あなたのうつくしさは
奥歯のふちに垂らされた蜜をすり潰したときの
ちょっとした酸っぱさみたいに
わたしの眉根をつねる

あなたはみじめな宝石のくずれたひと
わたしはサテンの毛布をあたまからかぶって
きゅっと絞めあげられた花の根を啜っている
落ちてきたものたちを掬うことなく
密やかなうねりをなぞることなく
ただこうしてしずかにしている
ふわふわした臆病さはわたしたちを黙んまりにさせて
よるの薄くなるころにはえいえんを棄ててしまっている
忘れてしまっている
もうじき
なにもかも手放してしまっている

あなたはつかい古されたま夜なかだ
あなたは室外機のにおいだ
あなたはつめたい昆虫だ
あなたはヘッドライトの照らす粉々をのみこんで
お飾りの現実にねそべっているだけだ
なぐられたあざやかさは幾つ浮かびあがれど
フェイクファーみたいだから煙は金属のあじがするとしゃべる
あなたはかわいい落ちめだ
ぬいぐるみのでんわ貸してとがなりたてる
ふりもできずに黙る
わたしは黙る

あなたはわたしがあげたさんかく形を
みすぼらしいしかく形にしあげてしまった
たくさんのおかねを払ってものにしたのに
まるでサボテンをそだてるみたいに扱ってしまった
そのうち円くなるよという
齧らなきゃそんなふうにはならないとわたしはいう
齧ってみせようかと背後であなたのしらないひとが怒る
わたしのしらないひとでもあるそのひとは
わたしのしらない化けものを恐れて怒る
それでわたしたちは黙る
かなしくてふらふらするのをすこし重ねてから
ぴったりと呼吸を合わせてのみこんだふりをして
今回こそはそのふりをして
わたしたちは黙る

たかが此の世の終りのきれいなひびで
ああ死んだら好い?
死んでくれとのたうちまわれば好い?

“春めいためまいがして、それは鼻の奥のほうを得体のしれぬ熱がじんわりと焼き焦がすような、迫り上がるそれが眼窩を火掻き棒でつつくような、いたい、あまい匂いのする、ぴりっと辛みをひと粒垂らしたような、それでいてどろどろ溶け落ちてゆくような、闇夜に流れる……ああこれは、男の、このおとこの名だ”

無花果を吸わない
みて厭になる昏い
逆さまの春粧ひ
死人が花薄
つげ梅寒々し
だから美しきよ死んでくれ

あなたのそれが毒だと識らされていたのなら
わたしは悦んで嚥みくだしただろう

譬えば
振り払ってきた警鐘を引き合いに出されるような
薙ぎ払ってきた凶暴性を髄液にばら撒かれるような
瞬きの間も汚染されきった最期の溶けた夜あけのような
みちる翳りに
何と呼びかけるべきだったのだろう
なにもない感情の終に
何と名づけて
かぶりを振るべきだったのだろう

踊れないてあしをたいせつに
ゆくえ知れずの奥歯をたいせつに
あなたのやわらかいこわねがきこえないみみのどちらかをたいせつに
ぎらぎらのまぶされた頬にかた結びをして
とうめいの瞼を綴じたり編んだりするのをわすれずに
ひびに濡れた感かくの幼虫みたいにうずうずするのをたいせつに
(ことばをたいせつに)