24 ::少し空に酔ったようで(勇舞) 「目、どれくらい悪いの」 眼鏡をひょいっとひったくり、レンズを覗きこみながら尋ねる。 意外と薄い、薄型のやつかな、それともそんなに悪くないのかな。 もぞもぞと背後で布ずれの音をたてながら起き上がるその子は、変わらない凛とした声で言う。 「大したことはありません。かけなくとも日常生活には支障ないかと」 「……ふーん」 青い細身のフレーム。指紋ひとつないレンズ。 これがないだけで、振り返って見るあの子の顔は幼く見える。 先程までしていたことに対する背徳がぞわぞわ湧いてきて、少し寒くなった。 「じゃあ、ちゃんと俺のこと見えるんだ?」 「はい」 可哀想にね。 そう言いながら眼鏡を返してやる。 いっそ見えないほうが、好きな男の姿でも重ねられたろうに。 ふつふつ湧いてくる汚い感情を、別のところへ投げてしまえただろうに。 もうとっくに取り返しはつかないけれど。 「可哀想な舞絋」 もう一度繰り返して今までいたベッドから降りる。 唯一身につけたスラックスと、放り投げてあったシャツを片手に抱え風呂場に向かおうとする。 何でもよかった。 煙草を吸いに行くのでも何でも。 思考から目をそらしたかった。 どうしてそうしたいと思ったのか、なんてわからないけど。 「勇義」 大した抵抗はしなかった。 背後から伸びてきた手にそのまま身を委ねて、元いた場所に戻される。 胸の上には長い黒髪が流れて、肩には頭の重いような軽いようなどっち付かずな重み。 「どうしたんですか」 問いかけられて、お前がどうしたんだ、と返しそうになった口をつぐむ。 やけに近い声と体温に溜め息すら出そうになる。 数十分前は気にもならなかったが、空気が変わるとこうも違う。 「……なにが?」 猫にしてやるように髪を撫でてやりながら言葉を返す。 何をしてもどこかおかしいような気持ち悪さが抜けなくて、また溜め息。 どうしてしまったのか。 「哀れむなんて、出来ないでしょう」 最底辺のあなたじゃないですか。 ああ、だからか。 「少し空に酔ったようで」 (薄い空気じゃおかしくもなる) 2013/11/02 18:51 Back |