「ねぇ、カイジさん」

アカギが静かにビールを呷っているときに、オレがボケッと雑誌を読みふけっているときに…しげるがいつものようにボソッと呼んでくる。

きっと、いつものようにアレが食いたいとかあそこに行きたいとか、とうでも良いような事を告げてくるのだろうと思ったから、雑誌から目を外さずに生半可な返事を返してやる。

「んー…?」

「あのね…カイジさん、大好き」

ページをめくる手が止まって瞬時に頭を上げた。

しげるを見ようとしたが、同時にアカギの方からぶーっ!って音が聞こえてきたモンだからそっちへ先に目が行く。

するとアカギは呷っていたビールを奇麗に吹き出しているじゃないか。

それを見たオレは別の意味で吹き出しそうになっちまった。

「カイジさん?…俺大好きだよ、カイジさんのこと大好き」

しげるが再び血迷った言葉を連呼し始めたことに、アカギの前代未聞なアホ面から目を離すことを余儀なくされた。

写メの一枚や二枚撮っておいて、落ち込んだときの笑いネタにでもしようと思ったんだが、その余興も許されないほどの異様なしげるの様子。

「………」

今日はやけに素直だなとか、今日はやけに積極的だなとか、今日は一体どうしたんだとか、言いたいことは沢山あったがしげるの顔を見た瞬間開いた口が塞がらなくなった。

頬では足らず耳まで真っ赤にしたしげるが恥ずかしそうにしている、乙女と言えばいいか、そんな様子に絶句してしまった。

それに加え、自分で言葉にしておいて恥ずかしくなったのか、モジモジと落ち尽きなく地味に体が動いている。

オレが何も言えずに黙り込んでいると、否定だと思ったのかまたもごもごと小さい口を動かし始めた。

「大好きなのに…なんで答えてくれないの?…カイジさんは大嫌いなの?俺のこと…俺は誰よりもカイジさんが大好きなんだよ…」

今度は大分悲しそうな顔を見せ始めたしげるに、オレも…そしてアカギも開いた口が塞がらない。

お前しげるに何したんだよ、と言うアイコンタクトをアカギに飛ばしてみると、オレは何もしていない、と言うアイコンタクトが返ってきた。

とにかくしげるにフォローの言葉を返さないことには、何の解決策も見付からない。

「いや…大嫌いは無いから、安心しろよ…な?」

「…ホント?じゃぁ、俺のこと大好き?」

「えっ?…あぁー…」

大好きだと返してやりたいのは山々だが、チラリとアカギを見てみると、腹立たしげにギロリとこちらを睨んでいる。

いや、俺を睨まれても困るんだが…おかしいのはオレじゃなく、しげるの方だろうが。

だが様子がおかしいと言えど、しげるを邪険にすることは出来なかった。

しげるはオレが言い淀んでいることにまた不安を感じ始めたらしい、顔が落ち込んでいる。

後で一発ぶん殴られることを覚悟して、オレは深呼吸した後、口を開いた。

「しげる、オレもお前が大好きだ」

距離のあるアカギから『毟ってやる…』と言う恐ろしい呟きが聞こえた気がしなくもないが、まぁ目の前の幼い顔が笑顔になったから良しとした。

赤木シゲルという人間が本来見せることはまず無いだろう、有り得ないほどの満開の笑みで今度は抱き付いて来る。

流石にアカギに殺されることを覚悟した。

遠巻きにアカギがビール缶を握り潰す姿と音が嫌でも確認できたからである。

「嬉しい…俺もカイジさんが大好き、これから毎日言ってくれる?大好きって…俺も毎日大好きって言うよ」

なんかもう、ここまで来ると超常現象だとしか言いようがないくらい…有り得ない。

しげるの口から未だかつて、数分間でこんだけの大好きと言う言葉を聞いたことがあるだろうか。

先程までオレに怒りの念を飛ばしてきていたアカギでさえ、異様だと改めて感じたのだろう。

頭を抱えてため息をつき始めていた。

「あぁ、言ってやる言ってやる…なぁしげる、ところでお前どうした?今日は何か…おかしく、ないか?…」

「どうして?俺はただ、カイジさんが大好きなだけ…それなのにそれを言葉にすることもダメなの?…やっぱり俺のこと…」

「いや大好きだ!大好き!うん、大好きだって…」

この言葉一つで笑顔が戻るのだから、まるで魔法のようである。

「…で?惚気は終わったのか?…正直気持ち悪くてこれ以上見てられないんだけど」

今まで黙っていたアカギが痺れを切らしてヤジを飛ばしてきた。

握り潰したビール缶やらその飛び散った液体を片付けたのだろう、落ち着いた様子でこちらへ歩んでくる。

…が、到着するなりいきなりしげるを蹴り飛ばした。

呆気にとられたオレはただ、ドサリと床に転げたしげるを見てからアカギを見上げた。

「な、何やってんだよ!?嫉妬するのも分かるけど、しげるは様子が変なだけだろっ!?」

「ただの荒治療」

「たくっ…」

大丈夫か?と声を掛けて肩を揺すると、うぅっ…と唸って身を起こしたしげるに、一安心。

「痛い…でも、カイジさんが心配してくれたから良い…そんな優しいカイジさんも、大好き」

肩に置いてあったオレの手に自分の手を重ね、うっとりした様子で言ったしげるの言葉に…オレも頬を赤らめてはにかんだ、なんて言葉が続くわけはない。

ぶっちゃけ、背筋が凍り付いた。

「…こいつぁダメだな、早く何とかしないと」

すると、アカギはいそいそと身支度を始めた。

「あれ、お前今日は出るの早いな」

「違う…解決に必要な情報を集めてくるだけ…生憎、今日は勝負無いし」

「そ、そうか…頼むな」

「キチ餓鬼の世話、頑張れよカイジさん」

そうか、アカギが出て行くとしげるとオレは…2人きり。

気まずすぎると言うか、変異したしげるの相手をし続けるのが何だか怖い。

うわーオレも今すぐパチンコに出てぇ。

と、アカギが進めていた歩を止め、オレの方へと振り返って一言。

「一線越えたら承知しない」

半べそ状態でアカギの出て行く後ろ姿を見送り、扉が完全に閉まったところで溜め息を吐いた。

こんな状況でヤる気が起きたらそれこそキチガイってもんだろうが、と内心で反論していた。

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