過ごしやすい昼下がり。
今日は朝からいつもより念入りに掃除をし、庭の花を整える。
水をあげる花たちは何だかいつもより元気がよくて、彼らも来訪者を楽しみにしているようだった。
最後の仕上げにと、テーブルクロスを広げたところで、屋敷の呼び鈴が鳴る。
はやる気持ちを抑えながら玄関へと向かい、扉を開けた。
「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました。」
そこには、綺麗な桜髪の兄妹が佇んでいた。
「ようソフトン。よく来たな。」
「招待感謝するぞ。ボーボボ。」
スズより少し遅れて、家主と用心棒も玄関へと集った。
来訪者の2人は隣町の大きなお屋敷に住む兄妹で、名を兄はソフトン、妹はビュティという。
兄は外航関係の仕事をしているらしく、ボーボボとは仕事関係でもプライベートでも仲が良いようだ。
故に月に一度、屋敷に招待し交流を深めている。
そして何度目かの訪問時、彼は自分の大事な妹を連れてきた。
人懐っこく賢い彼女は、ちょっとネジの外れている家主と相性が合ったらしく、すぐに打ち解けていた。
そして、
「こんにちは、スズさん。お会いできるのを楽しみにしていました。」
「私もです、ビュティさん。」
彼女はスズにとても懐いている。
「これ大したものではないが、よかったら食べてくれ。」
「いつもありがとうございます。」
ソフトンから箱を受け取ったスズは一度キッチンに下がる。
ソフトンとビュティは家主が自室へと案内していた。
『うわぁ。いつも本当にかわいいケーキを持ってきてくれるのね。』
ソフトンからの手土産をキッチンで開けたスズはまじまじと箱の中を覗き込む。
カラフルに彩られたケーキはどれをとってもおいしそうで、思わず喉が鳴った。
「食べるのがもったいないわね。」
箱を眺めながら呟く。
「食わねーと腐るだけだぞ。」
前方から突然声が聞こえた。
慌てて顔をあげれば、リビング側からキッチンを覗き込む破天荒の姿。
「なっ!?」
『気付かなかった!』
思わず後ずさりすると、
「お前も独り言とか言ったりするんだな。」
と、無邪気に歯を見せて笑った。
「な、何ですか。悪いですか。」
「いや、安心した。」
そう言うと破天荒はキッチンに入ってきた。
最近、やたらとちょっかいをかけてくる彼だが、キッチンにまでやってくるのは珍しい。
「どうかされましたか?」
「いや、茶会の準備するんだろ?手伝おうと思ってな。」
当たり前のように言う破天荒にスズは絶句した。
な、なんで急に!?何企んでいるの!?
「何も企んでねぇよ。」
「えっ!?私口に出して…。」
「出てねーよ。お前失礼なやつだな。」
そう言いながらも怒った様子はなく、ポットに水を注ぎだす破天荒。
その手つきは意外と手慣れていた。
「最近、お前の言いたいことは顔を見れば分かるようになってきた。」
「…あまり嬉しくないのですが?」
「俺は嬉しいけどね。」
っ!!この人はっ!!!
スズは何も言わず、勢いよく彼に背を向けると、食器の準備に取り掛かった。
くつくつと笑う気配が背後でするが、反応したら負けだと思い、無心でケーキを取り分ける。
「まぁ実際、庭まで結構距離はあるし、運ぶ量多くて大変そうだなって前から思ってたから手貸そうと思っただけだ。」
「俺だってこの屋敷の住人だから、客人もてなすのは礼儀だろ?」と続けられる言葉に異論はない。まったくもってその通りだ。
しばらくその言葉を頭の中で繰り返し、小さくうんうんと頷いた後、
「確かにそうですね。大変失礼な思いこみをしてしまい申し訳ありませんでした。」
素直に謝った。
今回は警戒心をむき出しにしていた自分が悪い。
「別に構わねぇよ。」とシルバー食器を光にかざしながら破天荒はスズに向き直った。
「とはいえ、手伝うのは初めてだからな。ご指導頼むぜ、お姉さん?」
こうして、2人での初めてのキッチン作業が始まったのだった。
「お待たせいたしました。」
準備が整い、カートを押してやってきたのは中庭庭園。
そこにはすでに家主と客人たちが揃っていた。
食器や飲み物の運搬はいつもなら2往復するところを、破天荒と2人で運んだため一度で済んだ。
後で彼にちゃんとお礼を言わねば。
と心の中で忘れぬよう言い聞かせつつ、テーブル準備を進めて行く。
それぞれの好みの紅茶やコーヒーをカップに注ぎ、準備は整った。
「では、遠路はるばる2人とも来てくれてありがとう。」
「気にするな。」
「私もお兄様も、楽しみにしておりましたから。」
「ゆっくりくつろいでいってくれ。」
家主のあいさつを合図に、ささやかな茶会が始まったのだった。
「このアップルパイ、すごくおいしい!スズさんが作ったんですか?」
「はい。先日りんごを頂いたので作ってみました。」
「さすがの腕だな。」
「お褒めにお預かり光栄です。」
客人からの称賛にスカートの裾を持ち上げ、軽く膝を折って答える。
他愛のない世間話が続く中、ひと通り食事を堪能したらしいビュティは、髪の毛を整えてから兄に向き直った。
「お兄様。」
そのあとは何も続けず、ただじっと彼の目を見つめる。
その瞳は遠目に見ても分かるほど好奇心で輝いていた。
「あぁ。構わない。」
兄が口角をあげ返した言葉に「ありがとうございます。」と笑顔を見せた後、椅子からふわりと舞い降りた。
「スズさん!」
花のような笑顔がスズに向けられる。
ここからが、スズが一番楽しみにしていた時間だった。
「この木は?」
「これはハナミズキですね。春に咲く花ですけれど秋の紅葉や果実もキレイですよ。」
「とてもいい香り。花言葉は?」
「「返礼」「永続性」あとは「私の思いを受けてください」といったところでしょうか?」
「「返礼」か…頂き物のお返しとかに送ったらいいのかな?」
「きっと、とても喜ばれますよ。」
ビュティは照れ臭そうに笑うと歩を進めた。
ボーボボ邸の中にはありとあらゆる種類の植物があり、その全てをスズが育てている。
元々植物好きで博識だった彼女は、次々に新しい植物を育て、質素だったボーボボ邸の中庭に見事な庭園を築いていた。
それに興味を惹かれたのが、たまたま連れられて屋敷に来たビュティである。
女子ということもあり植物に興味があったらしい彼女は、この屋敷に来るたび中庭を巡ってはあれこれと花の名前を聞いている。
ソフトンの話によると、最近は自分の屋敷でも植物を育てはじめたらしい。
「スズさんみたいに、上手く育てられるか分からないけれど。」と照れ臭そうに頬笑みながら教えてくれた時は、思わず抱きつきそうになったことを覚えている。
スズとしても植物に興味を持ってもらえるのは嬉しいことであり、彼女と一緒に中庭を回っては、彼女の知識の穴を埋めるのだった。
「スズさんに色々教えてもらってから、前よりもっと植物が好きになったんです。」
「そう言って頂けると、私も精魂込めて育てた甲斐があったというものです。」
「次来るときにはまた種類が増えていたりして。」
「実は、もう新入りさんは決めていたりするんです。」
「えぇー!?さすがスズさん。お仕事早いですね。」
そんな女子たちの笑い声を聞きながら、男性陣はコーヒーを啜る。
兄様も、嬉しそうに花を眺める妹を見守ってはその口元を緩めていた。
兄妹は穏やかな常識人
(束の間の平穏)