鳥のさえずりが聞こえる爽やかな朝。

優しい光が緑を照らす庭では藁が擦れるリズムと美しい金髪が揺れる。

主人と用心棒が仕事で留守の時間帯、スズは庭先の掃除をしていた。

スズが来てからたくさん植物が増えた庭は、いたるところに葉が散らばっている。

それらをかき集め、各々の鉢に水を与えるまでが庭作業だ。

スズはその作業を存外気に入っていた。

やはり他に人がいると気を張ってしまうのだ。たまには一人がいい。

ついでにいうと家主は少々騒がしすぎるのだ。落ち着いて本も読めやしない。

そんな調子でテンポよく体を揺らしていた時、玄関先から甲高い自転車のブレーキ音が聞こえた。

スズは箒の演奏を止め、訪問者に当たりをつけながら小走りで門へ向かう。

そこには予想通りの銀髪少年がいた。


「あ、スズさん!おはようございます!」

「おはようございます。お仕事ご苦労様です。」


はにかみ笑顔を浮かべた少年は、自分の背より低い屋敷の門越しにペコリと頭を下げた。

名をヘッポコ丸という。


「こちら今日の分です。」


「相変わらず多いですね。」と苦笑いを浮かべながら手渡されたのは白い封筒の束。

彼は郵便局に勤める配達員だ。どうやらこの屋敷周辺の地区を請け負っているらしい。

朝から庭に出ているスズはよく彼に会う。初めて声をかけたのはこの屋敷に来てから1ヵ月ほど経ったときだった。「ずいぶん若い子が来るんだなぁ。」と思ったのがきっかけだ。

話してみれば気さくで照れ屋な少年で、とても人のよい笑顔を持っている。

家主の仕事柄、屋敷宛の手紙は多くていつも仕分けが大変だと、いつか愚痴を溢していた。


「今日も早出だったんですか?」

「はい。朝4時出勤でした。」


「夕方は早めに上がらせてもらって寝ます。」そう頭をかく少年の目の下にはうっすら黒い跡が見える。

「それなら…」とスズは自身のポケットを漁った。

取り出された小さな包み。丁寧に包まれたそれは少年に向かって差し出される。


「昨日お菓子を焼いたので、よろしければお腹が空いたときにでもどうぞ。」

「…いつもありがとうございます。」


「スズさんのおやつ、すごくおいしいんですよね。」と照れ笑いを浮かべる少年に、思わずスズの口元も緩む。なんとも可愛らしい。

「お返しと言ってはなんですが…。」と彼からは飴の入った包みが渡された。

こちらも「いつもありがとうございます。」と頭を下げながら素直に受け取る。

こうして、互いに菓子の交換をするのも小さな楽しみだ。

スズは屋敷に住み込みで働いているため、あまり他との交流がない。

家主に用があって訪問した人としか顔を合わせることがないからだ。

そんな彼女にとって家主を介さずして知り合った彼は他の客人より気兼ねなく話せたりする。

如何せん、屋敷を訪れる人たちは其れ相応に身分がある人ばかりなのだ。

「そういえば…。」とスズが口を開けば彼は小首を傾げて彼女を見つめる。

その行動から、今日は時間に追われていないらしいと判断した彼女は話を進めた。


「例のお慕いしている方とは会えましたか?」


スズが微笑めば、面白いくらい顔を赤くする青年。若いなぁ。


「い、いえ…。その…ちょっと距離が離れているのでなかなか…。」


彼の恋愛相談を聞いたのはたまたまだった。

以前、配達に来た際に何だか浮かない顔をしていたので聞いてみれば「想い人の住む地区の配達を担当していたが、つい先日交代させられた」のだという。

何とも可愛らしい悩みと素直な回答に、思わずいつもより気を荒くして話を聞いてしまったものだ。

未だに思い出してはふふっと笑ってしまう。

そんなスズをじとっと見つめた彼は唇を尖らせながらむくれる。


「そういうスズさんは、そういうお話ないんですか?」


急に自身に振られた話題に目をぱちくりさせる。

“そういう”というのはつまり“恋愛”ということだろう。

私にそんなものは…


『スズ。』


ふと頭の中に金髪が過った。


はっとして勢いよく頭を振る。そんなのあるわけない。絶対にない。

単に彼が妙な絡み方をしてくるから思い出しただけだ。

その行動を「そんな話はない」という否定の行動だと捉えたらしい彼は「俺ばっかり不公平じゃないですか。」なんてぼやいている。

さっきの光景は見なかったことにしよう。考えなかったことにしよう。なかったことにしよう。


「さて。」と息をついたヘッポコ丸は帽子を深くかぶり直す。


「近頃、あまり治安が良くないみたいですから、スズさんも気を付けてくださいね。」

「あら、そうなんですか?」

「またなんとか組合?とかですかね。最近パトロールの人数も増えてるんですよ。」


「スズさん、外でないから気付かないでしょうけど。」と言葉は結ばれた。

少年は自転車に跨る。後ろの荷台はまだ重たそうだ。


「お仕事頑張ってくださいね。」

「はい。ありがとうございます。」


「ではまた。」とお互いに頭を下げ合って、彼の背中は走り出した。

そのシルエットが光にぼやけて見えなくなるのを確認してから再度箒を手に取る。

藁のリズムの再開と共に、じんわり暖かい気持ちと彼の身を案ずる気持ちが渦巻いた。


少年は真面目な働き屋

(次会う時)
(クマ、濃くなってなければいいのだけれど…)


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