頭から布団をかぶり膝を抱えるなんて、真夏の真昼間から私は一体何をやっているんだ。

家の外では、今日も汗水流しながら大人たちがせっせと社会に貢献しているのだろう。ご苦労様です。

だが、授業も部活もない私は自室に籠ってこのザマだ。

というのも、数日前の出来事が頭から離れず、ずっとこんな調子なのだ。


『いいから、帰れ!!』


今でも、彼の怒鳴り声が耳に残って離れない。私の体はこんな性能のいい録音機を搭載していたのかと嫌味を言いたくなるくらいだ。

ずっとどこかで、ランバダさんは私を邪険にしたりしないと高を括っていたのだろう。

その結果がこれか。なら自業自得かもな。

携帯は、何の連絡も来ていないことだけを通知している。

彼からの音沙汰はないまま、今日も一日が終わるんだろう、とぼんやり考えていた。

スズとシャイナにはあの日の夜に少しだけわけを話した。


『ランバダさんに嫌われたかもしれない。』

『えぇ!?そんなことある?』

『何があったの?』

『辛気臭いから出て行けって。』

『あ〜…勉強でピリピリしてるのかな。』

『でも何日かすれば元に戻るような気がするけど。』

『初めて怒鳴られた。』

『えぇ!?あのレムには優しいランバダさんが!?』

『…うん。』

『相当イライラしてたのかな?』

『……嫌われたく…ないなぁ…。』

『レム…。』

『……。』

『…今日は早めに休みな。』


そこから何度かグループトークは動いたが、すべて簡素な返事しか送れていない。

今までの経験的に、おそらく今週末には、甘いものを携えた二人が私の家に押し掛けてくるのだろう。

きっと二人の顔を見たら、安心してこれからのことを考えられる。

だから、それまでは一人にして。

私は目を瞑り、布団の波に身を委ねる。


昔から、ここが一番落ち着く場所だった。

よく寝る子だね。と言われてきたが、中学校に上がったころからは、よく寝るどころか寝すぎだと怒られた。

天気のいい日や、風が気持ちいい日なんかは、誰かと話していても、自分が話さなくなった途端寝落ちた経験もある。

社会的にまずいな。と思ってはいたものの、直さずにいた中学時代。

自由気ままな性格と、鋭い目つきが加算され、私に友達と呼べる存在はほぼ0。

そんな時でもランバダさんは傍にいてくれた。

例え、女の先輩たちから反感を買うと分かっていても私はそれが嬉しかったし、それでいいと思っていた。


「あの頃みたいに、好きなように生きられたらなぁ。」


呟いた言葉もまた、波に飲まれる。

大人の恋は、どうしてこんなに不自由なんだろう。


布団に包まれていれば、外の天気も温度も分からない。

今何時だろう。何時だっていいか。

こんなに安心する場所にいるのに、心がざわつくなんて初めてだった。

もう、彼が隣にいてくれないかもしれない。

視界を閉じればそんな未来を想像してしまいそうで、怖くて眠れない。

赤ん坊は、眠る前の感覚を自分が死にゆくと勘違いして泣き声をあげると言うが、今の私もそれに近い。涙も声も枯れて、何も出てきやしないが。


私はランバダさんとどうなりたかったのだろう。

なりたくないビジョンはしっかりできているというのに、なりたいビジョンについてはまったく考えていなかった。

私は彼が好きだ。もちろん恋愛感情として。

もし、スズと破天荒さんのような関係に私たちもなれたなら…。

そう過らずにはいられないが、絵空事だと理解している。

だからせめて、ランバダさんが恥ずかしくないような自分でいようと思って。


『欲張ればいいじゃん。』


急に、友人の言葉を思い出した。


それはつい数ヵ月前、いつもの三人で遊んでいたときの会話だ。

ランバダさんが大学進学に向けて勉強を始めていた時期で、どこを目指すのだろうという話をしていた時。

大学は遠いから、もう会えなくなってしまう。と愚痴をこぼしてしまった私に、

『会いに行けばいいじゃない。』

とシャイナはストローを咥えながら平然と言った。


『いや、幼馴染でも異性でそれはしないでしょ。』

『そんなの人それぞれなんだから、一般論なんて捨て置きな。』

『言い出せないよ。』 

『そんなに幼馴染にこだわらなくてもいいと思うけど。』

『だって、私にはそれしかランバダさんの隣にいられる肩書がないんだもん。』 

『軽いノリで言ってみるのは?』

『…そんなに欲張れないよ。』


『欲張っちゃえばいいじゃん。』


その時は『バチが当たるよ。』と笑って流してしまったけれど、今になって効いてきた。

私はずっと意識して、考えないようにしていたのかもしれない。

自分には無理だという重い言霊の錘をぶら下げて、わざと歩みを遅らせていた。

「困らせないように」も「大人になる」も、遠回りするための言い訳だ。

結局は、先を夢見るのが怖かったのだろう。


もし、本当に。

欲張っていいのなら。

私は。


その時、一階から足音が聞こえた。

家の住人ではない、でも聞きなれた足音。

音は迷うことなく二階への階段を鳴らす。なんて唐突なカウントダウンだ。


私は波から顔を上げた。

心臓が鳴る。当たり前だ。心の準備なんてまるで出来ていない。

第一声で噛む自信があるし、顔も髪もボロボロのままだ。


でも、息は出来る。



青い足音は幸か不幸か

(そしてノックの後、返事を待たずにドアノブが回った。)


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