『…続いてのニュースです、昨晩○○市の住宅街で男性の遺体が発見された事件で、警察は殺人事件と見て調査を進めていると発表し…』

朝っぱらからやっている番組は殆どがニュース番組。

可愛いと気に入っているお天気お姉さんが出てくるチャンネルのまま、オレはボケッと歳食っている女性のニュースキャスターが話す事件を片耳で聞いていた。

脳内ではこの辺に近い所だなぁ、と他人事のように考えている最中に玄関のドアが開けられる音が、もう片側の耳に入ってくる。

ガサガサとビニール袋を騒ぎ立てながら男は此方へ歩んで来た。

「鞄忘れてったろ?クツ棚の上に」

その様子に顔を上に傾けながら言ったが、アカギはただ笑みを浮かべているだけ。

焦るわけでもなく、後悔するわけでもなく。

「忘れた訳じゃありませんよ…敢えて置いて行った」

その返答を聞いて、大分阿呆な顔をしていたに違いない。

オレの顔を見てだろう、いけなかったですか?と訊ねてくる。

それも無表情で。

お前はロボットかと言いそうになるのを抑えて、煙草に火を付けた。

「別に良いよ…で?敢えて≠フ理由を聞いても良いのか?」

クツクツと笑いながらオレの隣りに腰を下ろし、手に提げているビニール袋からある物を取り出して此方へ寄こしてきた。

「これ…アンタの口に合えば良いけど」

差し出されたのは、焼肉弁当。

「おぉ!くれんのか?…サンキュー!」

勿論合うに決まっているし、オレの経済状況上なかなか手が出せないので嬉しいことこの上ない。

コンビニの弁当如きで何を言ってるんだと思うかもしれないが、ギャンブル狂のオレにとっては5百円も渋い。

だがしかし、敢えての理由と焼肉弁当でどう繋がるのか分からなかった。

「でもこれがどうして敢えて≠ノ繋がんだよ…?」

自分のご飯だろうか、袋からおにぎりを取り出して封を解きながらアカギは答える。

「買って帰ってきても、アンタがここに居なきゃ渡せない…だからですよ」

それを聞いて納得した。

あぁ…と声を漏らしながら、コイツが置いていった鞄をどうしようかと考えていた時の思考の流れを思い出す。

それでもまだ疑問が残っていた。

「どうしてオレがこういう行動を取ると断定出来たんだ?」

小さい一口を囓り、モグモグと噛み砕いてから、ゴクリとおにぎりの欠片を飲み込むに至るまで、所要時間は一分ほど。

全体的にスローモーションな男だなと頭の片隅で考えながら、受け取った弁当の封を開ける。

コンビニで既に温めてきてくれたのだろうそれは、ほんのりと湯気を立てた。

わー焼肉焼肉!とウキウキしながら一口頬張った所で、先程の質問の答えが返される。

「昨日のアンタの言動を元に、答えを導き出しただけ…」

佐原もそう言う人間観察って言うか、性格分析って言うか…とにかくそれっぽいのが得意だったはずと思い出す。

「お前、佐原と少し似てんな」

「………」

言ってから気付く、コイツが佐原を知らないことに。

「あぁ悪い、ほら昨日オレと一緒にいた金髪の」

「今さっき会いましたよ…コンビニで」

今日は朝のシフトだったのかと、昨日居酒屋へ強いてしまった記憶が罪悪感となって甦る。

今度は詫びとしてオレが酒でも奢ってやるか、とか考えているといつの間にかアカギはおにぎりを食べ終わっていた。

そして何をするわけでもなく、オレをじっと見詰めてくる。

正直、食いにくい…そんなに見られていると食いにくいって。

「な、何だよ…」

凝視される意味を問い掛けてみると、一瞬俯いたがすぐに顔を上げた。

「カイジさん…オレはもっと、アンタのことが知りたい…」

続けざまにトリガー≠チて何ですか?と訊ねられる。

銃にある弾丸を発射するための引き金のことだろうが、それとオレとで何の関係があるのか。

「引き金だろ?」

「違う…アンタのトリガー≠チて意味」

アカギが何について問い掛けてきているのか、答えることは愚か理解することさえ出来やしない。

未だかつて、こんなに日本語訳の出来る奴を連れてきて欲しいと願ったことはあっただろうか。

オレの引き金って…一体どういう意味なのかオレが教えて貰いたいくらいだ。

「悪いが、その質問には答えられねぇ」

「…なぜ?」

「オレにさえ、その言葉の意味が分からないからだ…そもそも誰から聞いたんだよ、そんな訳のわかんねぇ話を」

「…アンタのお友達、佐原って人」

思わず頭を抱えてため息を吐いた。

全くアイツは何を考えてんだか…良く思い付くもんだ、変ななぞなぞを。

「分かった…今度アイツに会ったら、答え聞いとくわ」

その時、オレの所有している携帯が着信を知らせるメロディーを奏でる。

昨日来ていたジャケットの中に入れておいたはず、と立ち上がってポケットを探るとすぐに見付かった。

未だ鳴り続けているそれを開き、相手を確認すると通話ボタンを押す。

「おぅ、久しぶりじゃねぇか」

相手はオレの兄、聖也だった。

普段は殆ど電話など掛けては来ないが、たまにこうして生存確認を取られる。

今持っている携帯は、兄貴がもしもの時のためにと寄こしてくれた物だ。

『あぁ、生活は大丈夫かと心配で掛けてみたが…元気そうで安心したよ、カイジ』

「元気すぎるぐらいだけどな…たまには顔見せろよ、仕事の愚痴ぐらいなら聞いてやるぜ?」

『フッ…誰が養ってると思ってるんだ?まぁ、お前に聞かせるほどの愚痴も無いがな』
憎み愚痴を叩いてくる割には、その声色はいつも明るい。

だが、決まって切り際の言葉を発するときだけは、随分と重苦しい声色になる。

『カイジ…何かあればすぐに連絡しろ、いいな?』

ほら、また重苦しい声色になった。

オレだってもういい大人だ、そこまで心配されなくてもちゃんとやっていける。

まぁ両親が居ないからこそ、兄がその代わりを務めてオレを気に掛けてくれているんだろう事ぐらいは分かっているから、オレも敢えて反発はしなかった。

「分かってるって…その言葉、何度聞かされてると思ってんだよ」

『ならいい、じゃぁな…』

「あぁ、またな」

通話終了と同時に携帯を閉じ、ポケットに突っ込んだ。



通話終了という文字の表示されている携帯のディスプレイを少しの間眺めていたオレは、不安げな表情でやっと携帯を閉じる。

赤木しげると言う男と接点を持った、と佐原から連絡が来たときは嫌な汗が止まらなかった。

良からぬ噂が絶えない男なだけに、抱える不安も半端ではない。

そんな男と連んだりしてカイジは大丈夫だろうか、と言う心配は後を絶たない。

今までカイジに悪い者が付かぬようにと、こうして常に見守ってきたのだ。

血の繋がった唯一の兄…伊藤聖也だと偽って。

勿論、彼を騙し続けている事に関して、罪悪感が生まれぬ訳はない。

真実が晒されることになれば、彼もまた絶対にオレを許すことはないだろう。

だがしかし、罪の意識に苛まれながらもカイジを見守る義務がオレと佐原にはあった。

彼を親元≠ゥら引き離したのは誰でもない、我々なのだから…。


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