「ねぇ、カイジさん…起きてよ」

窓から差し込む光と、アカギの声と体の揺さぶられる感覚で目を覚ました。

「…んー…ふぁいよ…おはよう、アカギ…」

「ねぇ、お腹空いた」

そう言われ、時計を見るとまだ朝の7時頃。

今日は起きるのが早いな、なんて思いながら起きあがって台所へ。

「何でも良いのか?」

と、形だけの質問をしてみると…。

「肉じゃが」

いつもは「何でも良い」と返ってくる所だが、今日は珍しく食いたい物を言ってきた。

「え、あぁ…肉じゃが…ね…」

言いながら冷蔵庫を空けてみる…が、良い材料が無さそうだ。

はぁーっと溜め息を吐いて買い出しにでも行ってくるわ、と言おうと思ったら知らぬ間に後ろに立っていたアカギに驚いた。

「うわっ!…心臓に悪いんだよ、お前はいつも…」

「無いなら、何でも良い」

それだけ言うと、アカギはベッドの方へ歩いていって、その上に寝転び始めた。

アイツ、記憶飛んでからベッド好きになったな…なんて思いながら材料を適当に見繕って、手間暇掛けずに男らしい野菜炒めを作ると、テーブルまで運ぶ。

それを見ていたアカギがスッと起きあがってテーブルの前に座った。

カイジの知っているアカギより、ほんの少しだけ機敏に動く小さいアカギ。

それに、小さな声で食前に「いただきます…」なんて可愛いもんだ、とカイジはまた頬が緩んだ。



少し経って食事も終わり、カイジは窓辺でタバコを吸い始め、アカギはぽけっとテレビを見ている。

まぁ、こんな朝からやっている番組と言えばニュースぐらいしかないが、それをアカギが真剣に見て思いを巡らせるなんて事をするわけではないだろう。

ただの暇つぶしだろうな…と、見ていたニュース番組が終了したようでCMに入った。

それは新しく始まるドラマの宣伝のようで、恋人同士のキスシーンが一瞬チラリと映る。

だた何気なく見ていたオレは、へぇ…と内心で気のない声を脳に巡らせていたが、アカギが振り向いて発した言葉で怪訝な顔になる。

「恋人なら…出来るよね、今の」

今の…もしや、キスの事だろうか。

「いきなり、なんだよ…」

すると、アカギはこちらへと躙り寄ってきてジッとオレの顔を見つめてきた。

「…え、いや…だって、お前、オレのこと覚えてない…って言うか、知らな…っ!」

知らないんだろ?だったらいきなりは躊躇するだろ、と続けようとしたがアカギに口を塞がれて先を発することは出来なかった。

カイジ…またも驚愕!圧倒的絶句。

脳内ではぐるぐると色々な思考が忙しなく行き交う最中、己の脳天に鈍い衝撃が走った事で思考が一瞬で飛散した。

激しい痛みにアカギを押し退けてカイジは両手で頭の天辺を、く〜っ!と言って押さえ込む。

その後で衝撃の真相を目にしようと振り返った瞬間、まさに衝撃の真相を目にすることになった。

「…えっ?…あ、アカギっ!?」

そう、カイジの頭を強烈な勢いで鉄槌したのは、恐ろしい殺気を目に宿したアカギであった。

だがしかし…こうなると、もうカイジには理解出来ない。

後ろに殺気立ったアカギが立っているが、自分の前にもキスをしてきたアカギがいる。

つまり、今この場にはアカギが2人いるわけで…。

「な、何でアカギが2人っ!?」

もうこの時点でカイジの中には痛みなどと言う感覚は消え去っている。

目だけでは治まらず、顔事右往左往させるカイジに「アカギはオレ(俺)だよ」と同時に声が振ってきた。

その言葉は、カイジを余計混乱させる。

「だって…お前はアカギだよな、かといってお前も…アカギ、だよな…」

そう言ってカイジは両者を交互に指差した。

「カイジさん…オレが代打ちでなかなか帰ってこないからと言って、オレに似たガキ捕まえて誘惑するとか…悪趣味だ」

「ちっ、違うって!そんなんじゃねぇよっ…」

「カイジさん、俺はアンタの恋人なんでしょ?だったらキスくらい問題ないはずだけど」

「いっ、いや!まぁ確かにそうは言ったけどっ…」

「…アンタ、ついにショタコン思考まで開花したのか…変態だな」

「お、オレがキスを迫った訳じゃねぇってっ…」

