口元をつり上げ、ニヤついた笑みを浮かべている男は世にも恐ろしく見える。
聞いていたのか…あの一瞬の声を…。
『一条さん、どうかしたんですか?』
オレは今、顔面蒼白となっているだろう。
兄弟ではないと言う疑問を、奴は今完全に抱いているはずだ。
どうにかして言いくるめられる方法を探してみようと、脳は必死に活動しているようだが動揺の所為か回転が悪い。
くそ、こんな男一人に何て様だ。
しかも、追い打ちを掛けるように苛立たしい言葉を掛けてきやがって。
「一条≠ウん…どうかしたんですか」
射抜かれるような視線を受け、逃れる事は出来ないと第六感は知らせてくる。
もう、後には引けないようだ…オレの負けだ、カイジ…許してくれ。
彼は全てを話してくれた。
自分の事、両親の事、義兄弟である事、そして…カイジさんの事。
長々と語られた真実を、オレは目を背けることなく黙って聞いた。
カイジさんは元々、帝愛製薬の地下に設けられた研究所で、胎児の時点から特別なウィルスを投与されて生み出されたのだそうだ。
通常の人間の成長速度より数倍早い特別な胎児は、カイジさん意外にも沢山用意されていたのだという。
成長段階に問題はなく、ある時期が来ると必ず受けさせられる試験があったらしいのだが、彼はそれをひたすら拒んだらしい。
生後5歳で人を殺せという命令だ。
拒まぬ方が可笑しい話。
だが殺人兵器として生み出されたにも関わらずそれを遂行出来ないと判断されたため、カイジさんを上層部は処分するよう命令を下したらしい。
勝手に生み出しておいて、命令が聞けないなら処分するとは身勝手にも程がある。
そこで、当時世話役を務めていた一条とカイジさんが良く懐いていた佐原の二人で、何とか生かす方法を考えたんだとか。
同じくらいの歳の別の実験体が試験を終えて出て来たところを、二人掛かりで殺し、それをカイジさんに見立てて処分報告を出したという。
しかしそんな事をした所ですぐに足が付いてしまうのでは無いだろうかと、二人はすぐに退社してカイジさんを養う事にしたそうだ。
その時、それぞれの役割分担を決め、一条は兄として、佐原は友達として彼を傍で見守り続けていたらしい。
その全てを話した後、一条は泣きながら訴えてきた。
この事をカイジにだけは絶対に言わないで欲しいと。
彼を普通の人間として生かしてやりたいのだと。
二人がカイジさんに吐いてきた嘘は、彼のためを思っての物。
そしてオレも、カイジさんには嘘を吐いたが、彼は許してくれた。
だからオレも許そう、アンタ達の事を。
カイジさんのための嘘ならば、見逃してやろう。
だって、そう教わったから…大好きなあの人に。
人の優しさとは、嘘を許せる事だと、彼から学んだから。
「安心しなよ、黙っておいてあげる…その代わり、今後カイジさんの世話はオレがするから、もう一切関わらないで」
本物の兄弟ならともかく、血の繋がりがないならそう言う目で見る可能性だってあるわけだから、予め離しておこう。
カイジさんは渡さない…誰にも。
泣き崩れたままの一条を置いてけぼりにして、オレはカイジさんのアパートを目指して帰る。
長々と話を聞いていたからだろう、あんなに高かった陽も落ちかけている。
「少し遅くなっちまったな…待っててカイジさん、今帰るから…」
「なんてこった…不味い事になったなぁ…」
カイジの携帯に仕込んでおいたGPSの移動経路を見て、疑問を持ちその場に到着した瞬間、鼻を付く強烈な異臭に顔が歪んだ。
携帯を取りだし、急いで一条の元へと連絡を入れる。
「…あ、一条さん?って言うか、どうしたんすかっ!?」
鼻を啜り、ヒク付いた声を出している彼の様子に驚いて声を上げた。
がさごそと電話越しに聞こえる音は、きっと涙か鼻水を拭いている音だと思う。
『…大丈夫だ、何でもない…で、なんだ』
「それが…ヤバイんすよ、確証はありませんが…」
言いながら再び無残に転がる二つの肉を盗み見る。
「…安全装置が、外れてしまったかもしれませんよ…」