その頃、脱衣所にて衣類を脱ぎ捨てたアカギは改めて体の至る所に外傷があることを認識した。

思わず笑ってしまうほど軽い考えのアカギにとって、酷いなこれ…と呟くだけで、他に何の考えもなく浴室へ。

シャワーで体の汚れを落とすが、彼が言っていたように少しばかり傷に滲みる。

だが顔を歪めるほどのものでもないわけで、それよりも首筋に付いた多数の赤い点と自分の胸の中に生まれてしまった醜いとも言える感情の方に顔が歪む。

実際、彼が察していた通りの仕打ちを受けたアカギだったが、それは大して問題ではなかった。

問題なのは…自分が組み伏せられてヤられていた時、相手の男をカイジに変換して感じていたこと。

犯されることより、それの方がよっぽど彼にとっては大きな問題だった。

その時はまだ自分の気持ちが良く分からなかった。

状況も状況だったわけで、きっと魔が差したのだろうと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。

彼の家に帰ってきて、彼を見て、彼の声を聞いて…彼に触れると、どうすることも出来ない程に脳内で淫らな想像をしてしまって耐え難い。

あの時、彼に投げかけた質問は無意識下だった。

彼が攻めと答えなかった場合、オレは一体どうしていたのだろうか。

アカギはシャワーを止め、張られた暖かい湯に浸かりながら考えた。

もし仮に、抱いてくれと頼んでみたとする…その場合、彼はどんな答えを返してくるのだろうか。

苦悩の末に涙ぐみながら抱けないと返してくるのか、はたまた彼のことだ、お人好しなあの性格から言って、同情や何かの感情に押し流されてその気が無いにも関わらず、オレを腕に収めたりするのだろうか。

