2.争いが運命というなら恋に落ちたのも運命なのに

「………ちっ」

アカギは黒い大きな羽をはためかせて、広大な湖へと降り立った。

大きく切り裂かれた腕の傷は、これでも数時間経ってしまえば完治する。

生き残りの人間の中の一人に、負わせられた傷だった。

多少甘く見ていた、と服を脱ぎながら思う。

ついでに水浴びでもして頭を冷やそうか、そう思い立って全ての服を脱ぎ捨て、立派な黒い羽を畳み体内へと仕舞った。

「あのーっ!すいませんっ!」

少しの間水浴びを楽しんでいたアカギだが、背後から声が聞こえてビクリと振り返る。

そこには満開の笑みで駆け寄ってくる黒い長髪の男がいた。

彼が人間であると言うことは、匂いですぐに分かる。

丁度良い、腹の足しと傷の手当てにでも使おうか…とアカギは思いながら内心でほくそ笑んだ。

「いや、あの…オレは悪魔じゃない、人間だ、大丈夫…っ!」

なんの警戒も無しに笑顔を見せてくる男に、演技をして見せてやる。

鋭い眼差しから、少し温和に警戒を解いたような眼差しに変えた。

「いやぁ、まだ生き残りが居たなんて…っ!」

哀れだなこの男は…オレが悪魔だとも知らずに。

アカギは思わず口元が緩んでしまう。

「オレ、伊藤カイジ!宜しくなっ!」

そう言って握手を求めて来たが、アカギは汚らわしくて触れる気も起きず、何時捕食してやろうかと考えていた。

「…ん?…どうし…っ!」

カイジと名乗った男は、アカギの腕に大きな傷があるのを見付けたようだ。

きっと人間との戦いで負傷したのが、ばれたのかも知れない。

その証拠に、手荷物をあさり始めたからだ。

腹も減っていて、こうして傷も負っているため今戦いになると少し困る。

ゆっくりと距離を取って逃げようか、そう思ったときだった。

「手当しないとさ、バイ菌入ったら大変だろっ?」

真っ白な布地の物を、色々取り出して男は振り返る。

「さぁ、腕貸せよ」

まるで天界の者達が使うような代物だな、と真っ白いそれを眺めながら思った。

しかし低脳な人間の手当方法など、自分たち悪魔に通用するはずもない。

やるだけ無駄だ。

「………平気」

返答を聞いて、何やら歓声を上げ始めた男に、思わず目を見開いた。

アカギの驚く顔を見て、慌てた男は声を上げた訳を話し出す。

「あぁゴメンっ!…声が聞けて嬉しくてさ」

満開の笑みを浮かべた男を再び見つめたとき、心の中で不思議な温かさが沸き上がってきた。

これは…なんだろう、とても温かい。

「あ、手当しよう!ほら、腕出して…」

知りたくなった…この胸に広がる温かさの理由を。

この人間だって沢山戦ってきて何度も傷を負ったはずだろう。

それでも今こうして元気でいると言うのも、手当って奴のお陰なんだろうな。

悪魔には効くはずも無いだろうけれど、受けてみたくなった。

この男からの手当なら…その価値はある。

「さて、まずは消毒しないとな」

そう言って水を取り出したもんだから、不味いと思って腕を引く。

「…いい、今洗った…湖で」

とだけ言うと納得したようで、水を手放した男は先程の真っ白い布類をたぐり寄せ始める。

それでも納得しなかった場合は、飲み水が勿体ないとでも言おうと思っていたが、その必要もなくなって身を任せた。

少し水気を取って、布を宛がるとまた別の布をその上に巻いていく。

白い肌に白い包帯は、まるで同化しているように見えた。

こんな物で傷が塞がるとは、人間も結構不思議な生き物なんだな、と思いながら腕を眺める。

「見たところ、お前も一人か?」

すると、男が問い掛けてきた。

「…まぁね」

「そっか…一緒に、来るか?」

一言答えてやると、男は少し遠慮がちに問い掛けてくる。

まだ悪魔だと言う事もバレてはいないようだし、面白いかもしれない。

頷いてみせると、男はかなり嬉しそうに笑っているような、しかし泣き出しそうな顔で喜んでいた。

