「…っ!」
激しく扉が破壊されたかと思えば、黒い羽を纏った少年二人が入ってくる。
「こんな所に居たー!やっと見付けたよ〜」
「…結構探しましたよ」
弾んだ声を上げる紺色の髪をした少年と、淡々とした声で告げる顔に火傷痕のある少年。
二人を交互に見やりながら、カイジもアカギも冷や汗が止まらない。
二人はそれぞれ、別の思想で困っていた。
カイジは勿論、標的が二体居ることに対して。
アカギは勿論、正体がバレることを懸念して。
「全く…こっちの気も知らないでフラフラされると困るんですけど?」
笑顔で言ってはいるが、その目の奥は笑っていない。
「…さぁ、行きましょうか」
淡々と言われたところで、はい分かりました、と素直に聞く訳もない。
二人が言葉を向けているのはアカギだが、聞き様に寄ってはカイジのことであっても余り違和感がない。
そこは少し感謝しつつ、アカギはただ黙ってその場を動かなかった。
するとアカギの前にカイジが立ちはだかって、二人を睨み付けながら言い放つ。
「おい!相手はオレがするっ!コイツには指一本触れるなっ!」
すると、目の前の二人は一瞬キョトンとしたかと思うと、すぐに大笑いし始めた。
「な、なんだよ…何がおかしいってんだ…っ!」
その様子に面食らって、しかし敵うはずが無いだろうと笑われているのかと思ったら、カイジも段々と頭に血が上っていく。
「なんだー言ってないんだ〜!…自分が悪魔だって」
鋭い眼光を向けられ、アカギはさてどうやって誤魔化そうかと考える。
一方、カイジはその言葉の意味を理解するのに、数十秒を費やした。
その間に上った血は冷め切って、落ち着いていく。
「何故です…人間の傍らで何のつもりですか、アカギさん」
淡々と問われ、アカギはシラを切ってみる事にした。
「さぁ、なんの事だか…オレは知らないな」
「そうだ!第一羽が無いだろうが、アカギにはっ!」
そう言って便乗するカイジに、紺髪の少年は鼻で笑った。
「アンタ馬鹿なの?簡単に隠せるんだよ、羽なんか…やってみせてあげようか?」
言うと少年は瞬く間に大きな黒い羽を畳むと、体内へと仕舞い込んで背中を見せつけてくる。
「ほらっ…ね?一瞬で人間に早変わり…これで分かったでしょ?」
「人間のお前達に、翼以外での識別は無理難題…気付かないのも無理はない」
「って言うか、そんな事も知らずに今まで良く生き残れたよね?」
「逆に感心する…アンタの悪運の強さに」
「まぁ普段あんまり翼隠す必要もないからね〜?知らないのも当然っちゃ当然かな」
カイジの精神は畳み掛けられ、圧倒的事実の前に屈するしか無くなった。
視界が歪み、グラつく身体を必死で持ち堪えるので精一杯。
アカギが…本当に悪魔だというのか。
恐る恐る視線を向けるカイジに、アカギは黙って俯いたまま動かない。
アカギはどうしたら良いか、もう段々分からなくなっていた。
手段が…逃れる手段が見付からない。
唇を噛み締めて考え続けるが、それを紺髪の少年が遮ってきた。
「その腕の傷…昨日生き残りの人間に負わせられた物でしょ?」
「布を解いて見せて欲しい…傷が残っていれば、人間だと認める」
痛い所を突っついてくれるもんだ、とアカギは思う。
そう、アカギが昨日負った傷は、もう既に腕から完全に消えていた。
人間のカイジからすれば、有り得ない程の速度で回復した事になる。
「…アカギが悪魔だなんて、嘘だよな?…違うんだよな?」
そうだと言ってくれと、必死で願うように視線を向けられるとそれはそれでもっと辛い。
アカギだって布を解くと同時に、悪魔だと言う事実を解けるなら、それはどれほど幸せな事か。
しかし、現実がそう簡単にいかないのも重々承知している。
避けられなかったのだ、こうなる事は。
深々と溜め息を吐いて、アカギは遂にそれを解いた。
晒された白い肌、細い腕には…。
「嘘だろ…無い…っ!」
昨日は確かにあった、カイジがその目で見て、手当をした大きな切り傷。
