ある日、カイジは今日も面倒臭そうに支度を終えてバイトに向かおうと玄関を出たところだった。

すると空き部屋だった隣の部屋に誰かが越して来たのか、引っ越し業者が往き来している様子が見て取れる。

女性かな、男性かな、とか考えていると結構早くから引っ越しの作業をしていたのか、以上ですと作業員が新しい隣人に告げ始めた。

姿は見えないが部屋の中から、どうもご苦労様でした、と言う上がり下がりのない平坦な声が聞こえてくる。

男性かぁ…と少しガックリしたカイジだが、ふとバイトに行こうとしていたことを思いだしてアパートを後にしたのだった。

その日の夜のこと、バイトを終えて帰宅してきたカイジはポケットから鍵をまさぐり出したときだ。

隣の部屋の扉が開いたと同時に、越してきたばかりの男が姿を見せる。

その瞬間、カイジは開いた口が塞がらなかった。

何とも顔立ちの整った美形で文句の付け所のない容姿と、そこいらの者とはまるで纏っているオーラの違う隣人の男。

射抜かれるかの如く見つめてくるその双眼に、カイジは思わず生唾を飲んだ。

惚れてしまったのだ、名も知らぬ隣人の…しかも男に。

「…ぁ、どうも…」

それしか言葉が出なかったが、隣人は強張っていた表情を少し温和にしてくれた。

「どうも、よろしく」

とだけ言って彼はすぐに立ち去ってしまったが、その後ろ姿が見えなくなるまでカイジはずっとその場から動けなかった。



次の日の朝、清々しさに目を覚ましたカイジは早速、昨夜の隣人について考える。

気持ち悪いくらいのオトメンな溜め息を吐いて、一緒にパチンコしたり宅のみしたりとデートする風景を考えた。

そこは飽くまでカイジであるが故の発想であることは間違いない。

にやにやしたそのだらしなさ満開の顔は、数十分続いた。

今日はきっと良い事がありそうだと脳が結果を導き出し、パチンコで運試しに行くことにしようと決めた。

バイトがオフのため一日を自由に満喫出来ると考えた結果がパチンコとは、流石カイジである。

いそいそと支度始め、がさつな性格が故にドタバタと騒々しい物音を立てていた。

すると…玄関の呼び鈴が鳴り渡る。

こんなに朝早くから誰だろうと、不思議ながらも訪ねて来た者を招き入れるために玄関へ。

「はいはい、どちら様で………ぁっ!」

扉を開けると、圧倒的驚愕。

「朝早くにすいません、オレこれから寝るんで、もう少し静かにして貰えます?」

一応の挨拶はあったし理由も納得出来ないわけではない、が腰も態度も低くない。

しかし恋は盲目とは良く言ったもので、カイジは隣人と言葉を交わせることだけが嬉しくて仕方がなかった。

「あ、すっすいません!いやあの…これから出掛けるんで、すぐ静かになりますから…えぇ、ホントその、すいません…っ!」

謝っている割には、その表情が笑顔であることから隣人はもの凄く、不思議そうである。

「…そうだ!睡眠を邪魔したお詫びで、今度一緒に、飯でも行きませんかっ!?勿論オレが奢りますから!」

変なところで頭の回転が良いカイジは、早速お詫びという表向きな理由で食事に誘ってみる。

しかし不思議そうな顔をしたままの隣人に、…別に、いいですよ…と断られた。

そりゃぁそうだよな、と思い直してガックリと肩を落とし、小さく会釈をしてそのまま部屋を出て行く。

今日はパチンコ勝てそうな気がしたんだが、これだとやっぱり負け確定かもな…と内心で涙ながら呟きつつ、階段を降りようとした所で。

「あの…日にちは…」

疑問を浮かべながら振り返ると、隣人が此方を見下ろしている。

日にちは、の意味が理解できずカイジは少し考えていた。

「予定を聞いておかないと、当日行けない可能性があるので」

そう言われた瞬間、カイジはハッとした。

もしや、さっきの答えはお断りではなく、行っても良いですよ、と言う意味だったのか。

あまりにも上がり下がりのない声のため、気付けなかったが…。

