emperor | ナノ
皇帝
桃井ペシェ



「紹介しよう。
鷹彦、彼は父さんの友人の息子の天君だ」

初めて天と会った時。
俺は自分の血縁以外で始めての自分の同類に出会ったと思った。

異国の血が混ざったお前の白い肌や青い瞳と俺の漆黒の髪と瞳のどこが同類なのだとお前は笑うかも知れない。
だが由緒正しき家系を継がねばならぬ宿命の様な物を、天。お前は感じなかっただろうか。



俺達は似ていた。

俺達は近かった。

全てを分かり合えると思っていた。







あの時まで。



「…もう会わない?」

乱暴に置いたティーカップが音を立て零れた紅茶が溢れ出す。天は俺の問いに顔を伏せると綺麗な眉を歪め唇を開いて呟いた。

「もう疲れた」

証券会社の社長を努める天の父と、国の中央に努める公務員である俺の親父が大学生の頃から懇意であった事を知らされたのは幼い頃。まだ物心すら付いていないほど昔に逆上る。佳乃の家は社会的地位ばかりが名を馳せているけれど、豪勢な洋館には証券会社の社長でも中々住む事は出来ないだろうーー日本人の父親とフランス人の母を持つ天の家は、代々武道を志すの家と同等の歴史と格式を重んじる家であり天はその家を継ぐ嫡男。
月に一度はどんなに忙しくとも食事を共にする双方の父親に連れられ、まだ互いを言い表す言葉を持たない俺達は初めて出会った。純和風の家庭様式で育った俺には今よりも色素が薄かった天は殆ど金髪で、まるで豪華な西洋人形の様に思えた。

どちらかと言うと、祖父から徹底した武道の基本を叩き込まれて育てられた典型的日本男児の俺と正座すらろく出来ない、整い過ぎて現実味の無い西洋人形。

女性ならまだしも男性で女々しいタイプは俺は苦手だ。だが共に後の世に引き継いで行かねばならない財産を生まれた時から背負わされた俺達の距離は急速に縮まり、父親達の会食にも自然と同席をするようになるーーそして今日もまた共に食事を楽しんだ俺と天は、まだまだこれからだと銀座に繰り出すと言う親を見送り料亭に残り話をしていた。

「この食事会に来るのは辞める」

天が縁側に面した障子に凭れながら、先程口にした言葉をもう一度繰り返す。この料亭は全ての部屋から日本庭園が見渡せる造りになっていて、日はまだ高く天の背後に薄く開いた障子から覗く庭の緑の木々が俺の目には眩しく見えた。

「それは随分突然だな」
「…」

俺は桧の一枚板で出来たテーブルに置いたティーカップの乱れもそのままに胡座の姿勢を正して問う。無言。やがて俺のその問い掛けに天は首を左右に振る事で答えたが、その動きは散漫で、気も漫ろのように思えた。西洋の血が混じると大概大人びて見えそうなものだが高校一年と言う年齢より幼く見えるその仕草に俺の心臓が音を立てる。

人前に出る時の優雅で知的な立ち振舞いは、徹底的にマナーを教え込まれた彼の育ちの良さを十分に伺える。けれども俺と二人きりになると天は気の抜けた子供の様に無防備な態度をとる事があった。彼が弱味を見せる時。華奢な彼の線が一際弱々しく感じられ、全てに疲れ果てたような脆さを俺の目の前に剥き出しにする時。俺は彼が運命とか宿命とか言う物の重圧に潰れてしまうのではないかという危機感を抱かずにはいられなくなる。

そしていつしか、俺はまるで天の事を大切な宝物を見つめるような視線で見つめていた自分に気付かされた。そして世間ではそれは恋だの愛だの言う事を。

「父が悲しむが仕方が無いな」
「…僕には重いから」
「天」

俺は幼馴染みの顎に片手を添える。

そして軽く持ち上げると、自動的に伏せられていた天の視線と俺の視線がようやく絡む。線の細さを伺わせる流麗な輪郭と女の様に肌理の細かい白い肌。宝石の様な青い瞳は微かに潤み縁取る長い睫毛は震えている。高校でも一目置かれ、将来を約束された彼を人は羨み嫉妬する。けれどもその栄光を手にする為に払う代償や背負う物の大きさには誰も気付きやしないのだ。

「僕は鷹彦みたいに強くないから過度の期待は重いだけだよ」
「そうか」
「だから鷹彦とももう外で会わない」
「え?」

天の声音が俺の体の動きを制する。

「鷹彦は自分が背負う物を受け入れて背負えてる。
そんなお前を見るのは、今の僕には辛いだけだから」

やりきれない。

俺は今まで生きて来た十数年の人生のうち、例えそれが努力を要する物だとしても挫折を味わうと言う事は一度だってなかった。欲しい物は既に生まれた時に全て備えられており、俺と言う立場を不服な程にそれを宿命だと思って受け入れて来た。何故ならそれは共に同じ運命を持つ存在が身近にいたからに他ならない。



お前が。

お前がいたから。



続く
150429
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