「ただいま。」
玄関の方から控えめな声が聞こえた途端、走り出す。
声の元へ飛び出せば、会いたかった人物が驚きの表情で佇んでいた。
「っ!おかえり!」
彼の強さは、隣にいる自分が一番分かっている。
無事に帰ってくるのは分かっていた。でも心のどこかで不安だったのだろう。
この目で姿を確認して初めて心の底からからホッとできたのだった。
二人でテーブルを囲んで、離れていた時間を埋めるように話をする。
街への道中でも一度山賊と遭遇したらしいが、問題なく退けられたと。
「さすがへっくん。」
「いや、町の人たちも一緒に戦ってくれたから。」
ヘッポコ丸は控えめに否定するが、事実はむしろ逆なのだろう。
彼が居たから皆は戦おうと思えた。
彼はそれだけの強さを持っている。
ますます、隣にいる自分の無力さに打ちひしがれてしまった。
「…私も、戦えるようになりたいな…。」
小さく呟いたつもりだったが、二人きりの部屋で丸聞こえだった。
帰宅時よりも更に目を見開いて、ヘッポコ丸は彼女を見つめる。
「…なんで…?」
「…足手まといになりたくない。」
そのセリフは聞き覚えがある。数日前、誰かが彼女に向かってかけた言葉だ。
ビュティは矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
「前から考えてはいたんだ。真拳は無理でも道具とか使えば私も戦えるかも…。」
「いらないよ。」
綴られていた言葉は、ヘッポコ丸の凛とした声に遮られた。
「ビュティはそのままでいい。俺が守るから。だから――。」
まっすぐ見つめながらはっきりと彼は口にした。
ビュティは唇を噛みしめる。
嬉しい。はずなのに…。
「…へっくんには…。…戦える人には私の気持ちなんて分からないよ。」
どうしても引き下がれなかった。
少し傷ついた表情を浮かべる彼を尻目に、ビュティは席を立つ。
「…ごめん。」
昨日まであんなに会いたかったはずの人なのに、今は隣に居られなかった。
否、居てはいけないと思った。
もっとひどい言葉を言ってしまいそうで、嫌われそうで怖かった。
一言謝罪を口にし、隣部屋へ向かう。
扉を締めれば、視界は薄暗い闇に包まれた。
そうか。もう夜だったのか。
ベッドに腰かけ、窓の外へ目を向ける。
この町は街灯がないため星がきれいに見えると知ったのは、ヘッポコ丸が町を出た後だった。
帰ってきたら教えようと思っていたのに。
「…私、嫌な奴だ。」
膝を抱え、顔を埋める。目を閉じれば、そこは孤独な世界だった。
どれくらいそうしていただろうか。
ギィと扉の軋む音の後に、誰かが部屋に入ってきた気配がした。
誰か、なんて。答えは分かり切っている。
「ビュティ。」
あんなことを言ったのに、自分の名を呼ぶ声はひどく優しくて、鼻の奥がツンとした。
素直に顔を上げれば、隣に腰かけたヘッポコ丸がこちらを覗き込んでいる。
「…嫌な言い方して、ごめんなさい。」
抱えていた膝を離し、彼に向き直って頭を下げた。
「ううん。俺も、頭ごなしに否定してごめん。」
目線を膝から上げれば、困ったような笑顔を浮かべる彼。
最近は頼りがいのある姿ばかり見ていたから、そんな表情は久しぶりだ。
「…戦えない自分は、へっくんの隣に相応しくないって思った。」
真っ直ぐ目を見つめて、自分が思っていたことを口にする。
「隣に居たいから、頑張りたいって思うんだ。」
最後は何故だか泣きたい気持ちになった。
ヘッポコ丸は、うんうんと何度も頷き、耳を傾ける。
「ありがとう。色々考えてくれて。
でも俺は、ビュティに怪我してほしくない。」
かけられた優しい言葉に、今度はビュティが何度も頷く。
彼の願いは理解している。それでも、今はその願いを素直に聞き受けることはできなかった。
もう少しだけ考えさせてほしい。
自分が胸を張って彼の隣にいていい理由を。
「…また明日、出発だよね。」
橋の完成にはもう少し時間が必要だ。
明日の朝、ヘッポコ丸はもう一度積み荷と共に町を出る。
また会えない日々が始まるのだ。
「うん…。帰ってくる頃には橋が完成してるだろうってさ。」
「そっか…。」
「ねぇ。手、繋いでもいい?」
また会えなくなると思ったら、自然と口から零れていた。
彼が息を飲んだ音が聞こえる。しばしの無言の後、ゆっくりと手のひらが差し出された。
ずいぶんと大きくなった手に、自分のを重ねる。
しっかり握って、窓の外へ目線をやった。
「…星綺麗だね。」
「へっくんが帰ってきたら、一緒に見ようって思ってた。」
握られた手に力が込められる。
「また、しばらく会えないね。」
寂しい。は言えなかった。
お口直しにお冷でも
(頭も冷やして折り返し)