決戦の木曜日。

いつものように、机の上に教科書とノートを広げてはいるものの、スズの注意はそちらには全く向いていなかった。

教科書の同じ行の文章ばかりを何度も読んでは、さっきも読んだのにと自分に呆れて、ため息をつく。

おろしたてのスウェットは、洗濯したてで、柔軟剤のいい香りがした。


『大丈夫かなぁ。変じゃないわよね?2人もこれがいいって言ってたし…。』


しきりに髪の毛を整え、ヘアピンの位置を確認する。

もちろん、彼に貰ったものだ。

普段は卓上に飾られていない鏡も、今日ばかりは活躍の場を得たようだ。


机の引き出しを開けて、中から包みを取り出す。


『何とか見つけたけど、まだちゃんと好きよね?好み変わってたりしないわよね?』


ブツブツ心の中で唱えながら、オレンジのトゲトゲを見つめる。

普通のスーパーなんかには売っているはずもなく、僅かな望みをかけてネットに頼ったところ、なんと売っていたのだ。

しかも翌日配達という至れり尽くせり具合。

スズは迷わず購入ボタンをクリックしたのだった。


コンコン


来た!

スズは包みを後手に隠しつつ、カーテンと窓を開ける。

いつもは何とも思わないはずの夜の風が、今日はとても穏やかに感じた。


「よぉ。」

「こんばんは。」


さぁ、月曜日の二の前は演じないわ。



「おっ!着けてくれてんだな。」


破天荒は、自らの頭を指差しながら嬉しそうに笑う。


「えぇ。お気に入りですよ。」


スズはヘアピンに触れながら、はにかんで見せた。


『あんたは行動を起こす前に考えすぎちゃうから、もっと素直になれるように意識しなさい!』


一昨日、電話越しでシャイナに言われた言葉を何度も頭の中で繰り返す。


「でも、月曜日も着けてましたよ?」

「あぁ…わりぃ。あの時は完全に寝ぼけてた。」


「あんまり話した内容覚えてないんだよな。」と決まり悪そうに頭を掻く破天荒。


話した内容も何も、私が焦ってたので何も話していませんよ。


「あはは。」とスズは言葉を飲み込みつつ、苦笑い。


「さて。」と呟いた破天荒は、椅子に腰を下ろす。

それを合図に、あらかじめ用意しておいた座布団にスズも座った。


「今日は、まず私からいいですか?」


話の流れを持っていかれないうちに、スズは切り出す。


「おっ!初めてだな。 何かあったのか?」

「何かって訳ではないのですが、先に目的を達成しておこうかと。」

「…目的?」


スズは中身を割らないように、でもしっかりと握っていた包みを、破天荒に向かって差し出す。

何も言わず、ただ笑顔を浮かべて、両手を差し出すスズに破天荒は首をかしげながら近寄った。

掌を覗きこむ。瞬間、彼の眼の色が変わった。


「うおぉ!これって…。」

「差し上げます。」


目に見えてテンションが高くなっている破天荒に、スズは顔には更に笑みが広がる。

破天荒は、まるで壊れ物に触るかのように包みを受け取ると、月明かりに透かすように、それを掲げた。

その光景は、半年前のあの日を彷彿とさせる。

やはり、彼の瞳は手元の砂糖菓子よりもキラキラと輝いていた。


また、この表情を見れてよかった。


前回はなんとなく流してしまった光景を、今度はしっかりと目に焼き付ける。


「金平糖。しかもオレンジ味じゃねーか!」

「よかった。まだ好みは変わっていなかったのですね。」

「お前、よく覚えてたな!」

「記憶力は、いい方なので。」


スズは自らの頭を軽くつつく。


「お礼…です。」


スズの言葉に、子供のようにはしゃいでいた破天荒は動きを止め、彼女を見下ろす。


「公園で助けてくれたことと、このヘアピンの。」


スズはおもむろに立ち上がり、破天荒を見つめる。

ベランダより部屋の方が一段高いこともあり、いつもより彼の眼が近い。

それでも、まだ彼の目線のほうが上だった。


目をまっすぐ見て。素直に。



「どちらもすごく嬉しかったんです。 ありがとうございました。」



スズは素直な言葉と表情を、目の前の彼に送った。


顔が熱い。赤く火照っているかもしれない。

ふわりと、風が髪をさらい、春の夜の匂いが優しく香った。

ちゃんと伝えられたことに満足しながら、破天荒の言葉を待つ。

彼は驚いた表情を浮かべていたが、すぐにフッと肩の力を抜き、笑った。


「お前からそんな言葉が聞けるとは思ってなかったよ。」


手が、スズの頭に伸ばされ、


「嬉しいよ。サンキュ。」


髪の毛が崩れない程度に、撫でられた。

更に体温が上がる。

耐えきれなくなって、思わず、両手を胸の前で握った。

夜の心持ち涼しい程度の風では、体の熱は冷めてくれない。


「やっぱり、お前はそっちの方がいいぞ。」

「…えっ?」


そっち。が指す方向が分からず、スズは撫でられたまま、破天荒を見上げた。


「前まではこう、大人びてるっていうか、こいつ本当に年下か?って思ってたけど。」


彼の眼が優しい。


「年らしく、笑ってる方がいいってことだ。」


「なっ?」と頭を優しく押さえられ、腕は引っ込められた。

ドクドクと脈打つ心臓を抑えつけながら、息を吸う。

喉もとで閊えそうな言葉を、何とか絞り出した。


「…人前だと、つい口数が減って…表情が、硬くなってしまう、のは、以前からの悩み、です。」


一文の間に何度も息を吸って、紡いだ言葉は、普段のものより掠れていた。


「でも、俺にその顔ができたんだ。きっと、もっと笑えるようになる。」


彼の表情を見れず、目線を下に向けるスズに、優しい言葉が降ってくる。


彼がそういうなら、出来るような気がした。


「…頑張ります。」

「おう。」


顔を上げれば、破天荒は歯を見せて笑っていた。

彼は再度椅子に座り、スズも腰を下ろす。


「さぁ、楽しいトーキングタイムだ。」


破天荒は前かがみになり、膝に手を置いた。


「今日からは、お前の話も聞かせてくれよ。」

「…はい。」


あなたに、もっと、私という人を知ってもらいたい。


お話しましょう。


口下手なのは、許してくださいね。





分度器用意、角度確認

(焦点合わせて、狙い撃ち)



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