次に目が覚めたときには、全く知らない場所にいた。
部屋だとは思う、多分。
備え付けられた鉄の扉と、窓の無いコンクリートの壁。
天井には不釣合いな豪華すぎるシャンデリア。
目の前は鉄格子で仕切られ、輪を掛けて手錠と足枷で繋がれた自分が居る。
衣服は、一切纏っていない。
助けを請うように鉄格子を握り締め、更に見回してみると、部屋の隅に監視カメラのようなものが設置されていた。
圧倒的な監視下に置かれている。
これではもう、逃げられない。
すると、鉄の扉が音を立てて開かれた。
アカギが何かを持って入って来たようだ。
「おはよう、カイジさん…お腹空いてるだろ?遠慮なく食べていいよ、おかわりは沢山あるから」
そう言って、鉄格子の下の小さな窓口から、スッとお盆を差し入れてきた。
大きめの皿に盛られた料理。
フォークは愚か、スプーンも箸も無しで、どうやって食えというのか。
「アンタの美味しいと笑う顔、凄く好きなんだ…作り甲斐があるから」
「知るか、ンな事っ!」
クスッと笑ったアカギが、また口を開く。
「手荒な真似した事を、まだそんなに怒ってるのか?オレだってしたくてした訳じゃないんだよ…」
イカれてやがる。
「アンタがあんな態度を取りさえしなければ、手荒な事をしなくて済んだんだ」
言葉を発する事さえも、馬鹿馬鹿しく思えてきた。
コイツには、もう何ひとつ言っても無駄な気がする。
喋ると言う労力さえも、温存した方が良さそうだ。
「なぁ、食べないのか?腕によりを掛けて作ったんだけど、アンタこれ好きだっただろ?」
普通の食材ならまだしも、人間の血肉が入っていたりしたら勘弁だ。
眉を顰めて、ただ見詰めるだけのオレに、段々とアカギはイラついてきたらしい。
「…早く食えよ」
ドスのきいた声で命令された。
「………変なもの、入ってねぇだろうな?…」
一応確認で聞いてみると、目を細められ、舌打ちされる。
入っていると言う意味なのか、下らない事を聞くなと言う意味なのか。
「分かったよ…食えば良いんだろ?…」
そう答え、恐る恐る料理に手を伸ばした。
少し手で掴んで、口元へ運び、中に放り込む前にアカギの様子を確認。
嬉しそうに、満足そうに、笑っていた。
意を決して掴んでいた物を口に放り込む。
恐る恐る噛み締め、変な感触がないかどうかを確かめながら、喉の奥へと通した。
「どう、美味しい?」
にこやかに尋ねてくるアカギに対し、オレは神妙な面持ちで頷いた。
正直この状況下で味を気に出来るほど、メンタルは強くない。
しかし、オレの反応が不満だったらしく、アカギはコロッと苛立った表情に切り替わる。
「美味しいか、聞いてるんだけど」
「美味いよ凄く…」
だが、言葉で答えてもまだ不満があるようだ。
未だアカギの表情が変わらない。
どうすればいいのか、よく思考を凝らしてみる。
そして思い出す、さっきのアカギの言葉。
「…やっぱ、お前の料理は美味いな」
今度は作り笑顔も付けて、言ってみた。
すると、アカギはニッコリ微笑んで、そう?良かった、と嬉しそうに言う。
その後はオレが食い終わるまで、一口毎にそのリピート。
飯を食うだけでも相当のストレスだ。
平らげた食器の乗っているお盆を下げ、アカギはそのまま部屋から消えてくれた。
その途端押し寄せる、膨大な疲労と絶望感。
大きな溜め息を吐いて、背後の壁へ背を凭れ掛けた。
オレはこのまま、一生を檻の中で過ごさなければならないのか。
その疑問に、涙が溢れてくる。
嫌だ…こんなの嫌だ。
えぐえぐと泣き出し、内心で誰にも届かぬと分かりながらも、助けを求めた。
すると鉄扉を勢いよく開けて、アカギが駆け込んでくる。
ハッと顔を上げると、焦った様子で鉄格子越しにこちらを見詰めてきた。
