室内が静寂に包まれる。
何度瞬きをしても鮮明にならない視界では、彼の表情は掴めなかった。
「…彼女がいるって聞いたんです。」
スズは嗚咽を交えながら続ける。
ここまで来たら全部話してしまおうと、口がひとりでに動いていた。
「だから、諦めなきゃって思って、でも、会ったらきっと、諦められないから。」
霞掛かった頭では上手く文章が作れず、自分でも何を言っているのか分からなくなっていた。
「知られたくなかったんです。困らせたくなかったんです。」
敬語を使っているのは、これ以上何か期待しないようにとの、せめてもの防衛線だった。
「ごめんなさい。」
そのあとは何度も掠れた声で「ごめんなさい。」を繰り返した。
嫌っている訳がない。むしろ好きなんだ。
だからこそ、今は会いたくなかったんだ。
破天荒は何も言わない。
部屋を支配するのは、スズの泣き声と掠れた謝罪の声だけ。
何度目かの「ごめんなさい。」が口から漏れようとしたときだった。
スズの頬を包み込む手に力がこもった。
そして、言いかけたスズの言葉は、そのまま破天荒に飲みこまれた。
「っ!?」
明けない視界でも、何が起こったのかは明白。
だが、頭はそれを上手く処理してくれない。
唯でさえ泣いていて酸素が足りない状態だというのに、目の前の彼は更に酸素を奪っていった。
目を開けていられず、思い切り瞑れば、頬を大粒の涙が伝う。
限界を感じたスズがくぐもった声を上げれば、それは名残惜しそうに離れて行った。
肺へ取り込まれた空気に思わずむせ返る。
驚きからか、決壊していた涙のダムは封鎖されたらしい。
スズはようやく言うことを聞くようになった両手で、胸元の服を強く握った。
それ以外、この気持ちのやり所が見つからなかった。
「な…んで…。」
その言葉しか出なかった。
彼の顔なんて見れるはずもなく、ただ俯いて呟く。
すると、頭上から不貞腐れた声が聞こえた。
「先越されたから。」
妙に子供っぽその口調に、ゆっくりと顔を上げる。
「確信得たら、俺から言おうと思ってたのに。」
そんな、まさか…。
「好きだ。」
目が合った瞬間、彼の口から紡がれた言葉。
それは、スズの胸をまた締め付けるには十分だった。
一瞬で顔に熱が広まる。
「俺、かなり分かりやすくアタックしてたつもりだったけど?」
「…い…いつから…?」
破天荒はニヤニヤとした笑みを浮かべながら、スズの目を見つめる。
目線のやり場に困ったスズは、ひらすらキョロキョロと視線を動かした。
「ベランダ通うようになってから割とすぐ。」
「そ、そんな前から?」
「お前、俺のこと嫌いだっただろ?」
『嫌いだったというか、苦手だったというか…。』とスズは心の中で言い淀む。
「まぁ、自分で言うのもなんだが、あんまり女に嫌われたことねぇんだ。」
「…本当に自分でいうのも、ですね。」
「うるせぇ。」とまた不貞腐れた表情に、少しだけ頬が緩む。
「だから、初めは興味だった。
でも、何だかんだ言いつつ話ちゃんと聞いてくれるし、優しいんだなぁって。
…そこからは割とすぐだった。」
次々と披露される爆弾発言に、スズの顔は火照りっぱなしだった。
「でも一回嫌われたもんを好きになってもらうってのは大変だな。」
「長期戦覚悟だったし、すっげぇ頑張った。」と破天荒は言葉を締めくくった。
「彼女がいるっていうのは?」
スズは恐る恐る質問を重ねる。
この騒動の一番の原因であり、悩みの主犯格だった。
「誰を勘違いしたのか知らねぇが、俺に彼女なんていねぇよ。」
「金髪の、みつあみの女性だって…。」
スズが聞いた情報を教えると、途端に破天荒の顔が曇った。
そして、頭を押さえる。
「あぁ…。なるほどな。 マジか…。」
「仲いいんじゃ…。」
「仲はいいが、違う。絶対にありえねぇ。
むしろ何で間違われたのか分からねぇし、一瞬でもそう思われてたって思うと寒気がする。」
顔を青くする破天荒に、あ、これ本当に違うやつだ。と確信する。
「何なら今度紹介してやるよ。」と顔を引きつらせたまま、スズの頭を撫でた。
そっか。彼女じゃないのか。
なら…
「私、まだ、好きでいていいのね。」
ほぼ無意識に口から溢れた言葉で、破天荒の苦笑いがすっと引く。
そして穏やかに笑うと、スズの両手を包み、目線を合わせた。
「仕切り直しだ。」
自分を見つめる目からは、優しさと愛おしさが滲み出ている。
次に送られる言葉を聞き漏らさない様に、スズは静かに耳を傾けた。
「好きです。 俺と付き合ってください。」
あぁ。今日は涙腺がゆるゆるだ。
何度も何度も、その言葉を咀嚼して飲みこむ。
そして、
「はい。」
何とか出した声は、みっともないけれど、幸せに溢れていた。
赤色ペンでハナマルを
(よくできました。)