日曜日。

雲ひとつない青空の下、つばの大きな麦わら帽子を被ったスズは、キョロキョロとあたりを見渡していた。

周りには私服を纏ったものはもちろん、スズの通う学校とは違う制服を来た者や、父兄と思われる大人たちもいる。

人ごみの中、彼女は見知った顔をようやく見つけた。


「レム!シャイナ!」


ほっとした表情を浮かべながら、二人の名を呼ぶ。

焦りからか、緊張からか、スズの声は僅かに掠れていた。

中に入ったら、まず水を飲もう。と自分を落ち着かせる。


彼女の声に、私服を着た二人は振り返り、


「スズ!よかった!見つかって!」


スズの元に駆け寄りながら、安心したように笑った。


「さて、そろったし、入ろっか!」

「うん。」


返事をして、スズは目の前の建物を見上げた。


市立競技場。高校サッカー県予選の試合会場だ。

そう。彼が助っ人として出場する試合の。


『今週の日曜、見に来るか?』

『えっ!? 私が行って大丈夫なんですか?』

『会場は誰でも入れる。』

『う〜ん…でも一人で行くのは…。』

『友達で、うちの高校通ってるやついないのか?』

『とても仲のいい子が二人。1年生です。』

『俺が知ってるかどうかは分からね―けど、名前は?』

『シャイナとレムです。』

『はぁ!? レム!?』

『ご、ご存じですか?』

『知ってるもなにも…。』


〜♪

『もしもし。』

『あ、レム? ちょっといい?』

『いいよ〜。どうしたの?』

『レム、日曜のサッカー試合見に行くでしょ?私も一緒に行っていい?』

『えっ!?何で知ってるの!?行くけど…。』

『…ランバダさん…だっけ?』

『!!!??』

『破天荒さんから聞いた。 仲いいんでしょ?』

『!! 仲いい…けど。』

『ふふ。 今度はレムの話を詳しく聞かないとね。』

『ちょっ、スズ!』 


という会話があったのは、一昨日の木曜日。

どうやらレムは、破天荒が助っ人として、この試合に参加することを知らなかったらしい。

事情を説明すると、レムは快く承諾。

シャイナも誘って三人で見に行くことにしたのだった。


「にしても、今度はサッカーの助っ人か。」

「この前はバスケだったね。」

「…本当に万能なのね。」


入場口を通って、スタンド席に移動する。

割と早い時間に集合したこともあり、一番前の席をとることが出来た。

目の前に広がるコートは思ったよりも広い。

入場してきても、彼を探すのは大変そうだ。

スズは初めて生でみるサッカーの試合に胸を躍らせつつ、手に入れた水分を口に含みながら、選手入場を待った。


―――


「あっ! きたきた!」


シャイナの声に顔を上げると、彼女らの高校のサッカーチームがコートに入ってきていた。

帽子のつばを上げ、影のかかった視界に光を当てる。

彼を見つけるのに苦労しそうだ、と考えていたが…


「…見つけた。」


思ったよりも、彼の派手な金髪は目立つようだ。

念のため、背番号も確認してから、選手全員を見渡す。


「レム、ランバダさんってどの人?」


スズがレムに問いかけると、レムは「えっ!?」と驚き、しばらく教えるのを渋っていたが、


「背番号10。黒髪の人。」


頬を少し赤く染めながら、小さな声で教えてくれた。

背番号を頼りに探すと、破天荒と話をする、黒髪の青年を見つけた。


あの人が…。


スズが、見つけたとばかりに片目を瞑れば、レムは照れ臭そうに、眉を顰めて笑っていた。


ほどなくして相手チームも入場し、両チームとも整列する。

一礼後、選手たちは広いコートに散り散りになっていった。

試合開始のホイッスルが高々と鳴る。

同時に大きな歓声が両スタンドから上がった。


―――


試合終了のホイッスルが鳴った時には、スズの持つペットボトルは空になっていた。

サッカーのルールをよく知らないスズだが、この試合が白熱したものだったというのはよく分かる。

おかげで、興奮ゆえか口がよく乾き、気づかぬうちに手元の水を飲み干していた。

試合は2−3でこちらの勝ち。

3点のうち、1点はランバダが、1点は破天荒が決めたものだった。

試合中、ボールの行方を気にしながら破天荒を目で追っていると、彼はおおよそ助っ人とは思えない動きでチームをフォローしていた。


さすがあの人と言うべきか…。


さすがに試合中に目が合うなんてことはなかったが、スズの視線は彼に釘付けだった。


だが、問題が1つ

場面は彼がゴールを決めたとき。

彼の蹴ったボールがカーブを描きながら、キーパーの伸ばした手の上を通り過ぎた瞬間だった。


「やったぁ!」


