いつもより人の少ない電車に揺られつつ、窓から入り込む強い日差しに思わず目を細めた。

今日は一学期終業式。

予定通り、午前のみの登校となった。

いつもなら帰宅する学生や社会人で溢れ返る車内も、平日の昼間となれば話は別。

悠々と席に着いたスズは、手に持つ携帯に指を走らせ、今日何度目かになる写真フォルダを起動させた。

その一番下に表示される一枚の写真。

照れ臭そうにカメラに目線をやるスズの隣で、破天荒は無邪気に笑っていた。

彼の誕生日、ケーキを食べ終わってから撮ったものだ。

記念に。と、カメラを構えたのは破天荒の方だった。

見れば口元が緩んでしまうことなど分かっているのに、何度だって見てしまう。

それほど、この一枚が嬉しかったのだ。


電車から降り、いつもの道を歩く。

夏の、しかも日中の攻撃的な日差しは容赦なく体力を奪う。

早く家に帰って、クーラーのついた部屋でゆっくりしたい。

そう思っていた矢先だった。


「ねぇ。あなた。」


背後から声がかけられた。

思わず足を止め、振り返る。

そこには、近くの高校、つまり破天荒らが通う高校の制服を着た女性が3人。

心当たりはなかった。

その視線はスズをまっすぐ捉えており、呼びとめたのは彼女で間違いないようだ。


「スズさん。よね?」

「…はい。」


スズは不審に思いながらも、彼女らに向き直る。


「この前、サッカーの応援来てたでしょ?」


その問いにより、一つの仮説がたった。


なるほど。彼女らも来ていたのか。

ということは…。


『…恨まれたかしら?』


こめかみを嫌な汗が伝った。


「はい。」


スズは素直に返事をする。

今更、誤魔化せる訳もないし、その気もない。


「随分と破天荒くんと仲がいいのね。」

「…家が近いので。」


“くん”ってことは、三年生?


彼女らは「ふ〜ん。」という相槌の後、スズを見る。

下から上へ、まるで品定めするかのようなその視線に、更に不快感を覚える。

そして再度スズと目が合ったとき、声をかけてきた女性は、フッと鼻で笑った。


「なるほどね。」

「あの、何の御用でしょうか?」


「金髪だけど、ショートカット。」


急に吐き捨てられた言葉は、スズには理解しがたいものだった。

彼女の発した言葉に、後ろの2人も同じように笑みを浮かべる。


「シロね。」

「あの!要件は何でしょうか?」


随分と挑発的な言い方に、さすがのスズも少々声を荒げる。

「あら。知らないのね。」という言葉の後、女性は口元に手を当てた。



「破天荒くんに彼女がいるの知ってた?」



脳天を殴られたようだった。



「…は…?」


言っている意味が分からず、ただ口から息が漏れる。

彼女?そんな話聞いていない。


「何人か目撃者がいてね。」

「金髪みつあみの女と二人で歩いていたらしいよ。」

「応援の時は遠目だったから、髪型までちゃんと見てなかったけれど…。」


「あなたじゃないのね。よかったわ。」


口々に告げられる情報は、スズの頭の中を反芻した。

「それじゃあ。」と残して去っていく背中を、ただ茫然と見送ることしかできない。

彼女たちへの怒りなど、とうに消え失せていた。


どうして、破天荒さんは私に言わなかったのだろう。

どうして、彼女がいながら私に会いに来ていたのだろう。

どうして…――


気を…使われたのだろうか?


思わず口から溢れそうになる想いを手でせき止め、家への道をがむしゃらに走った。

部屋に駆け込み、閉めた扉に背中を預けズルズルと座りこむ。


限界だった。


押さえていたものが、口から、目から、溢れだす。

水滴は自らの拳を濡らし、言葉にならない声が部屋を埋めた。

大事に育ててきた心が、痛いと泣き叫んでいる。

―― 外の蝉の声なんて、聞こえなかった。



* * * * * *


布団を頭までかぶり込み、大きく深呼吸をする。

夜になったというのに、スズの部屋は電気も点けず、真っ暗だった。

今日は金曜日。

彼がやってくる日。

だが、彼には会えない。

会いたくない。

目がパンパンに腫れているのもそうだが、

――苦しい。

きっと、彼の顔を見たらまた崩壊してしまう。

じくじくと痛む胸に手を当てて、スズは目をぎゅっと閉じた。


夕刻の電話を、受話器越しの友人の声を、思い出す。


『もしもし。スズ?』

『…急にごめん。』

『大丈夫よ。…どうした?』

『ねぇ。シャイナ』

『…何?』


『破天荒さんに彼女がいるって本当?』


コンコン


いつものように窓が鳴る。


『…どこで聞いたの?』

『今日、そっちの学校の三年生に声かけられて、言われた。』

『…どこからスズの情報手に入れたのよ。』

『ねぇ。本当なの?』


『…私も、そう聞いたわ。』



スズは大きく息を吸った。


「ごめんなさい。今日は出れない。」


掠れそうな声を必死に押さえて、平静を装う。


「…どうかしたのか?」


窓の外から聞こえた声に、もう泣きそうだった。


「あまり、体調がよくないの。今日は寝るわ。」


泣くな。泣くな。

勘付かせるな。


「…そっか。」


そんな残念そうな声を寄こさないで。


「お大事にな。」

「…うん。」


その会話を最後に、ベランダから人の気配が消えた。

気づけば、頬を涙が伝っていた。

声を聞くだけで苦しいだなんて。


「…っ…いつの間に。」


こんなに好きになってしまっていたんだろう。



7月中旬

初めて抱いたこの想いは

―――― 好きな人には届きませんでした。



消しゴムを走らす

(まだ間に合うだろうか。)
(この想いを、なかったことにできるだろうか?)

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