外門の開く音がして、彼女は椅子から立ち上がった。

自室の扉を開け、長い廊下を抜けた先の玄関へ向かう。

足を揃えて、背筋を伸ばして、扉が開くのを待った。

今朝活けたばかりの四季の花が淡い香りで玄関ホールを満たしている

しばらくすると、木材の軋む音とともに、二つの影が現れた。


「おかえりなさいませ。」


彼女、スズは笑顔で家主たちを迎えた。


とある街の一角。

お屋敷というには粗末だが、一般家庭と言うにはやや豪勢な家があった。

スズはここに住み込みで働く使用人である。

使用人といってもそこまで堅苦しいものではなく、どちらかというと家事担当と言った方がしっくりくるかもしれない。

屋敷の住人は彼女を除いて2人


「ふぁ…今日も疲れたな。」


大きな黄色いアフロが特徴的な家主ボーボボと


「お前は何もしてないだろうが。」


彼の幼馴染であり補佐兼用心棒の破天荒である。


「今日もお勤め御苦労さまでした。」


スズは彼らに歩み寄り、上着や帽子などを預かる。

家主にいたっては、その特徴的なアフロのせいで帽子が帽子と呼べないほどその存在意義を失っていた。


「夕食の準備が出来ていますので、リビングの方へどうぞ。」

「わーい!やったやったー!」


一目散に廊下を掛けて行く主人。

何故だか3等身サイズにまで縮んだその後ろ姿は、瞬く間に廊下の奥に消えた。


「今日の飯は?」

「根菜をたくさん頂いたのでカレーにしました。」


不意にかけられた質問に答えると、破天荒はスズの隣に並んだ。


「おっいいな。まぁスズの作る飯は何でもうまいからな。」

「…ありがとうございます。」


スズはぎこちなく笑顔を浮かべる。

ぎこちないというよりは、引きつったのほうが正しいかもしれない。

もちろんお世辞でないことは態度を見ていれば分かるし、とても嬉しい。

だがしかし、最近の彼は何かにつけ、しきりに彼女を褒めてくるのだ。

そしてとにかく距離が近い。

今だって腕が当たっている。


私のパーソナルスペース!どこ!?


わざとなのか無意識なのか、いまいち判断に欠ける彼の行動にスズは少々困っていた。


破天荒と共に食堂に入ると、ボーボボは既に椅子に着席していた。

なんとも気が早い。

破天荒は自分の席に、スズはキッチンへと下がる。

そしてあらかじめ温めておいた料理たちを持って、彼らのもとへ向かった。

皿を置くなり、スプーンを握りしめるボーボボ。

さすがにそのまま食らいつきはしないが、涎があられもないことになっていた。


ご主人!垂れてる垂れてる!吸って!


早く食べさせないと、机が大洪水になりかねない。

スズはいそいそと破天荒と自分の分の皿を置き、椅子に座る。


「「「いただきます。」」」


もちろん真っ先に食器音を鳴らし始めたのは家主だった。



「ふぅ〜。うまかった〜。」


ゲフッと効果音がつきそうな状態のボーボボが椅子で踏ん反り返る。

それに答えるかのように、年季物の椅子が軋んだ音を立てた。

スズはクスクス笑いながら「お粗末様でした。」と溢す。


本来、使用人が家の者と食事を共にするなど考えられないことなのだが、いかんせん家主がこんな感じである故、


『みんなで食べたほうがおいしいに決まってるだろ。』


と、雇われ初日に言いだしてからというもの、食事は一緒にと言いつけられている。

もちろん一人で食べるより人がいた方が楽しいし、ありがたい話ではあるのだが。


そして、呼び方についても注意された。

何でも、家の中でまで『様』とつけられるのはお気に召さないらしい。

それはいつも隣に仕える破天荒とて同じことのようで、使用人という立場ではあるが、2人のことは『さん』と呼ばせてもらっている。


ポケーっとする家主を横目にスズは椅子から立ち上がる。

彼の前からお皿を下げようと歩み寄った時だった。


「…ボーボボさん。テーブルナプキンされましたか?」

「あぁ。したさ。」

「…そうですか。」


スズはこめかみを押さえた。

ボーボボの着ている白シャツにそりゃもう、見事なまでにカレーが付いていた。

確かに、テーブル上に置かれているナプキンは彼がきちんと首からかけて使ったであろう痕跡が残っている。

両者ともにがっつり汚れているのだ。


ナプキン使ったのに、何でこんなに汚すの?


主人は食事中、よくものを溢す。

ミートパスタの日も、ステーキの日も、ピザの日も。

その度に服に染みを作り、スズがクリーニングを手配するというのがもはやテンプレ化している。


食事の所作、ちゃんと分かってらっしゃるのかしら?


「ボーボボの食べ方が汚いのは昔からだから、もう治らねーぞ。」


スズがちらりとボーボボを見たところで、全て見透かしたかのような破天荒が言葉を投げた。

ボーボボは「はっはっは。」と声高らかに笑い、


「そういうことだ。」


親指を立てた。


「…脱いだら、洗濯機の上へ置いておいてください。」


考えることを放棄したスズの言葉に「うん。よろしく。」と、より一層明るいボーボボの声が返された。



主人は今日も服を汚す


(またクリーニング出さないと。)


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