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::灯室でss

「おやすみ、灯室」
「おやすみなさい、ご主人」
頬に小さいキスをして、そして彼女は目を閉じる。
布団を肩の上までかけてやって、小さく聞こえないように息を吐いた。
頭の上に灯る炎は眠るのには邪魔だろう、彼らの言う普通の姿に変わって明りを切る。
擬態することでじわじわと削れていく体力には目を瞑って、ベッド脇、その床に膝をついた。
なんでって、こうしたほうが、彼女の顔がよく見える。祈りによく似た姿だけど。
「ご主人……」
まだ眠ってはいないだろう、その前の心地いい微睡の中だろう。
先ほど唇で触れたふくふくの頬が小さく動くのには口角が上がった。
声が僕だと分かるだろうか、夢か現実かの区別はついているだろうか。
手を握ったら起きてしまうかな、髪を撫でたら?
ふらふらと思考を揺らしながら、そろそろ出ようと膝を立てる。
見ていた時間は思っていたより長く、長い針が一から進んで九を指していた。時間の流れというのは恐ろしい。
いけないいけない、僕だけのためじゃないのに。
襖を開けて隣の部屋へ。隣の部屋からすりガラスを開けて縁側へ。
月が今日は出ていない。都合がいい、僕の光がよく目立つ。
消したばかりの蝋燭頭をもう一度点け直す。
ふらふら歩きながら似たような人間を探すんだ、元気を分けてと言いながら。
おじいさんおじさんおにいさんおねえさんかわいいおとこのこにおんなのこ。
おいでおいでを繰り返して、少しずつ元気をもらう。
いろんなお話を聞いて、代わりに僕も前に聞いたお話をしてあげる。
その時間は長いようで短くて、すぐに短い針が一つも二つも動いてしまう。
「ばいばい、また今度」
そう言って僕は近くにいた男の子の頭を撫でた。
ぽわぽわ、頭の炎が揺れる。心も揺れて、なんでかいつも以上にご機嫌だ。
縁側からすりガラスを開けて隣の部屋へ。隣の部屋から襖を開けてご主人の部屋へ。
頭の明かりはもちろん切って、少し軽くなった体で部屋に入る。
どんな夢を見てるかな、なんて思っていたところだったのに。
「ひむろぉ……」
綺麗だった布団はぐちゃぐちゃで、その体は部屋の真ん中でぺたんと座り込んでいた。
泣きそうな顔がどこか、こちらではない方向を見ている。
「ご主人?」
そう呟くとぐるりと顔がこちらに向き、ふらふらと立ち上がってはぶつかるように抱き着いてくる。
しばらく頭を撫でてからベッドに誘導し、同じように寝かせてやる。
ペタペタと顔に触る手が離れなくて、その小さな手に自分の物を重ねてやる。
長い間空気にさらされてたんだろう、その手はひどく冷たい。
「どうしたの?」
小さく問いかける。
ご主人は少し考えてから手を離して、布団を半分だけ捲った。
「……一緒に寝てくれたら、教えてあげるよ。この布団、凄く冷たいんだ」
蝋燭姿じゃなくてよかった。
躊躇もなく作られた隙間に入り込み、小さい体を抱き込む。
僕が言えたことじゃないかもしれないけど、その体はすごく冷たい。
背中を擦ってやると少し熱を持つ。少し震えていた吐息も安定して、鼓動がゆっくり伝わってきた。
「このままでいてあげますよ」
だから教えて、と。暗にそう伝えると、小さい口が薄く開いた。
同年代の子と比べたら色の薄い唇、ぎこちなく動くそれは何よりも可愛らしい。
「悪い夢を、見たんだ」
唯一色鮮やかなはず世界で、なのに周りは黒一色で、周りには自分しかいなくて、ただ頭の中では声が聞こえるという。
「『誰も私を愛してくれない』」
そうして彼女はまたほんの少し壊れた。
彼女はきっと水風船のようなものなのだ。それが破裂して、零れた水が枕と僕の胸を濡らしていく。
冷たくて、僕にとっては怖いはずの水なのにどこか愛しい。
これが本当にその感情なのか、その確信はどこにもないけれど。
「そうですね……きっと愛してくれている人はいないでしょう」
小さく呟く。この距離だ、いくら小さくても聞こえないはずがない。
聞こえてきた嗚咽、それさえも心の中で愛でながら一言付け加えた。
「だって僕は悪魔だから」
人じゃないもの。
そうして僕はキスをする。髪、瞼、頬、そして唇に。
これであなたが泣き止んでくれるなら、と。
「キスは好きな人にしかしちゃいけないんですって」
頬にもう一度軽いキスを。
ふにゃりと顔を緩ませて、そしてあなたは目を閉じる。
悪魔に抱かれてみる夢はいったいどんな夢でしょう。

2013/12/18 21:26 Back