朝日を薄く取り込む瞼の裏側はじくじくと痛んだが、不思議と嫌な気分ではなかった。

夜遅くに鳴った吉報の着信。

送り主はここ数日落ち込んでいた大事な親友。


『私、付き合うことになったよ。』


その一言だけで、涙腺は敢え無く決壊したのだった。


泣き疲れて妙な体制のまま眠った故、これまた妙なところに寝癖がついている。

私は、元来外ハネのくせして更に傾斜をきつくした毛先を恨めしく撫でた。


高校生活初めての夏休み。とはいえ、今日は特に用事もないので引きこもりに徹する予定だ。

昨晩からの今日であれば尚のこと。まだ喜びの余韻に溺れていたい。

鏡に映る自分の瞼は限界を訴えているようで少し申し訳ない気持ちになる。

少しでも瞼に休息を、と顔に冷たい水をまぶしたところで家の扉が来訪者を告げた。

一度のチャイム音の後、2回のノック。画面を見ずとも検討がつく。

慌てて顔を拭い、頑固な毛先を乱暴に押さえつけた。

無難なパーカーを羽織り、慌ただしく扉を目指す。

大きな物音と共に扉を開ければ、


「お前、もう少し落ち着いて出て来いよ。」


呆れた顔をした幼馴染が立っていた。


「朝は戦争ですよ。ランバダさん。」


いつものようにヘラッと笑った後「おはようございます。」と頭を下げる。

対するランバダさんは「…おはよう。」と手短に挨拶を済ませた後、ぎょっとした表情を浮かべた。


「おい!目、腫れてるぞ!?」


即効でバレた。


「何かあったか?」


何か。

何かと言えば…。

あの子が…。


「ら、らんばだざん…!」

「お、おい。泣くなよ。」


ごめんよ、瞼。

過重労働を許しておくれ。



*****



「…そうか。」


少し安心したようなランバダさんの声と、ティッシュで鼻をかむ間抜けた音。

テーブルの上には汗を掻いた麦茶のグラス。

カーペットの前にはピンクと青のスリッパが仲良く肩を寄せ合っていた。


「それでそんなに泣いたのか?」

「だって…スズ頑張ってたから…。」


そう。頑張っていたのだ。

初めての感情でよく分からないと言いながらも、めげずに前を向いていた凛々しい横顔。

綺麗な金髪の隙間から覗く、彼を思う眼が眩しくて仕方ない。

私は、大好きな親友の恋路に素敵な結末が訪れることを心から願っていた。


枯れることを知らない涙は次々と頬を伝い、その様子に困り顔を浮かべるランバダさん。

それもそうだろう。目の前で自分が原因でないにしても後輩女子が泣いているのだ。どうしろというのだ。私でも困る。

だが彼は何も言わず、軽く息をつくと後ろのベッドにもたれた。


「まぁ、俺も破天荒に連絡しておくか。」

「ランバダさんの方には報告きてないんですか?」

「まぁ大方、俺が遠征中だって気利かせたんだろう。」


彼はスマホの画面をタップしながら見解を示す。

2人の恋が実った今だからこそ、彼に聞きたいことがあった。


「ランバダさんは、いつから知っていたんですか?」

「何をだ?」

「破天荒さんがスズのこと好きだ。って。」


ふと、流れる指の動きを止めたランバダさんは視線だけをこちらに向ける。

その仕草が妙にカッコよくて思わず胸がギュッと締め付けられた。


「今年の春だな。」

「あれ?意外と最近。」

「あぁ。『やっと好きな女が俺を見るようになった。物理的に。』って。」

「物理的…。」

「あいつ嫌われてたんだろ?」

「スズもそう言ってました。」

「まぁ、軽いと思われやすいからな。あいつ。」


なんだかんだ、仲のいい長身モテ男さんのことをよく見ているようだ。


画面の操作を終えたランバダさんがスマホをポケットにしまう。

代わりに紙袋を取り出した。

そういえば、家に来た時から持っていたような気がする。


「土産だ。」


少しの照れと優しさを垣間見せた彼は袋を私に押し付けた。