まただ…また温かい物が溢れてくる。

一体なんなんだろう、これは…。

そしてそんな温かさの正体に気付いた時、男と共にした時間を悔やむ事になるなんて…アカギは考えもしなかった。

男が行く準備を始めたので、アカギも脱いでいた服を纏うことにする。

二人並んで歩きながら、男は色んな事をアカギに話してくる。

出会えたのが生存者だと思っているからか、その声はとても軽々と明るく活気づいていた。

今まで何体も悪魔と遭遇して生還して来たこと。

生存者を見付けられず、ただ一人で歩んで来たこと。

大切な友人が悪魔に殺されて、復讐を誓ったこと。

悪魔との死闘の際、どんな手段を使うかと言うこと。

本当に色々、全てと言っても過言ではないほど話を聞いたところで、ふとした疑問を問い掛けてみる。

「…名前、聞かないんだな…オレの」

「あぁ、無理にとは言わねぇけど…教えてくれるなら嬉しいぜ」

そうすればお前の名前、呼べるだろ?と笑顔を向けられるとアカギは視線を反らしてしまう。

どうしたと言うのか、男と目を合わせることさえ難しくなってきた。

「…もしかして、その…忘れた、とか?自分の名前…」

何故かは分からない、しかし目を合わせられない。

一体、どうして…温かい物は未だに溢れ続けていると言うのに。

「…アカギ、赤木しげる…好きに呼びなよ、カイジさん」

だが不思議なことに、彼の名を呼んだら自然と笑顔が出た。

ぼーっと見つめられたかと思うと、彼はいきなりサッと目を反らして慌てながら口を開く。

「アっ、アカギな!?オッケー…分かった、ありがと…っ!」

はにかみながら言う男を見ていると、また自然と笑みが零れる。

これは人間が使う、変な魔術なのかなと思った。

「絶対オレが守ってやるから、安心しろよ…なっ?」

何を言ってるんだろうこの人は、とアカギは密かに思う。

アカギが…魔王が傍にいるからこそ今は守られていると言うのに。

だが男からのこの言葉は、何故か凄く嬉しいと言うのも否めない。

アカギは先程よりも少し薄く笑った…。

それからは二人とも静かに黙って歩いていく。

そろそろ日も落ち始めて来た頃合いで、何処か休める場所を探そうと、周りを確認するカイジ。

「アカギ、もうそろそろ暗くなるし、今日はあの何処かで休もうか」

静かに頷くと、カイジは何処の廃屋にしようか悩み始めた。

「…あそこが良い」

と、アカギは指をさす一軒の廃屋。

少し広めで家具も色々揃っているというのは、昔襲いに入ったから知っていた。

カイジも頷き、早速二人でそこへ入っていく。

中には今まで見てきた物と同じように、ボロボロのカーテンや棚、テーブルや椅子、ベッドなどがある。

さて推薦したは良いが、ベッドはシングルが一つしかない。

しかし、違う部屋に大きめのソファーが置いてあるのを見付けると、カイジは笑顔で言う。

「アカギはベッド使って良いからな」

「…カイジさんは?」

「オレはこっちで寝るさ、大丈夫!慣れてるからこう言うの」

言いながら寝支度を調えている彼の元へ、ゆっくり歩み寄ってアカギは一言。

「オレとは、寝たくないってことか」

胸が苦しくて堪らない。

きっと、警戒されているのかもしれないと考えているからだろう。

それは至極当然の事なのだが、今はとても悲しかった。

一日ずっとこうして一緒にいたのに、疑われるなんて。

勿論何度も言うようだが、それは当たり前だが疑って欲しくない。

沢山話を聞いて、耳が痛い部分もあったけれど、それでもカイジの事を色々知ることが出来たのは、とても嬉しかった。

これからも、まだまだ沢山カイジの事を知りたい。

「いや、そう言うわけじゃっ!…だってお前怪我、してるだろ?」

「そんなの別に構わない…温もりが欲しい、アンタの…」

だから一緒に寝てよ、と続けるとカイジは少しだけ考えたように俯くが、すぐに顔を上げて頷いてくれる。

