全てにおいて初めてだった。

オレを心配してくれる人間に出会ったのも。

オレを怒ってくれる人間に出会ったのも。

オレを誘わなかった人間に出会ったのも。

オレを人間だと扱ってくれる人間に出会ったのも…。

だから、嘘を吐いたことは本当に申し訳ないと思った。

だから、訳を話そうと必死で縋るように引き止めた。

だから、もう一度だけアンタと会って話しがしたかった。

だから…少しだけでも話を、オレの気持ちを聞いて欲しい。

こんな自分が初めてだった。

今にも拳を振り上げそうなほど、彼は相当怒りをため込んでいるのは分かっている。

これ以上言葉を続けるようなら、きっと彼は容赦しないだろう。

だからこそ、黙って目を見据え続けた。

続きを話して良いという了承の意が、彼から返ってくるまで。

次期に盛大なため息を吐いて、彼は黙って歩き出した。

オレもただ黙って、少し後を付いて歩く。

拒否の言葉がないのは、オレを了承してくれている証なのだと受け取った。

ただひたすら振り向いてくれるまで、それこそ金魚の糞のように付いて行くとあるアパートの前で立ち止まる。

そこはお世辞にも新築とは言えないものだったが、それが彼の住み家だという事はすぐに分かった。

「…二階の左から二番目」

前方の彼が振り向かぬままそう呟いた。

「どうしても泊まる場所がねぇっつーなら、泊めてやっても良い…」

「カ……」

「ただし…お前が自力で探せなかった場合に限り、だからな」

言い終わると同時に彼は、先程呟いた場所へと階段を上って入って行ってしまった。

多少のペナルティはあるにしろ、彼は思っている以上に優しいと分かって嬉しくなる。

ホテルに入らなかった訳も聞く前に、そんな約束をしてくれるなんて普通じゃない。

普通じゃ、出来ない事だ。

オレが本気で探せば一晩の宿り木なんてすぐに見付かるだろう。

この身体を売りさえすれば、すぐにそんな輩は喜んで飛び付いて来るのだ。

今までだってそうして宿を確保して来た訳だから、容易であるに変わりはない。

だが、今回に限りそれはしたくない。

ある決意を胸に、再び大通りへと歩を進めた。



大通りをほっつき歩いて小一時間が経とうという頃、オレは再び彼と辿った道のりを歩いていた。

勿論目的は彼のアパートに行くためだ。

日を跨いでしまっているこの時間に、彼はまだ起きてくれて居るだろうか。

そんな疑問を抱いて数分後に、再び彼の住むアパートの前に到着した。

ギシギシと音を立てて崩れてしまいそうな階段を上り、左から二番目の扉をノックしてみる。

少し待ってみるが開けて貰える様子はない。

やはり、寝てしまっているか、と踵を返そうとしたときだった。

「…入れよ」

と、扉の向こうから声がした。

続けざまに、鍵なんて掛けてねぇよ、と言葉が飛んできた。

もし待っている間に寝てしまったら入れなくなってしまうという事を考えて、そうしてくれたのだろう。

少しの笑みを浮かべて扉を開けると、余計な物はあまりない殺風景な部屋が視界に入った。

しばらく部屋を見回していたら、痺れを切らした彼に叱られる。

「何時までそこにいるつもりだお前、つか早く鍵締めろ」

気付いたようにカチャリと鍵の閉まる音を確認して、靴を脱いで上がり込む。

窓の横でタバコを擦っている彼の姿は、雄々しく危険な香りが漂って来た。

オレが言うのもおかしな話だが…。

「…嘘付く割にはノックだけって律儀だな」

鼻で笑いながら煙草を灰皿に擦り消し、ベッドに移動して横になってしまった。

と、思ったら物置を指差す。

「そこに一式入ってっから、勝手に敷いて寝ろ…じゃ、おやすみ」

バサリと布団を被り、背を向けられてしまった。

「…ありがとう、カイジさん…おやすみ」

ポツリと言った後、部屋の片隅に鞄を置いて物置棚から布団一式を引っ張り出して整えた。

余り使われていないのだろうそれは、少し埃っぽい匂いがする。

しかし、彼に与えて貰った物だと思うとそれさえ嬉しくなった。

彼の姿が見えるように横向きで布団に潜り込み、じっとその後ろ姿を見詰め続ける。

そして不意に思い切って静寂の中、口を開いた。

きっと聞いてくれているであろう事を信じ、彼の背目掛けて…。


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