スズが思わずガッツポーズをして、喜びの声を上げると、


「キャーーー!」

「さすが破天荒さん!!」


と、後ろから黄色い声が聞こえてきた。

思わず振り返ると、席から立ち上がり大きく手を振っている女子たちがいた。

それもわりと多い人数。

思わず、眉間にしわをよせていると、


「人気だって言ったでしょ?」


と、隣のシャイナが苦笑いを浮かべていた。


予想していたし、知っていたけれど…。


その光景をまじまじと見せつけられて、スズは少々複雑な気持ちになった。



試合が終了し、しばらくすれば、競技場内の人はほとんど帰ってしまう。

だがしかし、どういうわけか、競技場の外には女子高生がわんさか残っていたのだった。

昼間は暑いくらいだったが、夕方になると徐々に冷えがくる。

スカート丈が短い女子高生たちの足元は、とても寒そうだった。


「ここで待ってるの?」

「うん。待ち合わせ、ここって言われてるから…。」


三人は、選手専用の競技場出口から少し離れたところにいた。

聞くところによると、てんこ盛りの女子高生たちは、選手たちの出待ちをしているのだそうだ。

どうして、帰らずに、だが出口から(というより女子高生たちから)離れたところにいるかというと、

なんでも、レムがランバダさんと待ち合わせをしているらしい。


「…付き合ってはないんだよね?」

「ないよ!」

「なのに待ち合わせ?」

「…この前借りたタオル、返したいって言ったら、今日がいいって言われたから…。」

「で、タオルと一緒に握りしめている箱は何?」

「…タオルのお礼と、試合お疲れ様ってことで、お菓子を…。」

「はぁ〜。レムも隅に置けないわね〜。」


スズの問いかけに、どんどん声を小さくしながら答えるレム。

それと反比例して、どんどん増していく顔の赤味。

シャイナは手を広げながら、ため息を吐き、首を振っていた。


ザワザワ

急に辺りが騒がしくなる。

視線を向けると、ジャージに着替えた選手たちが出口から出てくるところだった。

と、出口から金髪と黒髪が覗いた瞬間、


「キャーー!!!」

「破天荒さん、ランバダさん!!!!」

「今日はお疲れ様でした!」


更に歓声と黄色い声が増した。

思わず、耳をふさいで、眉間に皺を寄せる。

さっきまでの疲れた顔はどこへやら。彼女たちは、満面の笑みを見せていた。


「…ランバダさんも人気なのね。」

「うん、まぁ…ね。」


レムは困ったように首を振った。

これは、彼がこちらに来られるまで時間がかかりそうだ。


「う〜ん、時間かかりそうだなぁ…。 二人、先帰る?」

「大丈夫よ。一緒に待つわ。」

「一緒に夕飯食べに行きたいしね。」


スズとシャイナの返答に、「ありがとう。」とレムは可愛らしい笑顔を見せた。

しかし、隣にいる彼女たちから視線を外してランバダを見つめるレムの表情に、胸が苦しくなる。


『あぁ。痛いなぁ。』


スズの胸に無性に泣きたくなるような感情が広がって、喉もとが詰まる。

どうしようもなく空を見上げれば、まだ明るい空に、半月が淡く映っていた。


それからかなり時間がたった。

なおも引け知らずの女子たちに、三人の表情はもはや呆れしかなかった。

どうやら彼女たちは、憧れの人と写真をとりたいらしく、破天荒は女子と並んではカメラを向けられている。

胸の痛みが一向に収まらない。


「これは、しんどいわね。」


スズの呟きに、レムも大きく頷いた。


「そりゃそうよ。片思い中とはいえ、あれをよく思う人はいないわ。」


シャイナは、顔を引きつらせながら、必死になる女子たちを見る。

すると…


「おっ!」


シャイナの声に、ため息を吐いて俯いていたレムとスズは顔を上げた。

黒髪の青年が、こちらに向かって走ってくる。

それを確認した途端、レムの顔に一瞬で赤が広がった。

彼女が、手元のタオルと箱を握りしめ直すのが分かる。


「行っておいで、レム。」


スズの声に、レムは大きく頷くと、小走りで青年の方に向かった。

「ランバダさん!」とレムが彼の名をを呼ぶ声が聞こえる。


「いいなぁ〜。」


スズは自然と口にしていた。

その呟きに、隣のシャイナは静かに笑う。


「レムも頑張ってるんだから、スズも頑張らないとね。」


レムがタオルと箱を手渡すのが見える。

青年は驚いた表情を見せた後、不器用に笑顔を見せていた。


「そうね。頑張らないと。」


スズは目を細め、頑張る友人の後姿を見つめた。

すると、彼女が振り返り、こちらに視線を寄こす。


「ねぇ、スズ!シャイナも!」


何を思ったのか、彼女がこちらに向かって手招きをした。

