がさごそと背後で音がする。
それはアイツが布団を敷いている音だろうな。
次期にその音もしなくなり、静寂に落ちたかと思いきやそうでもなかった。
「…もう寝てしまっているだろうけど…これだけはアンタに話しておきたかった…」
背後から小さな声が響いてくる。
「ホテルに入らなかった…その理由…」
まだ言ってんのか、と思った次の瞬間だった。
「もう一度…アンタに、会いたかった…」
唐突な告白に、オレは息が詰まりそうになる。
オレに会いたかったから?何故そんな事を思ったのか。
何の取り柄もない素寒貧で自堕落な人間だというのに、そんなオレにどうして。
「…迷惑を掛けた…真剣に悪いと思ってる…だから、許して欲しいとは…言わない…」
そのまま黙って聞いていたが、続きは無さそうだった。
全て言い終えたのだろう。
伝えたい事は全て。
だからオレは…。
「…好きなときに来いよ…床ぐらいは貸してやる」
許してやる事にした。
背後で動く微かな音がする。
続けて小さく、ありがとう、と聞こえて静かになった。
翌朝、窓から入る日の光の眩しさで目が覚める。
ベッドから身を起こして隣を見ると布団は既に片付けられていた。
試しに物置を開けてみると、奇麗に畳まれた布団が入っている。
早々に出て行った訳か、御礼も無しに失礼な奴だなとも思いかけたが昨日の夜に何度かありがとう≠聞いた気がするので、それで良しとしておく事にしよう。
背伸びをし、立ち上がって飯でも調達に行くかな、と玄関へ歩もうとしたときだ。
玄関先のクツ棚の上に見覚えのある鞄が置かれているのを見付けた。
「…あれ、これ確かアイツの…忘れてったのか?」
しっかりしているのか、それともうっかりしているのか。
だがこれだと何時取りに来るのか分からないため、出掛ける事は愚か飯を買いに行く事さえ出来そうにない。
気付いて戻ってきたとき鍵が掛かった状態だと部屋の中には入れない。
なら鍵を開けて行ってやれば良いと思うかも知れないが、そうなると室内に置きっぱなしにしたアカギの鞄が危うくなる。
となると今度はオレが鞄を持った状態で外出すれば良いんじゃないかと言う案が浮かぶが、それも却下だ。
なにせアイツの連絡先をオレは知らない。
気付いて取りに戻って来た時に、鍵が開いていても鞄が無いんじゃ意味がない。
結果、オレがここに鞄と留守番しているしかないという事になるわけだ。
好きなときに来いとは言ったが、好きに置いて行けなんて言った覚えはないんだけどな。
腹も大分減っているが、何か冷蔵庫にあっただろうかと覗いてみる。
ああ、分かっていたが何もない。
つくづく買い置きでもしておくんだったと、これほど後悔した事はなかった。
二度寝でもして待とうかと考えた瞬間、ある事に気付く。
毎日のように見ていたあの夢を、昨日は見なかったと言う事を…。
アイツが居たからかどうかは、定かではないが見なかった事に変わりはない。
「久しぶりにゆっくり寝られたな…目覚めも良かったし今日はツイてんのかもな」
独り言を零しつつ、笑みを浮かべながらテレビを付けた。
それが、後の変貌を示す予兆だとは…知る由もなく。