「こ、これは…っ!」

その場に到着し、惨劇を一目見ると一瞬で血の気が引いていく。

「少しは片付けておきましたけどね…最初はもっと酷かったんすよ、ここ…」

当初の状態を思い出しながらだろう佐原が顔を歪めて言っている。

今見ても地や壁に付着している血液は少ないが、当初は大分飛び散っていたに違いない。

死体だという区別も付けられないほど、バラバラでグチャグチャ。

まるで…与えられたオモチャを気に入らない子供が壊して遊んだかのような情景だ。

引き千切り、押し潰し、引き裂いて、抉り出されている死体には男か女かの判別も難しい。

身体のどのパーツかさえも分からないほどだ。

唇を噛み締め、片付けを再開しようとしている佐原を呼んだ。

「?…なんすか、早く片付けないとヤバイっすよ?」

「ここはオレがやっておく…お前は早くカイジの元に行け」

「え?でも、これ片付けんのは一人じゃ…」

「良いから行け!…アイツの次のオモチャは恐らく、アカギだ…っ!」

驚く様子を見せない佐原は、代わりにため息を吐いている。

「こうなったのは誰の所為だと思ってんすか?一条さんだって分かるでしょ…元凶が潰されてもそれは自業自得ってもんっすよ」

早く片付けましょう、とまた作業を再開しようとする佐原の後ろ姿を見ながら、オレは重い口を開いた。

「…アカギは全てを知った…」

佐原の手はピタリと止まり、ゆっくりと振り向いてくる。

「話したんすかっ!」

「話さざるを得なくなったんだ!…オレだってそんな簡単に他言する気はないっ!」

腹の底から怒鳴り散らすと、佐原は顔を顰めているだけで反論はしてこない。

「とにかく、アイツは真実をカイジには言わないと約束した…そこに関しては問題ないだろう、問題なのはカイジ自身だ…調べてはあるが多分この男達は、過去アカギと接点がある奴等だ…」

顔が潰れてしまっていて断定は出来ないにしろ、事実は間違っていないはずだ。

アカギが身体を売り歩いているという事実がなければ、こんな事態は起きない。

カイジがわざわざ殺すなんて事を起こさない筈なんだ。

どういう経緯かは知らないが、カイジがそれを知ってしまったからこそ起きた惨劇。

最も、アカギと接点を持った時点でこの街からカイジを連れて立ち去るべきだった、早急に。

「オレ達の判断にも責任があったんだ…アカギだけの所為には出来ない…」

「一条さんっ!」

「まだ、間に合うかもしれないだろう?」

「なんでそんな事が分かるんすか…」

ゴロゴロ転がっている肉の塊を見ながら、オレは答える。

「何の気も無い奴にここまで怒るはずがない…だからだ」

オレの答えの意味を理解できていない様子で佐原が首を傾げている。

カイジはアカギに対して、きっと…。

「好意があった…そう言うことッスか」

正解を、佐原もやっと導き出せたようだ。

「アイツがアカギに手を掛けたら、それが本当の最後だ」

もう引き止めることが出来なくなる。

人間としての、カイジを。

「…分かりましたよ、じゃっここは頼みましたからね?」

無言で頷き、佐原が立ち去る姿を見送りながら神に願った。

カイジがまだ、人間でありますようにと…。



嫌な汗が拭えない。

こんな夜は今日に始まったことではない。

人間という名の肉を抉る感覚。

身震いするほどの恐怖。

『利口だ、お前だけは…利口だよ……カイジ』

鏡の中のオレが笑っている…いや、オレ自身が笑っているのかもしれない。

もう何が何だか、よくわからない。

鏡には…血の涙を流したオレが映っていて…。

鏡には…笑顔で舌なめずりをするオレが映っていて…。

鏡には…全身血で汚れたオレが映っていて…。

いや、実際には映っている訳じゃないのかもしれない。

どこまでが本当で、どこからが嘘なのか。

部屋の隅に置かれているベッドに目を向けるのが怖い。

憶えてはいるが、思い出したくない。

痛い痛いと泣き叫ぶ、助けを乞うようなアイツの姿を…。

『だから言ってんだろ?…お前がイェスと言えば助けてやるって』

「うるせぇっ!黙れ、黙れよ!」

鏡に向かって叫ぶその姿は、第三者から見ればあまりにもおかしな光景だろう。

『オレにとってはお前が一番大切なんだぜ?そう邪険にすんなよ』

「誰がっ!アカギを…テメェ、テメェっ!」

『お前だって救われただろ?何より…アイツが一番救われたさ、求めている物を与えられて救われねぇ奴がいるかよ』

「ふざけんな…っ!」

『分かってんだろうが本当は、人間の本質って奴を…そうだろ』

「しらねぇな、んなこと知ってて堪るかよ…っ!」

『知ってるからこそ苛立つんじゃねぇのかよ…嘘を吐かれることに』

そうだ、オレは知っているんだ。

人間の本質とはどういう物か。

欲しい物を手に入れるためなら、形振り構わず手を汚すと言う者。

そうだ、オレは知っていたんだ。

『イェスと言うだけで、お前が日々抱えたその怒りを忘れられる…ほら、悪い話じゃねぇだろ』

自分さえ良ければ、他人がどうなろうと構わないと言う者。

『勿論オレは生きていたい…そのためなら何でもしてやるさ』

世界は自分中心で回っているのだと、疑わないと言う者。

『まぁ今更、誰もオレを止めることなんか出来やしねぇけどな…』

自分の思い通りにならないなら、誰にでも恨みを向けると言う者。

『邪魔すんなら、例えアカギであろうと…殺す』

オレはそうはなりたくない。

オレはそうはなりたくなかった。

でも、今気付いてしまったんだ。

オレはそうなっていた。

あぁそうだ、オレは元々こうだったんだ。

何を勘違いしていたのか、人間に生まれた時点で決まっていたことじゃないか。

そう、これがオレの…答えだ。

手をついていた洗面台から離れ、ゆっくりとベッドを振り返る。


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