まるで幻想であったかのように、そこには存在の欠片も残っていない。
残っているのは、カイジがその手で巻いた包帯とガーゼだけ。
頭が真っ白になり、同時に目からは大量の涙が頬を伝っていく。
「ふふっ…当然だよね、だって悪魔だもん」
「数時間で完治する…そんな布は悪魔に必要ない」
「…零、涯…もう黙れ…」
俯いたままで、二人の発言を制止させるようにアカギは低い声で言った。
砕けた言い方をしているとは言え、一応アカギが魔王だと二人は自覚している。
スッと発言を止めて姿勢を正す二人に、更にアカギは続けた。
「この男の処分は…オレがする」
その言葉の意味を二人は理解したが、講義しようと口を開いた瞬間に鋭く紅い双眼で睨み付けられる。
「聞こえなかったか?…それとも、消されたいの?」
その言葉を受け、二人は渋々ながら踵を返し飛び去っていく。
その場に残ったアカギと、残されたカイジ。
しばらくの間、二人は黙ったままそれぞれの立ち位置を一歩も動く事はなかった。
なんと声を掛けたら良いのか分からぬアカギと、真実を受け入れられずに拒み続けるカイジ。
しかしその沈黙を、カイジが破った。
「…ヤれよ」
小さく響いた言葉は震えていて、アカギの胸を刺す。
「カイジさん…」
「いいからヤれよっ!」
聞きたくないと言う様に、カイジはアカギの言葉を遮った。
「…出来ない」
しかしアカギも、そんな簡単に手を下せる訳がない。
「なんでだよっ!お前悪魔なんだろっ?出来ないわけねぇじゃねぇかっ!…なんで…どうして…っ!」
ひたすらカイジは、なんでどうして、を繰り返す。
それは自分に対しての問いでもあった。
なんで、どうして気付かなかった。
なんで、どうして浮かれていた。
なんで、どうして…恋してしまった。
アカギに当たっても仕方が無いとは分かっているが、溢れる様々な感情を抑えきれない。
「黙っていた事は、悪いと思ってる…」
痛々しい表情をしながらも語るアカギは、どうしてもカイジを見る事が出来なかった。
自分が居るから泣くなと、言ったのにこの様だ。
それは当然、目を見て話すなんて出来やしない。
「…いくらでも殺すチャンスはあったろ…っ!」
「それでも…アンタを選んだ」
「お前、それでも悪魔か…っ!」
「そうだね、でも…殺すより酷い選択をしたから、やっぱり悪魔だな」
「楽しんでたんだろ…っ!」
「いや、本気だった…だから逃がそうともした」
「悪魔の言う事を信じると思うか…っ?」
「それはアンタが決めればいい…」
「…本当に殺さないのかよ…っ!」
「しない…何度でも見て見ぬ振りをする」
「お咎めがあるだろうが、ンな事したら…」
「咎める立場だから、何も問題ない」
「オレがお前に手を掛けたら…どうすんだよ…」
「それはそれで構わない…オレが手を出さないと誓っただけだから」
「…オレを逃がして、なんの得があるってんだ…」
「また一緒に過ごせる…昨日みたいに」
そこで改めて二人は互いに目を向けた。
カイジの表情にはもう、怒りや悲しみは無くなっている。
アカギの切なげな表情は、未だに悪魔なのか分からなくなる。
「カイジさん…全力で逃げて欲しい、生き延びてよ…」
「あぁ…分かった、約束する…」
「そうしたら、またアンタと一緒に…笑いたい」
「そうだな…オレもお前とまた笑いたい…」
「これは大切に持っておく…」
「包帯なんて使わないだろ…」
「アンタとの大切な思い出だから…」
「そうか…」
二人で視線を合わせたまま静かに笑った。
今度逢うときは、きっと…。
昔何処かで聞いたことのある歌がある。
報われぬ恋に悩み、結果二人は死を選ぶ。
それはまるで、彼らの為に造られたかの様で。
しかし全てが当てはまる訳でもない。
思い出す旋律は、全て夢なのかも知れない…。
†――――――――†――――――――†
うん、確かに不幸だな救世主www
確かに恋だった様よりお借りしました。
†――――――――†――――――――†