「カイジさん、どうしたの?お腹痛いの?それとも体調が良くない?」
監視カメラでオレの様子を見て、飛んできたのだろう。
首を横に振って、何でもないとの意を示す。
「そう…なら良いけど」
そう言って、アカギはまた部屋から出て行った。
また小さく溜め息を吐き、項垂れる。
そして考える。
落ち込んでいるだけでは、何も変わらない。
諦めたらそれでもう、檻生活確定になってしまう。
どうにか、逃げ出す方法を探さなければ。
顔を上げ、もう一度部屋の中を見回してみる。
自分の居る鉄格子の内側には、鉄格子に沿って置かれたシングルベッドと備え付けのトイレ。
鉄格子の外側には、鉄製であると見られる大きめのテーブルが一つだけ。
本当に必要最低限の物しか、置かれていない。
続いて、自分に繋がれている枷を見てみる。
手も足も頑丈で、幾ら弄ってみても外れる気配は全く無い。
鎖も新品同様で、キラキラと光っているほどだ。
多少錆びてくれていれば、少なからず希望が持てた。
抵抗するだけ無駄な状況だといえよう。
顔を顰めて、鎖を叩き付けるように腕を下ろした。
アカギに関しては、狂っている、の一言で終わる。
どうすればいい。
すると、アカギがまた部屋にやってきた。
「きっと心配してるんじゃないかと思ったから…バイト先にはちゃんと連絡しておいたよ」
余計な事をしてくれる。
音信不通となれば、少なからず佐原が疑問を持ってくれたはずだ。
「一身上の都合で、もう働けなくなったから辞めると伝えておいた、だから安心してね」
せめて手錠と足枷が消えれば、どうにか逃げ出す事も出来るだろう。
「おい、いつまでこんなもん付けとくつもりなんだよ…」
言いながら腕を掲げ、ジャラジャラと鎖を打ち鳴らした。
「オレだって辛いんだよ…」
更に鉄格子に近付いてきたアカギは、屈んでオレと視線を合わせてくる。
「アンタがオレを受け入れてくれない限り、その枷は外せないんだから…」
鉄格子をヤラシイ手付きで撫で回しながら、更に続ける。
「もっと傍でアンタと触れ合っていたいのに…あの日々の様に激しく愛されたいのに…」
その様子を見ている所為か、なんだか体が熱くなってきた。
鉄格子をなぞる指先、流し目でこちらを見詰めながら檻を舐めるアカギの姿に、何故か興奮し始める自分に嫌悪感が募る。
こんな時にこんな奴の仕草で興奮するとは、少し侵食され始めてしまったのだろうか。
冗談じゃない。
流されてたまるか。
しかし、頭では思っていても体の熱は上がる一方だった。
ふと下を見れば、自分が威きり起っている。
「ククッ…漸く効果が出てきたみたいだね」
なるほど、一服盛られたわけだ。
だからこんなに激しく、有り得ない興奮状態になっていると。
段々と息も荒くなり、あまりの快感欲しさに手が震えた。
くそ、結構強めの薬らしいな。
「ねぇ、欲しい?オレが欲しいでしょ?」
いらねぇよ。
「凄く辛いでしょ…分かるよ、セックスがしたくて堪らないんじゃない?」
ああ、そうか自分で抜いちまえばいい。
ふと思い立って、右手を自らの股間へと移動させようとした、その時。
「…ダメだよ」
アカギは何やら小さなリモコンを取り出して、スイッチを押し始める。
すると、喧しいほどの機械音が部屋中に響いた。
そしてオレの腕と脚は、徐々に壁へ引き寄せられる。
「おいっ…テメェふざけんなっ!」
ジャラジャラと巻き取られる鎖の音が止む頃には、オレの体は背後の壁へ磔状態にされた。
手足を動かそうにも、目一杯はっている鎖に阻止される。
「アンタがいけないんだよ…オレを求めてくれれば、それで良いのに…」
喉の奥から小さく笑い声を漏らしながら、鉄格子の鍵を開けて入ってくる。
