珍しく書庫に足を運ばせて、

本当に珍しく本を読んだりしてみたところ、

いてもたってもいられなくなって、私は歩を進ませた。


そんなに急がなくてもいいと頭では言い聞かせながらも、靴底が鳴らすリズムはどんどん速くなる。

目的の扉が視界に入るころには、走り出していた。

勢いよく扉を開ければ、真っ先に目に飛び込んだのは、椅子に座った状態で扉の方を凝視していたであろう、彼の姿。

きっと、あまりにも早急な足音に、何事かと仕事の手を止めたのだろう。

しかし、私の顔を見るや、そんなに大したことじゃないのだろうと察したらしい。

彼は椅子を回転させて、机に向き直ってしまった。


「ランバダ様! 聞いてください。」


私が乱れる息もそこそこに口を開けば、「手短に。」とぶっきらぼうな言葉が返ってくる。



「お月見、しませんか?」



続けて発せられた提案に、次は、随分と眉間の皺を濃くした表情が振り返った。


―――


「よし! ここならよく見えます。」


空を仰ぐ私の横で、ポケットに手を入れ、ムスッとした表情を崩さない彼。

とてつもなく嫌そうな顔をするランバダ様を、ほぼ無理やり部屋から連れ出して、

やってきたのは、最上階の更に上、基地の屋根上だった。

ここならよく見えるし、夜風が心地よい。


真っ暗な空に浮かぶ光は、綺麗な満月だった。

両腕を月に向かって伸ばしながら、チラリと彼を盗み見る。


嫌々ながらも、私が強く引けば、ランバダ様は抵抗しない。

私に甘すぎますよ。 


でも、そんなところも好きです。


私は、思わずあふれ出た笑顔を、隠すことなく彼に向ける。

それを見た彼は、大きなため息をついた後、おとなしくその場に腰を下ろした。

私も彼のすぐ横に座る。

ちょっと冷えるからという名目の下、距離は近めに設定した。


「何で急に、月見なんて言い出したんだ?」


ランバダ様は月を見上げながら私に問う。

その瞳に月の光が映り込んでいて、なんだか引きこまれそうだった。


「今日は、月とこの星が一番近づく日なんだそうですよ。」

「そうなのか?」

「はい!テレビで言っていたので間違いありません。」


私は胸を張って答える。

いつもバカだバカだと言ってくるが、これで少しは見直したのでは?

「あぁ。そう言えば今日はテレビ見てないな。」という横からの呟きに、

そんなに仕事ばっかりしていたのか。と、私は思わず苦笑いを顔に張り付けた。


「珍しい現象なんですよ? だから見てみたくって。」

「何で俺なんだよ。」

「私はランバダ様と見たかったんです!」


思い切って撃った言葉は、「ふ〜ん。」という愛想ない相槌に見事に打たれた。

ここまで反応がないと、さすがに心が挫けそうだ。


でも、今日はここからが本番なんだから。


私は膝を抱え直して空を、月を、見つめた。

横の彼も、何も言わずに月を見上げる。

この胸の高鳴りがバレないように、小さくゆっくり深呼吸をした。


「…ランバダ様。」

「なんだ?」



「月が…きれいですね。」



書庫で手に取った本に記されていた。

どこかの王国では、『月が綺麗ですね。』という言葉は、相手への告白と同等の意味を持つらしい。

それを読んだら、いてもたってもいられなくなった。

きっと、今日という日にこれを知ったのは、何か意味があるに違いない。

この言葉を、あの人に伝えたい。

そう思った瞬間、廊下に飛び出していた。


博識あるランバダ様のことだから、きっと倉庫の中の書物は一通り目を通しているはずだ。

あの本を読んでいるのなら、


この言葉の意味を、私の想いを、汲んでくださるかもしれない。


期待を胸に、でも彼の顔を見るのは怖くて、月ばかりに目を向けていれば、


「あぁ。」


と、いつもと変わらない単調な相槌が返ってきた。

日常と変わらない声のトーンに、私の抱いた期待は見事に打ち砕かれる。


さすがのランバダ様も、あんな、おとぎ話のようなタイトルの本までは読んでないのか。


伝わらなかったことを残念に思う反面、知らなくてよかったと思っている自分もいた。

やはり、気持ちを伝えるのは怖いのだ。

これでよかったのだ。と言い聞かせれば、急に重たくなってくる瞼。

きっと、言えて安心したのだろう。

理解した頃には、私の意識は夢の中だった。


―――

横から静かな寝息が聞こえる。


「こいつ、自分から誘っておいて寝やがったのか。」


俺は肩にかかる水色髪を睨みつけたが、幸せそうな顔で眠るレムを見れば、怒る気も失せた。

また月を見上げる。

月なんて、いつも気にして見ているわけではないのだから、距離が近いと言われても、いまいちピンとこない。

試しに腕を伸ばしてみたが、もちろん掴める訳もなく、距離が測れる訳でもなかった。

まだまだ仕事は残っているが、

明日は、こいつが散らかしたであろう書庫の整理をする必要がありそうだ。

夜の匂いが鼻腔を掠めたかと思えば、風が頬に当たり、隣で眠るレムの髪をさらう。

肩口にかかる穏やかな呼吸に、俺はまた小さくため息をついた。


「なぁ、レム。」



「月、綺麗だな。」





月夜にワルツを

(幸せな夢の中で)

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -