あれからもうすぐ一週間になる。

彼への気持ちを消せたかと問われれば、そう簡単にいく訳もなく。

今はただ、時間が解決してくれるのを待つしかなかった。

今日は水曜日。

明日は破天荒が訪問してくる日であるが、はたして会ってよいものか。

否、よいわけがない。

では、何と理由をつけようか。

先週同様の体調不良が使えるとは思えないし、これ以上嘘を重ねるのは心が痛い。

朝の目覚めから外が暗くなる現時刻まで、スズはひたすら言い訳を探していた。

レムやシャイナに連絡をとってみたが、2人とも明日の夜は予定があるらしい。

高校の友達とも考えたが、自分勝手な理由に付き合わせるのは気が引ける。


「はぁ…。」


スズは今日何度目か分からない溜息を漏らした。


もう、何も考えたくないなぁ。


スズは机に肘をつく。

つい先日まで、いつも前髪にあったものは、現在机の中で眠っている。

あれをつけていると、彼のことばかり考えてしまうから。


…いや、つけていなくても彼のことしか考えていないか。


矛盾を理解しながら、スズは自称気味に口端を上げた。



『こいつ、俺のツレだから。』


始まりは、あの時だった。

あの時、彼には既に意中の女性がいたのだろうか?

どちらにしても、あの言葉は彼にとってはただ私を助けるためだけの、特に意味のないセリフだったということか。

あの人はかなり天然の節があるから、無自覚で言ったとしても納得できる。


『本当に困った人だ。』


きっと、私以外の女の子にも同じようなセリフを吐いて、勘違いさせてきたんだろうな。

それでも女子に恨まれないのは、その容姿故なのか…。

字面で見たら、随分最低な男じゃないか。


………。

分かっている。

彼は何も悪くないと。

彼がどれほど優しい人かなんて、私自身が一番よく分かっているんだ。

でも今の私は、彼の嫌なところを必死に探している。

彼の事を否定しようとしている。

だって、そうでもしないと。


――この気持ちを消せそうにないんだもの。


あぁ、まただ。

また胸が苦しい。

瞼の裏が熱い。


スズは感情が滴として溢れる前に、手で押さえつけた。

ふぅと小さく一息ついて、目線をベッドに移す。


考えるのも疲れたし、今日はもう寝てしまおうかな。


そう思って立ち上がった時だった。


ガラガラッ


大きな音とともに、ベランダの窓が開いた。

夜の香りを纏う風が、スズの髪を攫う。

反射的に視線を音の出どころへ向かわせれば、カーテンの隙間から覗く派手な金髪と鋭い眼。



視線の先には破天荒がいた。



「っ!?」


声にならない悲鳴をあげて、体が震える。

水曜日だから、彼が来ない日だから、と鍵を閉めていないかったことを思い出した。


「後で謝る。邪魔するぞ。」


一方的な宣言と共に、破天荒が部屋に足を踏み入れた。


あぁ。会いたくなかったのに。


スズは彼の言葉に応えることもなく、一直線に部屋の扉へと向かう。

とにかくこの場から逃げ出そうと、体が勝手に動いていた。

が…。


「逃げんな。」


背後から低い声が聞こえ、扉へ伸ばした手は逆に掴まれる。

大きな音とともに、スズは背中を壁に打ち付けた。

扉への退路は、破天荒の左手によって塞がれる。

先刻伸ばした左腕は、一回りも大きな彼の手に捉えられてしまった。

速すぎる展開に、優秀な脳は完全なる置いてけぼりをくらっている。

近すぎる距離に、顔を上げることは愚か、呼吸をすることもままならなかった。


「…捕まえた。」


鼓膜を震わせた声に、スズの足の力が一気に抜けた。

壁に背を預け、ズルズルと座りこむ。

それに合わせ、破天荒もその体制のまましゃがみ込んだ。


「手荒な真似して、悪い。」


降り注ぐ謝罪の言葉に、スズの瞼がまた熱くなる。


…謝るならやらなきゃいいのに。

こんなときまで優しいなんて、何てひどい人だ。


胸の痛みを、手を握りしめることによってやり過ごす。



「お前、何で俺の事避けてるんだ?」



その言葉にギクリと体が震えた。

まさか…。


「気づいてないと思ったか?
 
 見くびるなよ。ずっとお前を見てたんだ。それくらい分かる。」


…やめて。


「理由は何だ?俺はお前に何かしたか?」


やめて。


「俺は…お前に嫌われたくないんだ。」


――もう、やめて。


目から溢れた雫は、音を立てて膝に落ちた。

止まらないそれは、次々と俯いた頬を伝う。

見えない視界の上で、息を飲む気配がした。


「お前、泣いて…。」


破天荒は両手をスズの頬に添え、自らに向かせる。

抵抗しようと思えばできるほどの柔い力。

だがスズは、抗おうとはしなかった。




「好きです。」




振りしぼられた小さな声。

一週間ぶりに見た彼の顔は、涙でぼやけてよく見えなかった。




「あなたが好きなんです。」




あぁ、言ってしまった。



修正テープをゴミ箱へ

(もう後戻りできない。)

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