「…カイジさんの好み、聞いておくべきだったな」

その頃オレはコンビニの中で迷っていた。

狭い店内で道に迷ったとかそう言う意味じゃない。

彼のアパートからそう遠くないこの場所で、昨日の勝ち分を利用し買い物をしているのだが、世話になった事と多少の迷惑を掛けてしまった事へのお詫びとして、朝食でも買おうと思ったのだ。

だが困った事に、オレは彼の好みを知らない。

居酒屋でのやり取りには食の好みについて、一切語られていなかった。

自分のための買い物なら、普段こんな長時間を掛ける事はない。

大体が煙草と適当なおにぎりとか、そう言う物を買って終わりにしてしまうからだ。

何を買っていけば喜んで貰えるか考えながら店内を彷徨いていると、ふと背後に誰かが立つ気配がした。

「あれ…お客さん、もしかして昨日の人じゃないっすか?」

その声は聞き覚えがあった。

確か彼と一緒にいた男の声ではなかっただろうか。

確認するべく振り向いてみると、やはりそうだった。

「…どうも」

この男に興味はない、その感情がありありとオレの声と挨拶から漏れているはずだ。

しかし気に止めていない様子で振る舞う目の前の男は、昨日は大丈夫だったんすか?と陽気に聞いてくる。

二言返事をし、笑顔で何か探し物っすか?と問い掛けてきたこの男を利用する事にした。

カイジさんの知り合いならば、きっと味の好みを知っているはずだと思ったからである。

「まぁね…アンタなら知ってそうだな、カイジさんの好み」

ネームプレートを見て佐原と認識しつつ、問い掛けてみると笑顔で焼肉弁当を持ってきた。

「これ、カイジさんには一押しっすよ!ほら、あの人結構な割合で素寒貧だから、焼肉弁当なんて滅多に食えないって凄い喜ぶんですよねぇ」

まるで、オレは彼の全てを知っていますとでも言うような口ぶりに内心では気に食わぬ苛立ちが込み上げる。

しかし彼が喜んでくれるのであれば、ここは素直にこの男の意見に従うのが良いかもしれない。

言っている事も、真っ当な気がしたから。

「へぇ…じゃぁ、これにするよ」

無表情のまま返答するが佐原と言う男は笑顔のまま、あざーす!と言ってレジの中に戻って行く。

その他の食い物は適当に見繕って籠に放り込み、オレはそいつのレジへ持って行った。

「お兄さん、赤木しげるって言うんですよね?…噂は兼ね兼ね」

「だったらなに…大金でもせびりたいの?」

そんなんじゃ無いっすよ、と笑っているが目の奥は違う。

「オレは別の噂の方が気になってましてね…なんて言ったかなぁ…」

レジを打ちながら白々しく考える振りをする男に段々苛立ちが募り出す。

それを察したのかどうかは知らないが、パッと明るい顔で思い出したと叫びだした。

「売春、してるとか…カイジさんにも払ったんすか?」

ポーカーフェイスのまま内心で舌打ちをし、ニコニコしてる割には言うことがゲスい奴だと思った。

しかもコイツは仮にもカイジさんの友人、毟ってやりたい所だがそんな事をしてこの事実を彼にバラされるのだけはご勘弁願いたい。

「あらら…何のことだか、オレも初耳だ…在らぬ事実まで作られているらしい」

「…あ、そうそう!アカギさんに一つ忠告しときますんで…」

眼を細めレジを打つ男を睨み付ける。

「もしあの人のトリガー≠引くような事があったら…例えあなたでも、絶対に許さないんで」

その瞬間、顔を上げた彼の顔は今までとは全く違う者。

先程までの笑顔はいずこへ、普通の人間ならば圧倒されている程の、光の失せた据わった瞳。

カイジさんには何かの秘密がある、と言うのだろうか。

オレは口元をつり上げ、品の詰まった袋を左手に引っさげ、渡された釣り銭をポケットに突っ込みながら店を出た。

彼のトリガー≠ニは、一体何の事だろうか。

益々興味が湧いてきた。

知りたい、もっとカイジさんを知りたい。

彼の奥の奥まで、見てみたい。

狭く、しかし深い闇の底に…一体何が沈んでいるのか、確かめたい。



「あの男の狂気も大したもんっすね…」

佐原の控えているレジの前に、黒いスーツを纏った男が栗毛色の長髪を手で梳きながら立った。

「あんな煽り文句を…どうするつもりだ?」

美しく整った顔立ちとは正反対の黒い笑みを浮かべて、佐原に問う。

「一応頼りなくてもストッパーは掛けておかないと…暴発させられたら困りますから」

髪を弄くる手を止め、男はため息を吐いた。

「君が付いていながら何て失態だ…一番懐いている筈じゃないのか?」

苦笑しながらスーツの男に向き直る佐原は、困ったように髪を掻く。

「そんな事言われても、そう簡単には操作≠ネんてオレでも出来ませんよ…出来る筈がないんですから、無理言わないで下さいよ一条さん」

「とにかく、どんな手段を使ってでも食い止めろ…アイツがトリガー≠引かないように」

「分かってますって…ここまで生き遂せたのに、そんな事されちゃ叶いませんからね…」

俺は仕事に戻る、と一条は退店し、佐原も真面目にコンビニの店員として務めを再開した。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -