*恋人設定



昼下がり。自室の仕事机に向かう影が1つ。

ペンは書類を叩き、靴底は乱暴なリズムを刻む。

率直に述べると、彼はとてもイラついていた。


発端はつい先刻、食堂で昼食をとっている時だった。

ランバダはトレーを手に、席に着く。

いつも通り、一人での食事だった。

背後を行きかうのは、他ブロックの者も含む大勢の隊員たち。

あまり他人に興味のないランバダは、彼らのことなど気にも止めず箸を進めていた。

が、


「レムさん、今日もかわいいよなぁ。」


その言葉だけが、妙にクリアなサウンドでランバダの鼓膜に届く。

思わず一瞬だけ箸を止めたが、すぐに何事も無かったかのように唐揚げを摘まんだ。


「ついさっき挨拶したんだけど、すっげぇ寝ぼけてたぞ。」

「また寝坊かよ。」

「でも、あの無防備な感じがいいんだよな〜。」


「すっげぇ強いけど。」と続けられる言葉は、モヤモヤを抱えるランバダとて同意見だ。


「あと、何よりもあの格好!」

「あぁ。あれはヤバいな。」

「男ばっかの中で何であんな露出高い格好してるんだよ!」

「まぁ、こっちとしてはたまんねーけどな。」


いよいよランバダは虫の居所が悪くなってきた。

黙っていれば、人の女のこと勝手に言いやがって。

何色目使ってるんだよ。


最後の唐揚げを口に放り込んだランバダはわざと大きな音を立てて席を立った。

その音に、会話をしていた隊員らは大きく体を震わせ、みるみる顔色を変える。

ランバダはそのまま無表情で彼らの後ろを通り過ぎた。

彼らは一切口を開かず、顔は真っ青になっていたそうな。


そして、現在に至る。

我ながら、あの場で隊員たちをポリゴンにしなかったことを褒めてやりたい。

余裕を見せてやろうと思っての行動だったが、実際は余裕など微塵もなかった。

モヤモヤは消えず、イライラが募る。

机に積み上げられた書類の山は、午後からその高さを変えていなかった。

チッと思わず舌打ちを漏らす。

その時だった。

コンコン


「ランバダ様! よろしいですか?」


扉の外から聞こえた聞き慣れた声。

間違えるはずもなかった。


「あぁ。」


扉が開く音の後、低めのヒール音と一緒にこちらに歩み寄ったのは


「書類の確認をお願いします!」


全ての元凶、恋人のレムだった。


差し出された書類を無言で受け取り目を通す。

レムにしては珍しく、ちゃんと起きて仕事をしていたようだ。

決して少なくない枚数のそれを捲る間、レムは机の横にあるベッドの淵に腰かける。

足をパタパタさせて待っている様は本当に子供のようだと、ランバダは頭を掻いた。


「あぁ。いいぞ。あとはこっちで預かっておく。」


目を通し終わった書類を引き出しに仕舞うと、ランバダはぶっきらぼうに言い捨てる。

レムは「ありがとうございます。」と朗らかな笑みを浮かべた。


が、一向にそこから立ち去る気配がない。


「…何だ?」


自分のノルマに向き合ったランバダは、視線だけでレムを見る。

彼女の表情は、しばらく瞬きを繰り返した後、首をかしげた。


「ランバダ様。何かあったんですか?」


突然のぶっ込みに、ペンを掴もうとしていた手が空を切る。


「……。」

「何でって…あまり機嫌よくなさそうなので。」


……。

こいつ、俺の視線だけで答えやがった。


ランバダが、また無言の視線を送っていれば、何かを察したらしいレムは顔を綻ばせた。


「そりゃ、私はランバダ様の恋人ですから。」


…やられた。


ランバダは深めの溜息をつくと、椅子を回し、レムと向き合った。


「俺の睨みで平然としてられるのは、お前とハンペンくらいだな。」

「お褒めにお預かり光栄です。」


うふふと嬉しそうな声を漏らすレムに、ランバダは再度頭を掻いた。

さて、この無自覚極まりない恋人になんと言い聞かせればよいものか…。


「もう冬だな。」

「そうですね。外はそろそろ雪が降り始める頃です。」

「…お前、そんな格好で寒くないのか?」

「…へ?」


途絶えた言葉のキャッチボールに、ランバダはぐっと言い淀む。


「…そんな格好じゃ、風邪ひくぞ。」


「あぁ!大丈夫ですよ!私、体は丈夫なので!」


ランバダはまた溜息を吐いた。

今日何度目だ。

つまり、今言いたいのはそうではなく…。


「…俺が困るんだが。」


もう、これは暴露してしまったも同然では?


「もし仮に風邪をひいてしまったとしても、ランバダ様のお手は煩わせませんのでご安心を!」


こいつは…

こちらの意図を解さず笑顔を浮かべるレムに、そろそろランバダの中に積もったイライラも上限を超えようとしていた。


「周りの目をもっと気にしろ。」


もう直球で言うしかない。

腹をくくったランバダは少々乱暴な口調で言葉を投げる。

対するアンサーは、



「眠らせることしか取り柄のない私のことなんか、恐れるだけで誰も気にしませんよ。」



ランバダの中の何かが切れた。


踏み出された足に、伸びてくる腕、帽子の陰で見えない表情。

その全てがレムには一瞬スローモーションに写った。


そこからは速かった。

勢いよく両手を掴まれ、体重を掛けられる。

言葉を発する暇もなく傾く重心。

気付けば、背中には柔らかなバウンドを背負い、視界には白い天井と枝垂れた黒髪が映っていた。


事態の把握に数秒掛ける。

回りだした頭がこの状況を理解した途端、熱が顔に集中した。


「らら、ら…ランバダ様…!?」


絡まる舌を無理やり動かして沈黙を断ち切る。

付き合ってから浅くはないが、いきなり押し倒されたのは初めてだった。

ランバダは何も言わず、ただ項垂れる。

避けてくれる気配はなかった。


「あ…の…」

「…黙ってろ。」


耳元で発せられた低い声に、レムは思わず体を震わせた。

そんな彼女はお構いなしに、ランバダは彼女の首元に顔を埋める。

そして、すぐに感じる僅かな痛み。

音を立て、時には歯を突き立てながら、痛みは肩や胸元に移動していく。

レムは唇を噛みしめながら、ただ耐えることしかできなかった。

この行動に対する恐怖はないが、明らかにランバダは怒っている。

自覚のないレムには、彼の怒る理由が分からないのだから当然、この後どうすればいいのかも分からない。

今の彼女はひたすら、漏れそうになる声を押さえ、羞恥に耐えるしかなかった。


しばらくすると満足したのか、痛みが止み、再び視界の黒髪が映る。

やっと見えた表情は、怒り8割 辛さ2割といったところだった。


込めていた力がようやく抜けたレムの口元から荒い息が漏れる。

ランバダが先ほどから押さえつけているレムの手首をまた握った。


「お前は女だ。」

「…はい。」

「周りは自分より弱いとは言え男ばかりだ。」

「…はい。」

「お前は大丈夫だ、気にしないと思っても、男どもはそういう目でお前を見る。」

「……。」


「…あんまり心配させるな。」


懇願するかのような掠れ声に、レムは無性に泣きたくなった。

ここまで言われればレムだって分かる。

つまりそういうことなのだ。


「…ごめんなさい。」


素直に謝った。


「ん。」という短い返事の後、唇に触れるカサついた感触。

あ、ランバダ様また夜更かししたな。と心の中で呟いた。



「…ちょっと痣になってる。」

「……。」


起き上ったレムが手首を撫でれば、無言の謝罪が述べられた。


「大丈夫です。数日もすれば消えてしまいます。」


あのランバダ様が妬いてくれたのは嬉しかったので、チャラにしてあげましょう。

心の中で呟き、口元を緩める。

口に出すとまた不機嫌になってしまうから内緒だ。


レムが伸びをし、ベッドから立ち上がろうとした時。

今度はランバダが微かに笑い声を漏らした。

レムは目をぱちくりと開け、ランバダを見つめる。

目の前の恋人は、口元を覆いながら楽しそうに、そして嬉しそうにニヤついていた。


「な、何ですか。」

「…鏡見てみろ。」


ランバダの言うとおり、クローゼットの全身鏡を拝借する。

そこに写しだされた自分の姿に、レムは再び顔を赤くした。


首だけでなく、広範囲に散らばった赤い跡と歯型、そして手首の青痣。

とてもじゃないが、人前に出れるような姿ではない。


酸素を求める魚のように無意味な開閉を繰り返した後、錆ついたおもちゃのようにランバダに視線を移す。

依然、ニヤついた表情のランバダの手には真っ白なパーカーが一枚。


「まぁとりあえず、これからはこれ着とけよ。」


二度と同じ目に会いたくなかったらな。


続けられた言葉に、レムの顔は更に火を噴いた。




愛しの姫には赤い鎖

(それからというもの)
(男子隊員の元気はなくなったが)
(王子様の機嫌は、すこぶる良好になったそうな。)


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