「俺に恋人だって言ったのは、嘘だったって事?」

「そ、それは嘘じゃねぇと思うっ…」

間に挟まれ、カイジは受け答えまで右往左往。

もう誰か助けてくれ、と言わんばかりの顔色をしたカイジは泣きそうに顔を歪めている。

カイジにとって、赤木しげる、と言う時点で2人ともアカギな訳で、どちらが正確なアカギかと問われても明確な答えが出なかった。

まぁたぶん、大きい方がカイジのよく知るアカギだと思うのだが…。

すると2人はカイジに詰め寄ってもラチが明かないと察したのか、標準対象をお互いに変え始めた。

「おい、クソガキ…さっさと帰れ」

「アンタこそ、帰れば?」

「お、おい…お前等止めろってっ…」

「大体セックスもまともにしたこと無いガキが、恋人は何たるかを語るな」

「ククッ…カイジさんだって、抱くなら若くてピチピチしてる方が良いに決まってる」

「ちょっ…こんな時にどんな議論してんだよっ!?…」

「ガキ、お前がアカギだって言うなら、言ってみろよ…始めて麻雀した雀荘の名前」

「雀荘みどりだけど、それがなに…じゃぁ始めて闘った相手の名前、アンタが言ってみなよ」

「竜崎ってヤクザ…」

お互いに質問し合い答え合うと、その後は沈黙。

そして静かにカイジへ視線を向けると同時に口を開いた。

「これオレ(俺)だ」

「見りゃ分かる!」

カイジは盛大に叫ぶと、肩でぜぃぜぃと息をした。

「だけど、明確な恋人はオレだよな…カイジさん」

カイジも何となくは大きい方が明確な恋人として存在してきたアカギだと言うのは分かる、分かるが小さい方もアカギだとするならば明確に言うと2人とも恋人と言うことになってしまうのだ。

カイジが返答出来ずに困っていると、今度は小さいアカギが口を開く。

「俺を家に招き入れて、あんな事やこんな事をしたんだから、俺が恋人、だよね?カイジさん」

「ちょ、待てアカギ!誤解が生まれるような言い回しすんなっ!…って、おいアカギ!拳下げろ、拳!」

宅呑みしましょうよ〜カイジさん、と佐原が始めて家に訪ねて来た時以来のアカギの、目で見て分かる嫉妬表現をカイジは必死で制止する。

アカギは意外にも案外嫉妬深い。

最初の頃は全くそんな事はない者だと思っていたカイジだったが、佐原の一件でたじたじになったのは記憶の中で濃く残っている。

今も射殺しそうな勢いでカイジをたいそう睨み付けている大きいアカギは、目の奥が怖い。

「アカギも、変な事言うなって!」

「オレは言ってない」

「お前じゃないって!」

「だって、事実じゃない」

「だから…だぁー!もう!落ち着けっ…落ち着くんだオレ!まず、呼び方決めるぞっ」

アカギではどちらがどちらか分からない。

「大きい方がアカギ!小さい方がしげる!オレはこう呼ぶ…異議は却下っ」

反抗しようと口を開いた2人にカイジはバッサリと言い切る。

「とりあえず、しげるは変な誤解が生まれる言い方は止めろ、家に招いたのは事実だがしてやった事は寝床を譲ったことと飯を作ってやったことぐらいだろ、キスは恋人なら当然だとオレに迫ったのはお前からだ、違うか?」

「…まぁね」

「んでアカギ、オレがしげるを世話したのはお前が小さくなっちまったと思ったからだ、記憶が飛んでるのかと思って過去の話を説明して恋人だと言ったんだ、事実しげるはお前なんだから別に何も問題はない、違うのか」

「…まぁな」

カイジはこの時、アカギが本当に小さくなって記憶が飛んでしまっている方がまだ軽症な気がした。

それならば気を遣うのは一人だけで済むが、こうなると二人に気を遣わなければならないからである。

胃が痛くなるような重大さにカイジはげんなりした。

「とにかく、二人とも仲良くしてくれよ…お互い赤木しげるって同一人物じゃねぇか」

「「いやだ」」

「ハモるな!」

かくして、新しく小さい赤木…しげるが家にやって来て三人暮らしになった狭いカイジ宅であった。


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