サッカー部の遠征に付き添いとして参加すると聞いたのは先週だったはず。

ということは、おそらく中身はその時のものだろう。

差し出された袋から覗くカラフルな包装紙。

彼がこれを選んだのかと思うと、それだけで足がステップを踏み出しそうなほど嬉しかった。


「ありがとうございます。」


袋を大事に抱えれば、自然に口元が綻んだ。


「お前、夏休みの部活は?」

「夏休み中のテーマは決まっていますが、自由登校なので家で描こうかと。」

「画材持って帰ってきてるのか?」

「これからちまちま持ってきます。」

「だったら学校で描けよ。」

「家のほうがリラックスしていい絵が描けるんです!」


少しムキになって返答すれば彼は楽しそうに口元を引き上げた。


「声かけろよ。」

「はい?」

「画材持ってくるときだ。重いだろ。」

「え、いや。それはさすがに申し訳ないですよ。」

「別に。部活も現役引退して暇だしな。」

「勉強はどうするんですか。」

「お前、それを俺に聞くのか。」


その返答に黙りこくる。

そう彼はとにかく頭がいいのだ。

なぜスズが通うような進学校に行かず、こんな田舎の普通校にいるのか不思議なほどに。

聞けば


『通うのが面倒だ。大学入試に受かるならどの高校に行ったって一緒だろ。』


だそうだ。

頭のいい人の考えていることは理解できないし、反論するほどの学を生憎私は持ち合わせていなかった。

反撃がないことを悟った彼は「決まりだな。」と麦茶を啜る。


「…ありがとうございます。」


ここは素直に頼んだ方が良さそうだ。

実際、画材はとにかく重い。ご厚意は有難く受け取るとしよう。

ランバダさんは「ん。」とぶっきらぼうに返事をした後、「そういえば、」と話の方向を変えた。

その後、他愛もない大切な話を1つ2つした後、彼は立ち上がる。


「あれ?もう帰るんですか?」

「用は済んだしな。」

「…お土産渡すためにわざわざ来てくれたんですか?」

「わざわざって、徒歩10秒だぞ。」

「それでもです。」


もう少し話していたい気持ちもあるが引き留める術が分からず、不服ながら後を追う。

見送りに玄関まで一緒に下りてくると、彼は履いていたスリッパを自分で下駄箱に片付けた。

青色のスリッパは、よく来るランバダさん専用のものだ。

自分のピンク色とペアのような気がして少し嬉しい。

すると、急にランバダさんがくるりとこちらへ振り返った。


「お前、ちゃんと相手見てから扉開けろよ。」

「?ランバダさんなら見なくても分かりますよ?」

「俺以外でも見ないで開けてるだろ?」

「……。」

「図星か。物騒なんだから気をつけとけ。」


「はい。」と頷けば同じく頷いたランバダさんが扉に手をかける。

心配してくれるのは嬉しいが、どうも妹扱いされている気がして微妙な居心地だった。

乙女心は複雑である。


「目、ちゃんと冷やしとけよ。」


そう言って口元を淡く緩めたランバダさんはそのまま扉の奥へ消えた。


いや、やっぱり嬉しいな。これは。


余韻に浸りながら鍵をかけ、部屋に戻った。

2人分のグラスを洗いながら、蝉の大合唱に耳を傾ける。

庭で背筋をピンと伸ばす鮮やかな向日葵は、親友の大好きな花だ。

それと同時に彼女の嬉しそうな顔も浮かんだ。


「スズはすごいなぁ。」


距離を変えるというのは、とても勇気のいることだ。

スズだって、破天荒さんとはお隣同士。きっと壁を壊すのは容易くなかったはずだ。

それでも彼女はやってのけた。

自分はもう何年も足踏みを続けているというのに。



「―― 私もスズみたいになれるかな。」




隣の黄色が一等賞

(シャイナが二番手…は、ないな。)

(「…?(今、失礼なことを言われた気がする。)」)



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