なるほど、鉄格子の鍵はアカギが常時身に着けてるってわけか。
性欲に支配されそうな頭の片隅で、薄っすらと鍵の在り処を観察した。
右ポケットに仕舞われた鉄格子の鍵。
チャリチャリッっと音がしたと言う事はつまり、他の鍵も一緒に持っている可能性が高い。
「ねぇ、したいんでしょ?沢山出したいんでしょ?こんなになってるんだから…」
そう言ってアカギはオレに触れ、親指で先を撫で回す。
ビクビクと腰が震え、思わず小さな声が漏れた。
「ククッ…気持ちいい?もっとエッチな事、したくなった?ならお願いして…アンタのその口で言いなよ、オレを求める言葉を…そうしたら、言うとおりにしてあげる…ほら、言ってみて?」
恍惚な笑みを浮かべ、手を離したアカギはジッと見詰めてくる。
ならば、言わせて貰おうか。
「っ…今すぐ、オレを、開放しろ…っ!」
フッと笑みを消し、俯いたアカギはボソリと何かを呟いた。
あまりにも小さな声だったため、何を呟いたかの内容までは分からない。
すると顔をゆっくりと上げたアカギは、満面の笑みでこう言った。
「ならそのままでいればいい、オレが欲しくなったら言ってよ、すぐに来てあげる」
オレに背を向け、アカギはそのまま部屋から出て行った。
歯を噛み締め必死で自らを抑制するべく、目を閉じて深呼吸をする。
だが、一向に興奮が醒める気配が無い。
時間が経てば経つほど、熱を帯びる自身を見下ろした。
カウパー液が滴り、線を引いている。
正直、辛い。
早く出してスッキリしたい。
だがこの状況下では、他の者に頼るほか無い。
それが例え…アカギであろうとも。
強烈な性欲に、オレはとうとう屈してしまった。
そんな自分に憎しみや怒りを燃やしながらも、情けなくて涙も頬を伝っている。
監視カメラを睨みつけながら、大声で憎たらしい男の名前を叫んだ。
「アカギっ!!!」
すると、すぐに部屋へと入ってきた。
「なぁに?」
なぁに?じゃねぇよ白々しい。
情けない、情けないが…仕方がない。
「…てくれ…」
「ん?よく聞こえないから、もう一回言って?」
「…っ、…抜いてくれっ!」
恥を忍んで言ったオレに、アカギは大層満足そうに笑った。
「まぁこれでも良いかな、一応求めて貰えたと言う部類に入れてあげる…上と下、どっちでしたい?」
そんなのどっちでも良いから、さっさとやれよ。
「ほら、答えてよカイジさん…」
「…どっちでもいいっ」
「それじゃダメ、選んでアンタが」
「…っ………くそ、上だ…上っ!」
まさかと思った。
「ククッ…分かった、上ね」
手だと思って選んだ選択肢。
身を屈め、アカギはオレの下半身に顔を寄せる。
前に体を重ねていた時だって、流石に咥えさせた事は無い。
だからこそ、完全に勘違いした。
「待てっ!やっぱ下だ、下っ!」
口をつける寸前で変更を申し出た、が…。
「だぁめ、もう変えられない」
ニヤリと笑って、アカギはそのまま咥える。
ねっとりと絡みつく咥内と、弄る様に動き回る舌。
「…ふっ…くっ…っ、……」
ぐちゅぐちゅと淫らな水音に混じって、オレの口からも荒い声が漏れる。
薬の影響で余計に興奮を増しているためか、もう既に迎えそうだ。
程なくして、全身に痺れる様な感覚が走る。
「っ…で、出るっ…」
一応忠告はしたが、アカギは咥えるのを止めず、むしろ余計に吸い付いた。
そのお陰でそのまま中に注ぎ込む結果となる。
だが、しかし…。
「…ククッ、凄く沢山出たね…オレの口、そんな気持ち良かった?」
口端に溢れ出ていた白い液を舌で舐め取りながら、アカギは笑って言った。
その後で、事もあろうにアカギは、ご馳走様、と零す。
まさかコイツ、飲み込んだのか?
