アカギは時たま、部屋の窓際で想いに耽っている事がある。
言わずもがな、恋人だった奴のことでも思い出してるんだろうな。
雑誌に目を落としていても、何気なく入ってくるアカギの横顔が気になって、毎回視線を上げることになる。
あまり過ぎた事には拘らないが、ああまで悲しげな顔をされると、嫌でも知りたくなっちまう。
だが今まで、一度だって訪ねた事は無い。
だってそうだろ、聞いた所でどうなる。
変わらないんだ、なにも。
無理矢理、話させる必要なんかない。
話したくなったって言うなら、聞いてやるけどさ…。
「…まるで、あの時みたいだ…」
ポツリとアカギが一言零し始めた。
それはまるで、今外で降ってる雨粒が、屋根を伝って落ちて来たかの様だ。
「…そうだな」
適当に相槌を打ってやる。
最初はそっとしておいてやった方が良いのかと思って、何も言わずに黙っていた。
だがその度に、そう思わない?と問われる。
もう分かり切っているからこそ、言われずとも声を返してやった。
「…出掛けてくる」
すると急に立ち上がって、玄関へ向かっていく。
こんな雨の日に、何処に行くのかは知らないが。
「え、あぁ…気を付けろよ」
「…ん」
傘を持って出たアカギが、玄関先へ消えていく。
過去に面と向かう決意が出来たのか、はたまた別の理由か。
もしかすると、結局気紛れって事も有り得るんだよな、アイツの場合。
干渉しても詮索しても仕方が無い。
部屋の中、久々に一人か…と呟いた。
一人だろうが、誰かが居ようが、結局する事はいつもと変わらないんだけどな。
雑誌広げて、タバコ吸って、テレビ見て、飯食って、寝る。
そのローテーション。
アカギが居ると、そこに話すってのが加わるだけ。
多分、出会った当初だったらそう思ったはずだ。
でも今は、一人の部屋が少し寂しかったりもする。
「いつ帰ってくんだろうな…アイツ…」
先程までアカギが眺めていた窓の外を、オレも同じように眺めてみた。
曇り空と、少し大粒の雨。
連想するのは、出会ったあの日。
一つため息を吐いて、窓を閉めた。
「…ま、そのうち帰ってくるか…」
オレは、寝ると言う選択を取った。
ベッドに寝転がり、瞼を閉じればアカギばかりが浮かぶ。
徐々に眉間に皺が寄っていく。
怒りじゃなく、痛みで。
多分、多分だが…アイツの事、好きになっちまったのかもしんね。
だってさ…胸が痛んでるって事は、つまり…未だに過去を引きずってると分かってるからであって。
となるとオレは、好きなんだよな?アイツの事。
何も思ってなけりゃ、こんなに痛むことはないだろ…普通。
「マジかよ…」
もう、寝よう。
少し肌寒い部屋の中、布団に潜ればその暖かさですぐに眠気がやってきた。
オレが起きた時は、きっとアカギも帰ってきているだろう。
そう考えながらゆっくりと瞼を閉じていった。
「…っ……ん〜…」
眠りから覚め、何時間経ったのかと時計を見てみる。
6時間近く寝ていたらしく、外はもう薄暗くなりかけていた。
部屋を見回してみると、そこにアカギは居ない。
未だ帰ってきていないようだ。
「…雀荘にでも行ってんのか?」
出掛けてからこの時間まで帰ってきていないとなると、それが一番に予想として出てきた。
調子よく稼いでいるのだろう、そう思い込みたかったのかもしれない。
元恋人の元へ行って、寄りが戻ったとも考えられたはずだったのに、それは無意識に除外していた。
窓の外からは、未だ雨の音が響いている。
あからさまな雨音でわざわざ窓を開けて、外の様子を確認する気は起きなかった。
ベッドから這い出ると、テレビを付けて見る。
しかし目ぼしい番組はやっていなかった。
暇だ、かなり。
どうするかな、とボーっと考えていると急に胸がざわ付いた。
何の脈略も無くコレが来るという事はつまり、嫌な予感がしていると言う事だ。
自分の心中だから、誰よりも良く理解している。
多分だが、アカギについてだと思う。
胸のざわ付きを抱えたまま、タバコを咥えて火を点けた。
その手は落ち着かず、微かに震えている。
紫煙を盛大にため息交じりで吐き出し、半分も吸わないうちに火を擦り消した。
部屋の壁に掛けられたハンガーから、上着を一着取って羽織る。
また小さなため息を吐いて、オレは傘を手に部屋を出た。
バサバサと降り頻る雨粒は結構な大きさ。
こんな天気のせいもあって、部屋よりも更に寒かった。
薄暗い街路地をフラフラと歩いているが、オレの脚は無意識にどこかへ向かっているようだ。
脳信号は完全に遮断されている。
だって、雀荘に行ったんじゃないのかな、って考えているくらいなのにさ。
時期にある場所へ到着すると、脚は勝手に止まった。
そして目を向けた先には…居たよ、アカギが。
あの日の公園、そのまん真ん中にポツンと、あの時の様に立ち尽くしていた。
全く何やってんだか、無理矢理風邪ひこうとしてんのかよ、お前は…。
しかも薄手の長袖一枚とか、アホにも程があるだろうが。
「…また待ってんのかよ」
「っ…カイジさん…」
声を掛けると、アカギはすぐに振り返った。
少し驚いているような顔で。
アンタが来るとは思っていなかった、みたいな顔だ簡単に言うと。
まぁ別にいいんだけどさ…。
「風邪ひきてぇっつーなら止めねぇし、居続けたいってんならそれも良しだ…」
アカギが口を開くその前に、オレは言ってやった。
コイツが何をしたいと思おうが、オレに引き止める権限はない…多分。
しかし、小さく笑みを作ったアカギは、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。
「いや、満足した…それに御免だよ、そんな事」
最後に小さく、ありがとう…と言ったアカギは、オレの隣を掠める様に通り過ぎる。
「お腹、減ってんじゃない?…帰ってすぐに作るよ」
身を振り向かせたオレに、アカギも笑顔で振り返り、そう言った。