24 ::即興トレーニングで書いてみた 「せんせ、せーんせ?」 いつも通りのオフィスでいつも通りに息をする。 整頓された机上。 書類は右側、筆記用具は左側、筆記用具の上には湯気の立つコーヒーカップが置いてあって、いい匂いがする。 ふかふかの椅子。 ちょっとこだわって買ってみた外国製、仕事終わりにそこで数分ほど目を閉じる時間が好きでたまらない。 磨かれた床と窓。 毎朝毎晩二回づつ磨いてもらっている。触ることすら躊躇ってしまいそうになるそれは、夜になるとよく室内を映した。 ちらちら視界に入ってくる派手な色のシャツ。 ここにあるもので一番厄介な物なのは間違いない。赤だったり黒だったり、白を見たところはまず一度もない気がする。折角の上等なスーツなのに、少しもったいなさそうだ。 「おつとめごくろーさんでっす!」 シャツの色が視界いっぱいに広がる。近距離すぎて黒にしか見えないけれど。 ふわふわするような匂いがコーヒーの匂いと混ざって鼻腔をくすぐる。 ため息で呼吸のリズムを崩して、体の力をぐったりと抜いた。 人形遊びをするように、勝手に腕を掴まれてプラプラと動かされる。 椅子の背もたれに押し付けられて、自分の目でも遊びの様子がよくわかる。 髪を撫でさせられる、頬から首へ手を滑らせて、そのまま手を回すように腕が引かれる。 「おしごとしてきたんですよー」 にんまりと弧を描く口が間近でよく見えた。 薄く開いた歯がメガネのフレームを齧り、私から奪い取っていく。 銀色のフレーム。 そう言えば目の前にいる人が選んで持ってきたものだったかもしれない。 奪い返そうとした手はふらふらとさまよっては元の位置に落ちて行った。 「かまって」 シャツの色は紫だったか。 薄く唇を開いて、渇いた喉で小さく声を絞り出す。 「俺の仕事が、まだ終わってないので」 深夜から始まった仕事は朝方になっても終わってない。 そもそも目の前にいる人間が届ける予定の書類を受け取らなければ終わるわけがないのだが。 「あ、まだ渡してなかったっけ」 そりゃ仕事も終わらないね。 そんな間抜けな言葉を吐いて、茶封筒が一つ腹の上に乗った。 中を開ければ書類がぎっしりで、今日は睡眠なんてものは取れないのだろうと諦めがやってくる。 束を引っ張り出して机の中央にぽんと投げ置いた。少しずれたところから覗く数字たちが憎い。 「おしごとおーしまい」 楽しそうな声が頭上から降ってくる。 頭の中でぐるぐると回ってきた数式を振り払って、ぱっぱと手振りで身体の上の物を退かせる。 「かまってー」 もう一度。 姿勢を正して机につきながら、いらない右手をくれてやる。さっきのように好きにすればいい、それで静かにしてるなら。 コーヒーを一口すすってからペンをとる。 「やさしいひと」 書類に飛び散った赤い点は見なかったことにした。 「どうせいつものこと」 2013/12/17 14:14 Back |