とにかく、板挟み状態から解放されたいが為に一心不乱に酒を呑みまくる。
それしかない、今のオレに出来る唯一の逃げ道は。
しかし、まだまだ先は長いようだ…次のアカギの発言で、思い知らされた。
「カイジさんが果たして、男に興味を持つかどうか…ククッ、これは見物だ」
お前が言うなよ。
「佐原さんって言いましたっけ…オレと一勝負しませんか?」
何をする気だお前は。
「良いッスね…面白そうだし、受けますよ」
お前もそんな簡単に受けんな。
「ルールは、カイジさんが男に傾けばアンタの勝ち、傾かなければアンタの負け…どう、簡単でしょう」
それじゃぁお前にも傾かないって事になるじゃねぇか。
オレが思った瞬間、その場の空気が一瞬で凍り付いた。
「…カイジさん、もしかして…」
佐原が大層驚いた様子でこちらを見てくる。
え、オレ何か、言ったっけ?
「…酔いすぎ、思ったことが口に出てる…」
「え…嘘、マジで?…いやぁ…ワリィ…ハハッ…」
呆れたようにため息を吐いたアカギに、乾いた笑いを浮かべるオレ。
「それじゃ、ルールの改定が必要っすね…」
佐原が言うと、すぐに真剣な顔に戻ったアカギ。
「良いよ…カイジさんがどちらに落ちるかで勝敗が決まる事にする…」
そう宣言した直後、アカギはオレのアゴを掴んでキスしてきた。
その光景に面食らったのは佐原だけではない、オレ自身も酔っているとは言え、真底驚愕。
「ばっ!…いきなりしてくる奴があるかよっ!?」
赤面しながらアカギを押し退けて言うと、ククッと笑われた。
「忘れたわけじゃないだろ…アンタが先にオレの唇を奪ったって事実」
図星、耳が痛い。
その途端、今度は佐原がオレの腕を掴んできた。
そのままの勢いで引き寄せられる。
「カイジさん、ハマるならオレの方が断然良いッスよ?だって色々知ってるわけだし?」
「お、お前…それどういう意味のハマれだよっ!?」
猫のように縋り付いてくる佐原を押し退けるように、オレは距離を取ろうとする。
すると今度はまたアカギがオレを引き寄せた。
「カイジさん…酔うならオレに酔えよ、酒はもう充分足りてるだろ?」
「お前なぁ…その台詞臭すぎるだろ…」
と言うか、二人とも必死すぎんだろうが。
どんだけオレが欲しいんだよ。
好かれることは嬉しいが、ここまで落としに掛かられると逆に突っぱねちまう。
素直じゃないと言うのは、考え方によっては罪深い。
って、よく考えればオレは今、勝敗を決める駒であり景品でもある。
いわば、物扱い…何だかそれもシャクだ。
「おい…お前等いい加減にしろ」
酔っているとは言え、思考が回らない訳じゃない。
「オレで遊ぶな!」
ドスの利いたオレの声に、二人は目を点にしている。
が、直ぐに表情を戻して言った。
「遊ぶなんてとんでもない、こっちは非リア充から抜け出すために必死なんすよ?」
「そう、それも相手が誰でも良いって訳じゃない…アンタだからこそだ、必死で奪いに掛かるのは当然」
そもそも何でオレなんだ。
目を惹くような、メリット持ってる奴なんて他に沢山いるだろうが。
例えば…一条とか?和也とか?そう言う奴等がさ。
つか、普通に生活する中でオレの気持ちを測って欲しいんだが。
こんな事をいちいちゲームにする必要があるか?
