お餅がきれいに焼けました


自分の彼氏がモテることは重々承知している。それをあたしがどうこう出来るわけでもないから特に気にすることもなかった。それに、あたし自身束縛したりされたりするのは嫌だったし、彼もそうだと思っていたから何を言うわけでもなかった。

そう、今までは。

「不二くんお誕生日おめでとう!」
「ありがとう」

彼が王子様の様な笑顔でお礼を言えば、祝福の言葉とプレゼントを渡した女の子は頬をピンクに染める。彼女が今日のために髪型もメイクも頑張ったんだろうなっていうのは見てわかる。一応あたしも女だし。

「つーか距離近くない?」
「…名前怖いよ〜」

あたしが彼らを頬杖をつきながら睨むようにして見ながらそう言えば、隣の菊丸がびくびくしながら苦笑いをした。だってどう考えても二人の距離が近いんだもん。もうちょい離れててもよくない?しかもこれがまだ一回とかならまだしも何回目かわからないほどだ。加えて彼はこちらに見向きもしない。いい加減あたしもイライラするし、自分にもこんな感情があることに驚くという複雑な心境なのだ。おかげで彼女であるはずのあたしは未だに彼にプレゼントどころか、おめでとうすら言っていない。というより今日はまだ一度も会話していない状態だ。

「ちょ、どこ行くの?」

もうすぐ授業開始というときに立ち上がるあたしに、菊丸が慌てたように聞いてきた。そんな彼を見て気を遣わせてるなとものすごく申し訳なくなった。

「ちょっと頭冷やしてくるね」

彼に今出来る限りの笑顔を向けてそう言えば、若干不安そうな表情をしながらも止めることはしてこなかった。

「あ」
「あら、先客」

あたしが屋上へ繋がる階段を上っていると、階段の一番上に座る見慣れた顔があった。あたしを見ると少し嫌そうな顔をしたけど気にせず彼の隣に腰を下ろした。

「先輩何してんの、もう授業始まってるよ」
「それはきみもでしょ」

あたしがここから立ち去る意がないとわかると、隣の彼はため息を一つ。一人の時間を邪魔されたくなかったんだろうな、ごめんね。
そんな彼、越前くんとは周助づてで話すようになったのだが、あたしは彼をとても可愛がっている。

「で、どうしたの?」
「…え?」
「だって先輩がサボりとか珍しいじゃん」

彼と話していると大人な意見をもらえることが多く、どきどき年下ということを忘れる。今回だってあたしは何も言っていないのにこれだ。

「どうせ不二先輩絡みでしょ」
「あー、うん」
「今日誕生日だもんね」

本当に彼には驚かされる。あたしも誰かに話を聞いてもらいたかったし、さっきあったことを全部吐き出した。きっとあたしの言葉では伝わりにくいことが多いはずなのに、彼は黙ってあたしの話を聞いてくれる。

「それ完全に嫉妬だね」

先輩も意外と乙女なんだね、と続ける彼に何も言えない。さっきから感じているものが嫉妬だとは分かってはいたけど、認めたくないと思っていたのも事実。だってそんなの醜いだけでいいことなんてないのだから。何より周助にこんな感情見せたくない。