人の思考や心情を読むことに長けているアカギにしては、彼のこととなると全く検討も結論も出せず、予測を立てるぐらいしか出来なかった。

ようは、彼に対してだけ十分な情報があるにも関わらず行動や考え方が読めないと言うことである。

その結果、アカギが出した結論は…。

「好き、なんだな…カイジさんが………っ!」

その時にアカギは始めて自分がカイジのことを名前で呼んでいることに気付いた。

まさかと思い、帰ってきてカイジとやりとりした会話の記憶を辿る。

「………不覚だな…」

顔が熱くなった気がして、浴室に設置されている鏡を覗き込んでみると、そこには赤く染まった自分の顔が映っている。

しまったと思うが、少しは向こうにも自覚を持たせることが出来たなら好都合と言うもの。

アカギは喉の奥で笑って、浴槽から暖まり奇麗になった体を持ち上げた。



その頃、カイジは一人モンモンと考え込んでいた。

どうしたものか…あの一瞬過ぎった思考が間違いであって欲しいと願うが、どうにもこうにもいかない。

アカギが犯される姿を想像すると何だか…イライラしてしまって仕方がないのだ。

だからオレは無性に腹が立ったのか、何て思ったら更に頭を抱えたくなった。

「マジかよ…オレはっ………」

胸がいっそう、ざわざわして止めることが出来ない。

「…風呂、どうも…」

一人ざわざわしていたオレの背後からアカギがボソッと声を掛けてきたもんだからビックリして飛び跳ねそうになった。

「っ!…お、おう…」

気まずさがどうしようもないくらい辺りを覆っている。

何を話し出したらいいか…ひたすら思考をフル回転させるが良い話題がもう見付からない。

と言うより、アカギの容姿が気になって仕方がない。

「…服、着ねぇのか…?」

ついに出た言葉がこれである。

そりゃぁそうだろう、トランクスだけ纏った状態で目の前に立たれたら誰でもこの言葉が出るに決まっている。

「手当、してくれるんじゃなかったか?」

そこでハッとなって思い出した約束、真実を聞く前に手当をしてやると。

「あ…ワリィ…来いよ、傷見せてくれ…」

無言で頷いたアカギはオレのすぐ目の前まで歩いてくると、律儀に一カ所ずつ傷の付いた部分を指差していく。

が、最後の最後にコイツは意味が分からない箇所を指している。

簡単に言うと左胸。

しかし、いくら目を凝らして良く確認しても傷なんてそこには見当たらない。

一人疑問に思っていると、アカギがまた、手当は?と聞いてきたので考えるのを止めて消毒液やら包帯やら絆創膏を取り出して作業に当たった。

一カ所ずつ丁寧に手当をしていき、最後に口の端が切れているところに消毒液を染み込ませたティッシュで軽く拭うと絆創膏を貼ってやった。

何だか間抜けな顔になったなぁ、と言う言葉は脳内だけに巡らせながら救急箱を閉じる。

「…ねぇ、まだ一カ所残ってる」

その言葉に顔を上げると、アカギは再びあの意味不明な左胸を人差し指でポツポツと叩いて見せる。

「なぁ…ごめん、オレには傷が見えねぇんだけど…」

「…鈍いな…」

「はぁ?…」

「外見じゃない…内側…」

「へっ?…」

内側、それは心臓と言うことではないだろう事ぐらい分かる。

そりゃぁ酷い仕打ちを受けて帰ってきたのだから、慰めて欲しいと言うことなんだろうとは思うが、この男が果たして本当にそんな物を必要とするだろうか。

今までの言動を省みても、全く脳裏に浮かばない。

先程の自分の気持ちも挟んで考えてみると、少しばかり恐ろしい結果に脳がまとめたのでそれは却下という方向に流した。

「あぁ…まぁ、アレだ…普通の傷と違って直るには時間が掛かる…だから、ゆっくり時間を掛けてだな…」

「違う、望んでいない、そんな回答は」

思わず押し黙ってしまったカイジは、先程脳がまとめた回答を掘り起こしてみる。

目には目を、体には…。

いや、きっとアカギが欲しているものがもっと別の物なんだ、と思考を止めてもう一度考えてみた。

「…辛いだろうが、起きた事実は変わんねぇ訳だから、その事実を受け入れて乗り越えるしかないだ…」

「もう、いいよ…」

一段と低い声で呟いたアカギはプイッとそっぽを向き服を着始めた。

えっ?…何かご機嫌斜めになっちまったんだけど、これオレの所為なのか?

いやだって、オレだってそれなりにフォローの言葉を色々考えて出した結果が今の言葉だったんだけど、何がいけなかったんだ?全然ワカンネ…。

唖然と座ったまま、アカギの移動する様子を目で追っていた。

アカギは畳まれている布団を敷き、ぬるりと布団の中へ入った。

まぁ徹夜麻雀から帰ってきたわけだから、そりゃぁ眠いんだろうけど寝る前に求めていた回答を教えてくれても良いんじゃないだろうか。

そして気が付くと胸にあったざわざわ感は薄れていた。

しかし眠気が来るわけでもなく、一人どうしようかと悩んだ末パチンコをしに行こうという結果にまとまった。

パジャマから私服に着替えたり財布を持ったり靴下を履いたりと、のろのろと支度をする。

その物音を聞いてか、背中を向けていたアカギがコロリと寝返りを打ってこちらに振り向いた。

「…何処行くの」

「ん?…パチンコ」

「こんなオレを一人置いて行くのか…アンタは」

「えっ………」

改めてアカギの顔を見ると…微かだが眉間にしわが寄っている。

しかしギャンブラーである彼だからこそ見て分かるものであり、一般の人間がアカギの眉間を見ても普段と何ら大差ないと見て取れてしまう、本当に微かな彼の表情の変化。

少しの間、アカギのその変化を眺めていたが、小さく溜め息を吐いて支度を止めた。

アカギの横たわる布団の隣まで近付き胡座をかいて、目だけこちらを見上げてくる彼の視線を受けながら口を開いた。

「分かった…行くのは止めるぜ」

「………」

黙っているアカギに構わず、更に言葉を続けた。

「なぁ、一つ質問、良いか?」

「…言わないよ、雀荘の名前なら」

「違ぇよ…オレが聞きたいのはそこじゃねぇ」

アカギは続きの言葉を待つように黙っているので、真剣な顔で気になる点を問い掛けてみる。

「なんで急に、オレを名前で呼び始めたのかって事だ…」

もちろん、オレに対して心を開いてくれたからこその呼び方なんじゃないか、と言うことぐらいは察しが付いているが、どうしても真実が知りたかった。

アカギは未だ黙ったままだが、別段挙動不審になるわけでも恥じらうわけでもなく、ただいつものようにジッと無表情でオレを見つめ続けている。

しかし、暫くすると喉の奥で笑い出しゆっくりと言葉を繋ぎ始めた。

「なんでって、それは前にアンタが言っていたから…他の奴はみんな名前で呼んでいると…だからオレもそうし始めただけ…嫌なら止める、戻すよ…今まで通り、伊藤さんって呼び方に」

