「はぁ〜…。」
あまりにも大きなため息が、だだっ広い部屋に吐き出される。
発生源である少女は、大きく伸びをし、腰かけていたベッドにそのまま仰向けで倒れこんだ。
夢のふかふか触感も、今の彼女には恨めしい。
隣に目を向ければ、自分のより皺の少ないベッドに空しさが募った。
「暇だなぁ…。」
少女ビュティは、染み一つない天井に向かい、先ほどと対照的に小さな声を吐き出す。
机の上には飲みかけのグラスが汗を掻いて鎮座していた。
事の始まりは3日前に遡る。
***
「…何だか騒がしいね。」
町の入り口で足を止め、ビュティは怪訝な顔を浮かべる。
隣にはつい数か月前、共に旅を始めた一人の少年の姿があった。
彼は険しい顔を浮かべた後、ビュティに声をかける。
「…ビュティ。俺が先に入るから後ろへ。」
「へっくん…。分かった。」
少年ヘッポコ丸に言われた通り、ビュティは彼の半歩後ろに下がり、その背中に続く。
入り口を潜って数分もすれば、騒ぎの元凶が明らかとなった。
「盗賊だ!!」
どこからか妙齢の男性の叫び声が聞こえる。
それと共に大勢の足音が町全体を揺らしていた。
「盗賊…!?」
「あいつらか!」
視界の先で、大きな木箱を抱えた男たちが去っていく。
最後の一人と思われる男が、老人男性に刃物を振り上げている姿が見えた。
「させるか!」
とっさに体が動いたヘッポコ丸は、男目掛けて攻撃を放つ。
見事命中したそれに、男は白目をむいて崩れ落ちた。
「大丈夫ですか!?」
呆然と崩れた男に目をやる老人に、ビュティが駆け寄る。
「…君がやったのか?」
「あ、いえ。私じゃなくて彼が…。」
ビュティがそう言いながら後ろへ視線をやれば、ヘッポコ丸もこちらへ歩み寄っていた。
「そうか。ありがとう。助かったよ。」
「いえ。」
二人の手を借りながら老人は腰を上げる。
そして近くにいた男性たちに負傷人の手当てを優先するよう指示を出した。
幸い、全員軽症で済んだらしく、町全体がホッと肩の力を抜いたとき。
若い男が「町長!!」と声を荒げながら老人に駆け寄ってきた。
「どうしたんだい?」
「東の橋が奴らに落とされて…。」
「何だと!?」
聞けば、若い男たちが逃げた盗賊を追ったものの、途中の橋を破壊されてしまったため取り逃がしてしまったようだ。
「東の橋って…」
「卸町へ行くために使っている橋だな。」
「てことは、明日からの商売はどうするんだよ!」
「南の橋しか通れないんだったら、町へ行くのに2日はかかるぞ!」
全体がまたザワつきだす。
「時間の問題だけじゃない。行く途中でまた盗賊に襲われる可能性だってある。」
「なんてことだ。」
頭を抱える者、顔を青くする者、涙を流す者。
ただならぬ雰囲気が辺りを支配する中、町長と呼ばれた老人は何かを考えているようだ。
すると顎髭を撫でていた手を急に止め、顔をわずかに上げる。
そして勢いよく振り返った。
視線の先には、片付けを手伝い終え、軒下で辺りを窺っていた旅人二人の姿。
「あの、あなたお名前は?」
その視線はまっすぐヘッポコ丸に向けられていた。
素直に名乗れば「ヘッポコ丸さん。」と復唱し、こちらへ歩みる。
「あの、よろしければ橋が修復できるまでの間、積み荷の護衛をしていただけませんか?」
「護衛ですか?」
「はい。相当お強いとお見受けします。
先ほどお聞きになったかと思いますが、商売先の町へは2日かかります。
万が一、道中を奴らに襲われてしまったら、さらに被害が拡大してしまいます。
生活を養う全てがなくなってしまう。」
町長の背後からは、住人大勢の視線が援護射撃と言わんばかりに向けられている。
「お願いします。この町を救ってください。」
そう言って頭を下げられ、断る理由は何もなかった。
「分かりました。」
「ありがとうございます!」
了承の声に、あちこちから拍手と感謝の声が向けられる。
「ビュティはどうする?」
「私は…。」
着いて行く。と続けようとしたところで
「戦えねぇんなら連れていけねぇ。足手まといなだけだ。」
どこからか、そんな声がした。
ビュティは口の動きを止め、ヘッポコ丸は眉間に皺を寄せながら群衆に目を向ける。
「こら!」と町長が慌てて制止の言葉をかけた。
思わず動きを止めていたビュティだったが、町長の声にハッとして、慌ててフォローに入る。
「へっくん。大丈夫だよ。」
彼を見上げながら笑顔を浮かべ、
「私はこっちで片付けのお手伝いしてるから。後はお願いね。」
そんなビュティの言葉に、何か言いたそうに黙っていたヘッポコ丸だったが、「分かった。」と頷いた。
***
――というのが3日前の話であり、その次の日、ヘッポコ丸は積み荷を乗せた荷車と男たちとともに町を出た。
きっと今日中には目的地に到着するのだろう。
「大丈夫」と言った手前、しっかり役目を果たさねばと気合いを入れたものの、片付けも昨日で終わってしまい、今は時間を持て余している状態だ。
心の奥底に、見知らぬ誰かが放った言葉が突き刺さる
『戦えないなら、足手まとい』
ずっと、どこかで引っかかっていた。
ボーボボたちと旅をしていたときは、自分以外はみんな戦えたから、なんとかなっていた。
でも、今は二人しかいない。
彼と旅をすると決めたときから、いつか向き合う時がくると思っていた。
いつも守ってくれる彼のために、自分は何ができるのか。
「私も戦えたらなぁ…。」
意味なく出した声は、広い部屋に空しく落ちる。
このまま一人で居ては、気分は落ちる一方だ。
そう思うや否や、ビュティは強引にベッドから立ち上がる。
気分転換に、散歩でも行こう。
部屋の鍵を手に取り、彼女は一人家を出た。
食前のウーロン茶
(いってきます)