思わず動きを止めて、レムと青年を凝視する。

それでも再度、笑顔を見せながら手招きをするレムに、理解が追いつかないまま、歩を進めた。


「ランバダさん。この子が前に話したスズです。」

「…どうも、初めまして。」

「…おう。」

「この人はランバダさん。私と同じ地区に住んでて、昔からよく面倒見てくれてるの。」


レムの紹介を受けながら青年を見る。

目元こそ鋭いものの、その整った顔立ちに、なるほど、モテそうだな。と納得した。


「悪いな、急に呼んだりして。」

「あ、いえ…。」

「あいつに協力を頼まれてな。」


「協力?」とスズが反復すると、ランバダの背後から足音が聞こえた。

首をかしげて、視線を向けると…


「…えっ!?」


破天荒がこちらに向かって走る姿が見えた。


彼の後ろには、まだ写真を撮りたがっているのであろう女子たちの姿。

破天荒は「ちょっとタイム!」と彼女たちに掌を突き出して、こちらへやってきた。


「はぁ…。」

「感謝しろよ。」

「おう、サンキュ。ランバダ。」


ランバダは破天荒を横目で見ながら、腕を組んで不敵に笑っていた。


「破天荒…さん?」


スズは頭が追いつかないまま、彼の名前を呼ぶ。

破天荒は、息を整え直して、スズに向き直ると、


「オッス。」


いつものように笑顔を浮かべた。



「どうして…?」

「ん?いや、せっかく来てくれたし、話しときたいと思ったんだが…。」


そこで言葉を切って、彼はちらりと後方を窺う。

そこには、こちらをじーっと見つめる、女子たちの姿。


「なんせ、あんな状態だから、ただ喋るっていうのも難しくってな。」

「……大変ですね。」

「だから協力してもらって、ランバダの近くに寄ってきてもらったんだ。」


「あいつら二人が一緒にいると、女子たちが近づき辛いからな。」と、彼は小声で付け足した。


なるほど。

レムとランバダさんは、もはや公認なのか。

まだレムの片思い段階だというのに、恐るべし情報網。


「なるほど。」とスズはくすぐったそうに笑った。


「そこまでしてお話しにきてくれて、ありがとうございます。」

「礼を言うのはこっちのほうだろ?わざわざ見に来てくれてありがとな。」

「いえ、そんな…。とても楽しかったです。」

「ならよかった。」


横から、シャイナとレムの視線を感じる。

なんならランバダさんの視線も感じる。

そんなにジロジロ見ないでよ。


「ごめんなさい。お話できると思ってなかったんで、差し入れとか、何も用意してないんです。」

「そんなの、来てくれただけで十分。」

「活躍してましたね。お疲れ様でした。」

「サンキュ。まぁ、気合い入ってたしな。」


「助っ人とはいえ、手は抜けませんもんね。」とスズが笑いかければ、

「…まぁな。」と破天荒は、困ったように笑っていた。


「さて、そろそろ戻るわ。」

「後ろから、みなさんの痛い視線を感じますもんね。」

「怖ぇ…。」


ちなみに、その視線。私にも向いてるんですけどね。

女子の嫉妬は恐ろしいとはよく言ったものだが、


なるほど。こういうことか。


今日は学習することが多すぎる。いい意味でも、悪い意味でも。


「そんじゃ、また来週に。」

「はい。お疲れ様でした。」


破天荒は、最後に無邪気な笑顔を向けると、ランバダと共に出口の方へ戻っていく。

スズは火照る顔に手を当てながら、痛いほど視線を投げかける二人に向き直った。


「ちょっと!見過ぎじゃない?」

「え、だって…。」

「二人が話してるところ…っていうか関わってるところを初めて見るわけだし…。」


二人とも、表情がゆるゆるだった。

まったく、もう…。

「逆に話しづらいじゃない…。」と彼女が腰に手を当てた時。






「スズ!」






――時が、止まったような気がした。






大好きな声が、彼女の名を呼んだ。


勢いよく顔を上げて、呼ばれた方を向く。


視線の先の破天荒は、手を振りながら笑っていた。




「気をつけて帰れよ!」




横からも、彼の後ろの女子たちからも視線を感じる。

そんな、わざわざ言わなくても…。

女子の嫉妬は怖いって知ってるでしょ?


でも…。



そんなことはどうだっていい。





――初めて名前を呼んでくれた。





「はい!」



スズは顔に熱が籠るのを感じながら、手を振り返した。





下敷きの色は透明

(どうか、この想いが)
(誰にもバレませんように。)



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