おい何だその理由…オレが投げた質問の答えになってねぇだろ全然。

「はぐらかすな…そうし始めた理由を聞いてんだオレは」

自分自身、うっすらとは分かっているような気がしているが何となく真意を確かめたい。

アカギの口から聞きたい、名を呼ぶ真意を。

「…そんな理由を聞いて、どうすんの…もし仮にオレの答えがアンタの予想に反していたら…」

その言葉から見て取れたのはアカギには珍しい、弱気。

生粋のギャンブラーであり他人や自分がどうなろうと知った事ではない、と言う考えを持っているコイツがオレの今後の対応について心配するような口ぶりだ。

「どうもしねぇ、ただ理由が知りたいだけだ…名前呼びに慣れてんだから嫌だとも止めろとも言う気はねぇよ」

どんな答えでも構わねぇ…教えてくれ、と続けるとアカギはまたジッとオレを見つめ、少し時間を置いてから口を開いた。

「…気付いたら、そう呼んでいた…」

まるで予想していなかった返答で正直どういう反応を取ったらいいのか分からない。

このアカギが、まさかの無意識って…一体どういう精神状態であればそうなるのか予想も付かないわけで。

あぁでも、酷い仕打ちを受けて帰ってきたわけだからそれ相応に多少心細くなっているのでは無かろうか。

その影響が出て、オレを名で呼んできたというのだったら少しは納得出来そうなもの。

「…あぁ、まぁ…そうか…」

なんていう適当な相槌なのだろうと思い、それ位しか反応できない自分にもう少し気の利いたことが言えないのか!と内心で罵ってみたが全く意味が無かった。

「…オレも寝るか…」

居たたまれなくなった最終手段がこれである。

実際問題、変な胸騒ぎのお陰で気持ちよく長時間寝ることが出来ていなかったことを思い出し、のそりと立ち上がって自分のベッドへ足を運ぶ。

「…ねぇ、カイジさん」

しかし、アカギの呼び止めでオレの足は止まる。

一体今度はどんな言葉を吹っ掛けられるのかと、怪訝な顔で振り返ると…。

「アンタは…迷惑じゃないの…オレが居座っていることに対して…」

とか今更な事を言ってきたもんだから、つい吹き出してしまった。

そうしたらアカギの奴、ちょっとふて腐れたような表情を作っているから面白い。

まぁしかし、質問には答えてやらないと今よりも更にふて腐れるだろう。

「あるわけねぇだろ、そんな事…迷惑だと思ってたら、さっさと追い出してるって」

答えて笑ってやると、アカギも今まで見てきた笑顔とは違う柔らかい頬笑みで返してきた。

するとのそりと起きあがり始め、ぬるりとオレの元へ近付いてくると突拍子もない行動を取った。

オレの思考は完全に飛散し、真っ新な白い無空間だけが脳内を覆った。

「…もう、アンタの元じゃなきゃ…帰りたくない…」

言いながらオレの胴を抱きしめてくる腕にまた少し力を込めてくる。

数十秒経ってやっと状況を理解でき始めたオレに、アカギは更なる追い打ちを掛けてきた。

「カイジさん…抱いてよ…」

その言葉に度肝を抜かれたオレは息が詰まったような気がした。

上手く息が出来ないというか、何というか…。

恐る恐る、視線を少し下にずらしてみるとアカギがジッとこちらを見つめていることに気付いた。

どう返答したらいいものか、緊張と恐怖に生唾を飲み込んで考えを巡らせてみるが、どうも頭の回転が悪い。

あまりしっかり睡眠を取れていない所為だと、自分に言い訳をしてみたら少し情けなくなった。

その間もアカギはジッとこちらを見つめたまま動かないのは、オレの口から出る回答を待ち望んでいるからだろう。

「…ッ…ダメだ…」

発した言葉と同時にアカギの切れ長の目が少し悲しげに細くなる。

「ダメだ、今はまだ…」

オレがそう続けてみると、アカギの目が今度は少し大きく見開かれる。

「き、気持ちの整理が付くまでは…」

言葉が終わる頃には、アカギの目は嬉しそうな色に染まっていた。

「悪ぃ…今は、これで勘弁してくれっ」

言い終わるが早いか、オレは目の前にある少しつり上がった唇に自分の唇を重ねた。

突然のことで驚いたのか、あのアカギが少しだけ体をビクリと振るわせる。

オレはキスだけでも恥ずかしくて、すぐに重ねていた唇を離したがアカギはまだ物欲しそうな顔をして居るではないか。

いやいやいや、これ以上は心臓がもたねぇんだよ。

サッと目を反らすとアカギの方から立ち位置をわざわざずらしてオレの顔を覗き込んでくる。

「…なぁ、もっと欲しい…アンタの口付けが…」

おいおいおい、そんなしれっと恥ずかしい台詞言うな。

こっちは決死の覚悟でキスしたんだぞ?分かってんのか全く…。

「……っ…」

オレが何も言えず、何も出来ず黙り込んでいるとアカギがクツクツと笑い始めた。

まるでオレの反応を楽しんでいるかのように…。

「じゃぁ、添い寝してよ…それなら、キスはまた次の機会でも良い…」

どうする?と挑戦的な視線を向けられてはオレだって引き下がることは出来ないし、一緒に寝るだけで恥ずかしい情事を延期出来るなら好都合ってもんだ。

しかしそれでも床を一緒にするというのも気恥ずかしい話で、軽く目を反らして頷いてやった。

それでもアカギは嬉しそうに喉の奥で笑い、抱き付いていたオレの胴からゆっくりと体を離して布団に潜り込む。

そのすぐ後に、オレもそこへ体をピッタリと寄せ合って潜り込み一緒に眠りへ落ちていった。


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