天気のいいある日の午後。

庭で洗濯ものを干していたスズの耳が、家の扉が軋む音を拾った。


「邪魔するぜー!」


続けざまに聞こえる威勢のいい声。

スズは訪問客にある程度の目星を付け、玄関へ向かった。


家の入口に到着すると、予想通りの姿が


「いらっしゃいませ。首領パッチ様。」


オレンジのトゲトゲに申し訳程度に帽子を乗せた彼がいた。


「おぉ!なんだ非常食じゃねーか!」


部屋奥から出迎えにやってきたであろう家主のボーボボが玄関に現れる。

その口からとんでもない呼び名が出てきたような気がするが、いつものことなのでスルーしよう。

ちなみに破天荒は別件で屋敷を空けている。


「よぅ。ちょっと話があったからな。」


「これ、手土産だ。」と言いながら白い紙袋をスズに手渡す。

彼のスルースキルはわざとなのか、それとも気付いていないだけなのか…。


「いつもありがとうございます。」

「気にすんなって。」

「そうだぞスズ。気にするな。」


首領パッチに続いてボーボボもスズに向けて親指を立ててきた。

どうして貴方が?という質問も、いつものことなのでスキップしよう。

そうしている間にも首領パッチは靴を脱ぎ、屋敷に上がる。


「俺の部屋でいいか?」

「おう。」

「では、飲み物をお持ちしますね。」


首領パッチの帽子とコートを預かりながらスズがキッチンに下がろうとする。

が、ふと足を止めて、階段を上っていく客人に一言。


「首領パッチ様。今日はお夕飯どうされますか?」

「おう!いつもどおり食べていくぜ!」


「スズの飯はうまいからな。」と続ける首領パッチにスズは少々照れ臭く感じながら膝を折った。


キッチンに下がったスズはガラスのタンブラーをトレーに並べ、冷蔵庫を開ける。

通常、客人が来たときはコーヒーか紅茶でもてなすのが一般的なのだが…。


『首領パッチ様はこれなのよね。』 


彼女の手にはコーラが握られていた。



泡の破裂音を奏でるトレーを持ち、二階の家主部屋へ上がろうとする。

ちょうどその時、再度玄関の扉が軋んだ。


「おかえりなさいませ。破天荒さん。」

「おう。ただいま。」


ネクタイのひもを緩めながら少々疲れた様子の破天荒が帰宅した。

玄関に並べられた靴と、スズの持つトレーを見た破天荒が首を傾げる。


「今日は誰か来訪予定だったか?」

「首領パッチ様がお見えになっていますよ。何でもお話があるとかで…。」


ビュン!!

スズが言い終わる前に、彼女の横をものすごい速さで風が横切った。

階段を駆け上る音と扉の開く音。そして「おやびーーん!!」という甲高い声がほぼ同時に聞こえた。

少々呆れながら家主の部屋を訪れれば、扉は全開になっており、中で破天荒が首領パッチに熱い抱擁をかましている。

さっきまで疲れた顔をしていたのが嘘かのように、その表情は幸せに満ちていた。

何なら、その喜びがハート形となって辺りを飛び回っているようにさえ見える。


「よう。破天荒。」

「おやびーん!お会いできて嬉しいです!!!」


ちなみに、家主は用心棒の風圧に負けたらしく椅子ごとひっくり返っていた。



『まったく。あの人の崇拝っぷりは異常だわ。』


キッチンに戻ったスズはため息をつく。

初めて首領パッチと会った時は、彼の姿形にまず驚いたが、それよりも破天荒の変貌っぷりに唖然としたことを覚えている。

いや、あれは唖然と言うよりドン引きだった。

何でも彼は首領パッチに命を救われた過去があるらしい。


『人を尊敬する気持ちは分かるけれど…』


「あれはさすがに行き過ぎてるわ。」


ポツリと溢したスズは、また溜息をついた。

そこでふと思い出す。

そういえば首領パッチが手土産をくれたのだった。

キッチンの隅に追いやられた紙袋を開くとそこには、



立派なネギが入っていた。



『またか…』


次はシンクに突っ伏して溜息を吐きだす。

意図は分からないが、首領パッチはいつも手土産にネギを持ってくる。

例外なくいつも。毎回なのだ。


『何なの?ネギが好きなの?だからって手土産に生のネギ持ってくるなんてどういうつもりなの!?』


なんてこと、心の中では思っていても本人に聞けるわけもなく。

スズは大人しくネギと向き合って今晩の夕食を考え始めるのだった。



「「「「いただきます。」」」」


いつもより囲む人数の増えた食卓の中央には暖かな香りを漂わせる鍋があった。


「やっぱりスズは料理うめーな。」

「ありがとうございます。」

「おっ!このしらたきうめー!」

「やっぱネギだよなー。」


口々に喋りながら具材を口に放り込む家主と来訪客。


「おいボーボボ!それは俺が先に取ろうとしてた豆腐だぞ!」

「俺が先に皿に入れたんだから俺のだ。」

「何だと!?てめぇやんのか!」

「何だとぉ?この非常食、今すぐ鍋の具材にしてやろうか!」

「誰が非常食だ!」


我先にと鍋を掻きまわす2人の周りは既に戦場と化していた。

口から溢れる具材に、鳴り響く食器同士のぶつかり合う音。

行儀という文字の欠片もない有様だった。

そんな彼ら(いや、もはや彼のみ)を見つめ「さすがおやびん。今日も絶好調ですね。」なんて目を輝かせる破天荒。

もはや見慣れたその光景に、スズはまた頭を抱えるのだった。



非常食はいつも騒がしい


(タバスコでも入れたら、少しは大人しくなってくれるのかしら。)



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