じゃあ…と目を反らしながら了承してくれた事で、アカギはフッと微笑みを漏らした。

その夜は、狭いシングルベッドに二人、身を寄せ合って眠りに着こうとする。

しかし、アカギは悪魔という性分の為、元から寝るという行動がない。

すぐ目の前に居る凛々しい顔に、胸の高鳴りが止まる事もない。

それを知ってか知らずか、カイジの方もジッとこちらを見つめたまま寝付こうとしないから困る。

すると先に視線を外したのはカイジで、カーテンの隙間から見える夜空を拝んでいるらしい。

普段は月など見えないのに、今日に限っては珍しく暗雲の隙間から奇麗な満月が顔を出していた。

「…今日は満月かぁ…」

なんてポロリとカイジが零すと、アカギも小さく口を開いた。

「満月は、嫌いだ…」

「なんで?」

「…良い思い出がないから」

「そっか…まぁオレもそうだけど」

「…何があったの、アンタは」

「二つある…」

「何と、何?」

「…佐原と固く誓ったのが一つ、もう一つは…」

カイジが口を噤んだ瞬間に悟る。

多分だが、佐原という男を亡くした日でもあるのだろう。

痛々しい表情で黙ってしまった彼を、少しの間見つめていた。

もうすでにこの世から消えた者の事を考えても、何もならないと言うのにどうしてそんなに苦しそうな顔をするのか。

ただ見ている事さえも辛くなってきたアカギは、ゆっくりと傷が残るカイジの頬に手を添える。

「…好きだったの?佐原って人のこと…」

「…さぁ…わかんね…でも、少しは…あったのかもな…」

自分で言葉にしておいて、ちくりと胸を刺す痛みから悟った。

今まで胸に起こった異変の数々、その正体に…。

声を押し殺して泣き始めたカイジを、見つめるその瞳は切なさで一杯だった。

そんなに辛いのなら忘れてしまえば良いのに、と言葉にしようとして止めた。

自分だったらきっと…何時までも、憶えていて欲しいと願うだろうから。

今傍にいるのは誰か、それだけを見て欲しいと、アカギは思う。

「カイジさん…泣かないで、オレが居るから…」

彼の広い背中にそっと腕を回し、アカギはゆっくりと宥めるように優しく撫で続けた。

その後、泣き疲れたのだろうカイジは暫くして眠りへ落ちる。

彼の寝顔をジッと見つめ、もう泣かないで欲しいと願う。

それは煩わしいからではない、辛いからだ。

傍で見ているアカギでさえも。

悪魔が何を言っているのかと自分でも思うが、それほど彼を愛してしまっているのだ。

これほど自分が悪魔だという事実を悔やんだことはない。

きっと、これから先どんな事があっても今以上の事はないだろう。

ずっと傍にいて、彼の笑顔を守り続けたいと願いに願っても、互いに棲む世界が違いすぎる。

運命とは、実に残酷な物か。

全ての運命に背くことが出来るなら、アカギはすぐにでもそうしたかった。

「こんなに、アンタを…愛してるのにな…」

触れるようなキスを送り、アカギは更にカイジに寄り添った。

首元に顔を埋めると、ベッドの埃臭さの中に混じって彼の香りも沢山する。

同時に寝ているはずのカイジがギュッと抱きしめてきて、少し驚いたが寝息を聞く限りでは寝相だと分かる。

今までもこれから先も、こんなに人間の温もりが愛おしいと思うことはないだろう。

悪魔は寝たりしないので、温かくくすぐったいこの気持ちを一晩中感じることが出来る。

それだけは、悪魔で良かったと思うアカギだった。



肺も身体も心もカイジで満たされた頃、朝日が昇り太陽が明日だと知らせる日の光が、カーテンから差し込まれた時だった。

アカギの五感にそれは届いた、全てを崩壊させる知らせが…。


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うん、アカギ視点もなんか満足www

確かに恋だった様よりお借りしました。
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