「大体、普通に過ごす中でオレの気を引けばいいだろ、わざわざ勝負にすんな」
「だって、アカギさんは一緒に住んでるじゃないっすか!」
もの凄く必死な形相で佐原が意見してくる。
それはつまり、不利だと言いたいらしい。
「じゃぁ、佐原も一緒に住めば良いだろ、これなら互角だ」
オレの意見に佐原は目を輝かせた。
しかし…これを許さないのが、アカギである。
「へぇ…面白い冗談だな、カイジさん」
「だって仕方ないだろっ、勝負はフェアにするもんじゃねぇのか?」
「オレで遊ぶなって言ったクセして、やっぱり勝負事にするつもりなんだ…」
「た、例えだ今のは…っ!」
「第一、そこまでこの男にお人好しをする意味が分からない」
「そりゃぁ佐原はオレの大切な友達だからな、当然だろ」
「ククッ…友達、か…じゃぁ勝負は付いたな」
誇らしげに鼻で笑うアカギに、何故かオレが負けた気がしてムッとする。
「いやっ…オレは佐原を取る」
「…は?」
「だから言ってるだろ、佐原を取るっ!」
すると今度はアカギがイラッとした表情になった。
「アンタ今言っただろ、友達だって…っ!」
「大切な…とオレは付けた筈だけどな、聞いてなかった訳じゃないだろ?アカギ」
「じゃあアンタにとって、オレは何なの」
「え?…あー、えーと…い、居候?」
「居候か…そんな言われ方すると出て行かざるをえないな…」
「あぁ、行けよ何処へでも…お前ならやっていけるだろ」
「そうですね…確かにそうだ」
「あーもう止めましょう、オレの負けッスから」
アカギが立ち上がり、オレがそっぽを向いた矢先に、佐原がそう発言する。
オレ達は同じタイミングで佐原に目を映した。
「二人とももっと素直になりましょうよ」
呆れたような顔をして言う佐原に、オレもアカギもふて腐れたまま、表情を変えない。
「冗談に決まってるじゃないっすか」
その瞬間、オレ達は面食らったような、阿呆な顔に変わった。
「…確かにカイジさんとは良い仲でやって行きたいっすけど、何も恋人関係になりたいなんて、考えてもないッスよ」
「え?…じゃあお前、今まで言ってたのは…」
ケラケラと笑いながら、佐原は己の顔を手で覆う。
「見てればすぐに分かりますよ、だってアカギさん凄い分かりやすかったですからね」
そう言えばそうだった、佐原は洞察力には相当長けてんだった。
彼の特徴を思いだしたオレは、大きな溜め息を吐いて問う。
「何で乗ったんだよ、変な勝負に…」
「面白そうだったんで、参加しただけッスよ」
段々と笑いが収まってきているらしい、フゥーッと一息吐きながら、佐原は続けた。
「アカギさんが、余りにも必死で、見え見えの嫉妬心燃やして食って掛かって来たもんだから…つい、ね」
いつもの人懐こい笑顔で、からかいたくなりました、と言い出す。
「…お前なぁ、オレなら良いけどアカギを相手にやんな!」
「へへっ、すんません」
「たくっ…オレじゃなくて、アカギに謝れよな…」
呆れながら言うと、佐原は困ったような笑みを浮かべてアカギに向き直った。
アカギは突っ立ったまま、背を向け振り返る様子はない。
「アカギさん、ホン…っト!すいませんでした」
もうこんな事はしませんから、と佐原が続けてもアカギは一切振り返る様子は見せない。
微動だにせず、立つ位置を変えようともしなかった。
これは、大分怒っているんじゃないだろうか。
元々豪腕博徒であり、更にはヤクザとかを相手にするような男だ。
あっさりと佐原に胸の内を読まれて、掌で転がされた事が相当応えたという事なのか。
「…あぁー…じゃぁオレはそろそろ退散しますんで…っ!」
「はっ!?…おい、佐原ちょっと待て…っ!」
「それじゃカイジさん、また同じシフトん時は宜しくッスっ!」
と言って佐原は、さっさと部屋から去ってしまった。
この状況で消えるな佐原っ!気まず過ぎるだろうが!!!
少しの間の沈黙は、オレの酔いを完全に覚ましていく。
何と声を掛けて良いのやら。
「カイジさん…もう一度聞くけど…」
「お、おぅ…なんだよ」
「…オレは、アンタにとって…なに…」
あの時は喧嘩腰だったため、オレも素直に言えなかった。
むしろ逆、言いたい事とは全く逆の事しか言わなかった。
居候だとか、何処にでも行けだとか、そんな事思っちゃいない。
今度は佐原の言うとおり、素直に告げる事にしよう。
オレもアカギを…好きになっちまってるから。
「お前はオレにとって…傍にいて欲しい、大切な奴だ…」
「…もっと、簡潔に言って欲しい…」
背を向けたまま、アカギは言った。
「…えっと…恋人、候補…だな…」
オレの返答に対して、アカギは何も言わない。
振り返りもせず未だに、ただ突っ立っているだけ。
気に食わなかったのだろうか。
元々コミュニケーションという物を取るのが苦手なオレは、伝え方を間違えたのかと冷や冷やもんなわけで…。
「………候補、は要らない…」
ハッと顔を上げると、アカギが此方をチラリと振り返る姿が映った。
その顔は、部屋の電灯の所為なのかは分からないが…ほんのりと赤い。
「ハハッ、そうだな…お前は恋人だ、アカギ」
言い切ってやると、ぬるりと此方に歩んで隣りに座ったアカギ。
その表情は温和で、今までは見た事がないくらい、柔らかい笑顔だった。
「全く…世話の焼ける人達だ…」
部屋の前、扉に背を預けて中に残った二人の様子を盗み聞き。
無事に結ばれて何よりだ。
果たして二人が、オレの本当の気持ちを悟っていたのか否かは、分からないけれど。
「カイジさんも人が良いけど…オレも対して変わらないかもなぁ…」
本当はオレだって、カイジさんが好きだった。
あの時話した事に、嘘偽りなんか一つも無い。
全てが事実で、全てが本音。
たった一つ、吐いた嘘は…冗談だと言った事、ただそれだけ。
「…やっべ、泣きそうだわ…」
笑っているのに、目からは涙が滲む。
オレは急いで、そっとその場から消えた。