「嫉妬とかめんどくさいよね」
「んー…妬かれて嫌な気はしないかな」

少し考えるようにしてから返ってきたのは、意外な反応だった。彼は絶対に嫉妬とか嫌うタイプだと思っていたし、同意されると思っていたのにまさかの肯定。

「だってそれだけ好かれてるってことだし」

あたしが相当驚いた顔をしていたらしく、そんなあたしの顔を見てそう続けた。まぁ度が過ぎるのは困るけどね、と彼は笑った。

「確かにそうだね…」
「うん。名前先輩だって不二先輩に妬かれたら嬉しいでしょ?」

彼に言われて考えてみた。確かに嬉しいけど、

「周助が嫉妬するとかありえない」

嬉しいけど、彼が嫉妬するというのが全く想像つかないのだ。彼は妬かれることはあっても妬くことはないと思う。

「…そんなことないと思うけど」
「え?」
「名前」

越前くんが何か言ったがよく聞こえなくて、聞き返そうとしたら名前を呼ばれた。そちらに視線を落とせば正に今の話題の人物。

「なに、越前と逢い引き?」

階段を上りながら笑う彼は、いつものあの柔らかな空気を纏っていない。

「名前先輩に一人の時間邪魔されてたんすよ」

ニヤニヤしながら立ち上がる彼は、周助とすれ違い様肩をポンと叩いてから階段を下りて行った。ちょっと待って、この状態で二人にされてもとても困る。そう思っているあたしをよそに、彼は越前くんが座っていたところに腰を下ろした。
「名前が教室出てくから探しちゃったじゃない」
「………」

言葉遣いはいつもと変わらないのに、不機嫌なのが横からひしひしと伝わる。周助と今まで喧嘩したこともなければ怒られたこともないから、どうしていいかわからずビビっている。


「こっち向いて」

声を少し低くした彼にそう言われるが、当然上げれるわけもなく。それになぜかあたしが怒られているようだが、こっちだって怒っているのだ。

「っ!」

そんなあたしに痺れを切らした彼は、顔を覗き込んできた。咄嗟に手で周助の綺麗な顔を隠そうとしたが、彼に手首を掴まれ見つめ合う形になった。

「ねぇ、なんで避けようとするの」
「あ、あたしだって怒ってるんだけど!」

あたしの行動に笑顔がなくなった彼は怖いが、負けてちゃいけないと思いきって言ってやった。すると彼はさらに怒るどころか、ニヤリと笑った。その笑顔に自分が墓穴を掘ったことに気が付いた。

「なんで怒ってるの?」

先ほどの不機嫌そうな顔はどこへやら、彼は一変してとても楽しそうな顔になった。その表情を見た瞬間に、彼がこの質問をしてくることは予測がついた。

「………いつから聞いてたの?」
「ん?」

なんで怒ってるかなんて恥ずかしくて言えるわけもなく、こちらも質問で返した。しかしそれに彼は笑顔で首を傾げるだけだった。彼のことだから越前くんにあたしが話した内容をほぼ全部聞いていたのではないかと思う。それを分かって聞いてくるこいつはお腹が真っ黒なんてもんじゃない。

「顔、真っ赤だよ」

くすっ、と笑ながらわざわざ言ってくる彼は本当にいい性格をしている。そんなのわかってるよ、顔どころか耳まで熱いんだから。そして笑顔のまま彼は続ける。

「きみを妬かせたかっただけなのに、僕まで妬かされちゃって」
「えっ」
「敵わないなぁ」

…えっと、妬かせたかったってことは、あれはわざとだったの?そしてそれよりも

「周助でも妬くの?」

思ったことをそのまま口にすれば、彼は苦笑い。

「大好きな彼女が知らないとこで男と二人きりだったら焦るのは当然じゃない?」

そう言われて固まった。怒ってたのだって、あたしが教室出てって授業までサボって、ってとこにだと思ってた。そっか、周助でも妬くんだ…多分今のあたしの顔は締まりがないだろう。

「それで、僕に言うことあるよね」

掴んだ手首をそのまま、彼は言い出した。丸く治まりそうになっているところで今日のメインイベントを思い出させられる。まだあたしが彼に言っていない言葉。

「お誕生日、おめでとう」
「うん」「…あんま女の子に優しくしないでね」

もっと可愛らしく言えればよかったんだけど、あたしにはこれが精一杯だった。すると彼は、まぁいいかな、とか言うとあたしの手首から掌に自分の手を移動させる。

「!」
「仰せのままに」

そのまま手を自分の唇に寄せると、あたしの掌に落ちる唇の感触と可愛らしいリップノイズ。そして顔を上げた彼は、最高の甘い笑顔でその台詞を言ったのだ。どっちが誕生日なのかわかったもんじゃない。周助には本当に敵わない。



お餅がきれいに焼けました


(プレゼントは教室に、)
(え、名前でしょ?)
(………!)


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