「…あらら、まだ元気が残ってるね…」
そう言って再び指で弄くり回される。
確かにオレの身体からは、まだ興奮が醒め切っていない。
未だ起ち上がったままのソレを見下ろしながら、ニヤリと笑うアカギ。
スッと目を上げたかと思えば、妖艶に微笑ませた口から言葉が紡がれる。
「そんなにオレの事が好き?もう、エッチな人なんだから…」
ふざけるな、テメェが薬を盛った所為だろうが。
お前に溺れてんじゃねぇよ、薬で溺れてんだ勘違いすんな。
言葉にするのは不味いので、頭の中だけで抗議しておく。
するとアカギは服を脱ぎ始めた。
上着はそのままに、下半身を露わにしてイヤらしく微笑む。
「今度はこっちのお口で相手をしてあげる…どう、嬉しいでしょ?」
自ら片足を持ち上げ、少し背伸びをしてソコへ当てがる。
「…さぁ、一つになろう…?」
耳元に唇を寄せ、クスクス笑いながらアカギは呟いた。
オレの首に腕を回し、自らの身体を支えながらゆっくりと挿入していく。
「…はっ…ぁっ…」
耳元で反響する、あえぎ声。
「…カイジ、さっ……ンっ…」
ゆっくりと、確実に奥深くへと埋め込まれ、繋がってゆく。
「…っ、…あンっ…ぁっ…」
淫らなBGMが耳元で囁かれるこんな状況下で、オレは何処か醒めた思考が廻っていた。
こんな事してる場合じゃねぇんだよなぁ。
全くもっておかしな状況だった。
身体は極度の興奮状態にあるにも関わらず、頭の中は冷静沈着に働いている。
思わず笑いがこみ上げた。
コイツはオレが求める事を望んでいる。
つまり、求めている振りをし続ければ、いずれは逃走のチャンスが巡って来る可能性がある、と言う事だ。
現に先程コイツは、求めてくれれば枷を外す事が出来る、とのような事を言っていたんだ。
今はただ、それに賭けてみるしかない。
フッと小さく、アカギの喘ぎ声に混ぜて笑いを零すと、オレは勢いを付けて腰を突き出した。
「…あァっ!!!」
よりいっそう高い声で喘ぐアカギには気も止めず、そのまま激しく腰を振る。
「はぁっ、あっ、あぁっ、ンっ…カイ、ジさっ…あぁンっ…」
ついでに、快感の荒波の中へ理性も投げ捨ててやった。
身体が求めるがまま、激しく突き上げ続ける。
「あンっ…あ、あっ…そこっ…凄くっ…イイっ…」
ビクビクと体を震わせながら、アカギは息も絶え絶えに言う。
オレは本能のままに突き、快楽を求め腰を振る。
部屋には乾いた肌のぶつかり合う音と、アカギの淫らな喘ぎ声だけが木霊していた。
薬の効力が絶頂を急かし、更に腰の速度が上がる。
「あっ、はンっ、あぁっ!…だめッ、そんなっ…―――っ!…」
「…っ、…んっ!…」
喉の奥から漏れる掠れた声を最期に、アカギはオレの首に凭れかかって息を整えている。
腹部に飛び散った白い液と、腔内から滴り落ちる白い液。
当然オレも、乱れた息を整えながら自らの身体の様子を確かめる。
しかし、未だに粋が良いままだった。
どんだけ盛りやがったんだ、コイツは。
ある程度まで息が整った所で、未だ首に絡みついたままのアカギに向けて言葉を送る。
「…なぁ、少しでいい…鎖、弛めてくんねぇ?…」
「…な、ん…」
「決まってんだろ…」
膝が崩れそうになっているアカギの耳元で、低くイヤらしい声で告げてやる。
「もっと奥深くまで突き入れるためだ…まだ足りねぇの、見て分かるだろ?…」
アカギはほんの少し身を離すと、下へと視線を落としている。
今まさにアカギの中に放ったはずのオレの下半身は、未だ反り上がった状態。
それを確認すると、顔を上げて微笑んだ。
「そうだね、弛めてあげても良いけど…」
すぐに言葉が続くのかと思いきや、案外長く溜める。
「…なんだよ」
痺れを切らしてこちらから聞き返すと、またクスリと笑って、やっと次の言葉を発した。
「逃げようと考えているなら、無駄な事」
「…この状況で考える方が無駄だろ、むしろ弛めただけで逃げられんなら苦労しない」
一瞬だけ反応しそうになったが、寸での所で堪える。
さぁ掛かれ、オレの罠に。
第一目標は、枷を外す事だ。
そのためなら、お前を求める事だってしてやる。