そうと分かった瞬間、パッと笑顔が戻ってテンションが上がる。

「あ!そうっすよね!えっと、じゃぁ…明日!明日の夜は、どうですかっ?」

すると、隣人はクスッと笑った。

多分だが大丈夫だと、言うことなんだと思われる。

「そうだっ!オレは伊藤カイジ、呼び方は別になんでも…っ!」

「伊藤さん…ですか、オレは赤木、赤木しげる…」

呼び方は任せます、と続けられカイジは嬉しそうに頷いた。

「ありがとう、アカギさんっ!おやすみ…っ!」

笑顔で大きく手を振り、カイジはそのまま階段をリズム良く駆け下りてパチ屋へと向かっていった。

その姿を見送りながらアカギは、面白い人だなぁと考えつつ部屋に入っていくのだった。



次の日、カイジは昼シフトのバイトから帰ってきた。

それからは昨日のパチンコで大勝ちした金を、財布の中で数えつつ夜を待つ。

夜というより、アカギが訊ねてくるのを待っていた。

ルンルン気分で財布を閉じ、ゴロリと床に寝転がる。

何の話をしようか、イメージトレーニングに励んでいると、不意にインターホンが鳴った。

ガバッと起きあがって、急いで玄関へ直行。

「はいっ!」

扉を開けると、そこには待っていたアカギが立っていた。

「お待たせしました…この時間で平気ですか?」

カイジはブンブンと首を縦に振って笑う。

「全然!むしろ丁度良いって言うか!じゃぁ、行きますかっ!」

クスッと笑って頷いたアカギを見て、歩き出す。

その後を彼は黙って付いてきた。

嬉しくて無駄に頬が緩んでいるが、そんな事を気にしてはいられない。

どうやって心の距離を詰めるかが、今は最大のポイントなのだから。

まずは妥当な年齢の話から始めてみようと思う。

「えっと…アカギさんって、歳いくつなんすか?」

「…何歳に見えますか?」

頬笑みながらアカギは質問を質問で返してくる。

そんな彼の姿や態度を見ながら、カイジは歳を考え始めた。

「んー…オレよりも落ち着いてるし、多分だけど…年上な気がするんだよなぁ…」

ブツブツと考え事を口に漏らしながら歩くカイジ。

その姿を見ながら、アカギは黙って答えを待っている。

「そうだなぁ、じゃぁ…26!」

出した答えに驚いた顔をするアカギに、カイジは一発正解かと思った。

「…ハズレです、そこまで上じゃありませんよ」

が、そんなわけもなくサラリと言われて笑われた。

「そっか…じゃぁ、23?」

「残念…もう少し下です」

「マジか…じゃぁ21、だったりとか?」

「いえ、まだ違いますね」

「えっ!?…じ、じゃぁ…20?」

「惜しいですよ」

「…ま、まさか…19?」

「ククッ…正解」

まさかの事実にカイジ、圧倒的驚愕。

自分よりも年下だったとは思っておらず、開いた口が塞がらない。

「それにしても、最初の回答には驚いた…26って」

そう言って笑っているアカギに、やっと開いていた口を閉じたカイジは言った。

「言われないのか?…だって、相当落ち着いてるし…」

「そうですね、確かにそうだ…伊藤さんよりは」

「…うっ…それ言われると、ちょっと…」

「じゃぁ今度はオレが当てましょうか、伊藤さんの歳」

頬笑みながら言うアカギに、カイジは嬉しそうに頷いてみせる。

「そうですね…21、じゃないですか?」

「す、すげぇ!なんで分かったんだっ!?」

「そりゃぁね…その数の後から、目で見て分かるくらい動揺してましたから」

クスクス笑いながら、アカギは続ける。

「それに、21の後だけ言葉が続いていたし、オレより年上という独り言も、核心の一つです」

カイジはその解説を聞いて、あちゃー…と顔を手で覆った。

洞察力まで劣っているとは、年上として立場がない。

溜め息を吐いたカイジは、もう少し大人になろうと思ったのだった。

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