7月上旬

すっかり外は暑くなり、部屋の中ではエアコンが欠かせない時期。

暇つぶしと称した木曜日の逢瀬は、いつの間にやら金曜日にも行われるようになっていた。

次の日が休みということもあり、自然と会話は弾む。

そんな金曜日。

スズは珍しく、いつもより早めの時間から台所に立っていた。

金曜は両親の帰宅が遅い日がほとんどで、一人での夕飯となる。

だが、キッチンに置かれる材料はおおよそ夕飯を作るには向かないものばかり。

しかし、スズの表情はいつもよりずっと明るいものだった。



いつも通り、ベランダの窓が鳴ったのは午後8時。

スズは勉強机の電気を消し、窓を開けた。


「よう。」

「こんばんは。」


いつも通り挨拶を交わすと、破天荒は椅子に腰を下ろす。

スズは座布団を取るべく再度部屋に下がった。

そして、


予告なく消える部屋の明かり。


破天荒は思わず、下ろした腰を再び上げた。


「な、なんだ?」


破天荒が慌てて、部屋を覗きこもうとしたときだった。


「ここで、サプライズ。」


彼の目の前に現れたスズ。

その手には、どういうわけか、甘い香りを放つ楕円。

そして、一本だけたてられたロウソクの火は夜風を浴びて揺れた。


頭が追いつかず立ちつくす破天荒に、スズは、



「お誕生日、おめでとう。」



してやったりというような無邪気な笑みを送った。



「忘れてた。今日か。」


しばらくして、ようやく思考回路が追いついたらしい。

破天荒はまだ焦った顔を見せながら、スズに歩み寄る。


「ロウソクが溶けちゃうから、早く消して。」


スズがケーキを前に差し出すのと、破天荒が腰を折るのはほぼ同時だった。

フッとかけられた風に、揺らめいていた火は消え、辺りは暗闇に包まれる。

夜空に浮かぶ淡い光では、目の前の彼の表情なんて見えやしない。

でも、今、伝えたい。

口を開き、息を吸い込んで、一言。


「生まれてきてくれて、ありがとう。」


見えない彼が、息を飲む音がした。



「よく覚えてたな。今日だって。」


破天荒はスズの部屋で胡坐をかきながら、ローテーブルに目線を投げかける。

その目線の先には、彼女が切り分けるケーキがあった。


「私の記憶力、侮らないで。」


手作りなのだと正直に言ったところ、更に喜びを見せた破天荒。

よほど嬉しかったらしく切り分ける前に、彼にしては珍しく写真を撮っていた。

綺麗にカットしたケーキを小皿に移し、破天荒の前に差し出す。

彼の表情は、完全に子供のそれと同じだった。

自分の分を移しながら吹き出すスズだったが、彼はそれすら気にしていないご様子。


「それじゃあ。」


「「いただきます。」」


二人で重なった声の後すぐさま破天荒はケーキを口に運ぶ。

もぞもぞと口を動かす彼を、不安半分、期待半分で窺った。

口の動きが止まり、破天荒はまっすぐスズを見つめ、一言。


「うまい!」


その言葉と笑顔に、スズも幸せそうな笑みを零した。


「お前本当料理うまいのな。」

「よく作ってるからね。それに楽しいし。」


スズは安心して、手元のケーキを自分の口へ運んだ。

うん。しつこくない甘さ。いい感じ。

そうしている間に、目の前の彼は1カット食べ終わってしまっていた。


「まだあるから、食べて。」


スズが切り分けたケーキを差し出すと、破天荒は「おう。」と嬉しそうに次のケーキをとった。

また、モゾモゾと動き出す口に、自然と口の端が上がる。

写真は撮れないから、しっかり目に焼き付けておこう。




「ごちそーさん。」

「お粗末様でした。」


フョークを皿に置いた破天荒に、スズは小さく頭を下げる。

卓上を片づける彼女を眺めながら、破天荒は体勢を変えた。


「サプライズとか初めてされた。」

「学校では?」


「野郎はサプライズなんて凝ったことやらないんだよ。」という彼の言葉に、よく言えたものだと、スズは自身の前髪に視線をやる。


いきなり、プレゼントを渡してきたのは、どこのどいつだ。


なんて僻みは口に出さず、喉もとで留めておく。


「本当はプレゼントもって思ったんだけど、男の人って、何がいいのか分からなかったの。」

「十分だ。」


手を止め、破天荒に視線を戻す。

その表情は、いつものニカっとした笑みとは違う。

幸せそうな柔らかい笑顔。


「ケーキ用意してくれて、一緒に食べてくれて、おめでとうって言ってくれる。
 
 それが、一番俺が欲しいプレゼントだから。」


「だから、ありがとな。」


破天荒の右腕が、スズの頭に伸びてきた。

おとなしく、彼の手が頭を撫でるのを受け入れる。

最近気づいたが、どうやら彼は、人の頭を撫でるのが好きらしい。

本人は無意識かもしれないが。


少し俯いて、肺に空気をいっぱい取り込む。


「…うん。」


何とか絞り出した言葉。

でも、それだけで胸が潰れそうだった。

いい感じに俯いているから、きっと赤いのはバレないはず。


頑張ってよかった。


スズは、両手を胸前で握りしめ、口元を綻ばせた。


* * * * * *


校内にチャイムが響くと同時、生徒たちは我先にと教室を飛び出し、階段を駆け下りて行った。

おそらく、食堂か購買へ向かっているのだろう。

昼時は混雑するのがお約束だから。


シャイナは紙パックのジュースを飲み干しながら、席を立つ。


「レム〜。 先に屋上行ってるよ〜。」


「分かった〜。」とのんびりした声が教室の前方から聞こえる。

いつもは昼休憩になれば二人で屋上へ向かうのだが、

今日は何やら用があるらしく、先に行っておいてくれ。とレムから言われたのは朝のHR前。

まぁ、大方ランバダさん絡みの何かだろう。


屋上へ続く階段に足をかける。

と、その時、


「ねぇ!破天荒さんの話、聞いた!?」


どこの誰かも分からない女子の声がした。

しかし、その文には聞き捨てならない単語。

シャイナは思わず足を止め、声の出先を探った。

どうやら、廊下にたむろする女子集団からの発信らしい。

壁に体を預け、携帯を取り出し、不自然にならないよう、会話に耳を傾けた。


「聞いた! 女の子と一緒にいたって!」

「私も! 街中歩いてたらしいね!」


『…スズかな?』


以前、目の前であの2人の会話シーン見たが、あの時の破天荒さんの雰囲気はいつもと違った。


きっと、あの人にとって、スズは特別なのだろう。


それが恋愛としてなのか、可愛い後輩としてなのかは定かではないが。

最近は会う頻度が増えたとも言っていたし。


「私、見たよ! 後姿だけど。」

「えぇ!? 彼女かな?」

「分からないけど、仲よさそうだった。」

「破天荒さんが女の人と2人でいるなんて珍しいんだから、きっと彼女だよ!」

「どんな人だった?」

「えっと、金髪で…。」


そのワードに、シャイナは確信を持つ。

やっぱり、スズだ。




「長い髪をみつあみにしてたよ。」




――思わず、携帯を落としそうになった。


「うわぁ、ショックー。」

「狙ってたのにな〜。」


女子たちの悲痛な声が遠く感じた。



コンパスは半円を描く


(ゴールはまだ見えない。)


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