月曜日の朝。

いつも通りの時間に、いつも通り、家のカギを閉める。

天気は晴れ。今日は午後から暑くなると、画面向こうのお天気キャスターは言っていた。

朝はちょうどいいくらいだなぁ。と、空を見上げるスズの前髪には、貰ったばかりのヘアピンが光る。

週初めとは、基本的に憂鬱なものだが、今日の彼女は違った。

むしろ踊りだしたいくらいに、足が軽い。

なんなら鼻歌でも歌いながら駅まで行きたいくらいだった。

すると…


ガチャッ


隣の家から扉の開く音がする。

肩を震わせた彼女は、正体を確認しないまま、反射的に家の塀に隠れた。


恐る恐る、塀の空いた隙間から隣の家を覗く。

中から出てきたのは、幸か不幸か、制服を着た破天荒だった。

隙間から彼を確認したスズは、上げそうになった声を気合いで押し殺す。


先週からの今日で、いきなり朝から対面だなんて…。


実のことを言うと、家を出るタイミングが重なったのはこれが初めてではない。

彼女が中学生だったころは、それこそ、かなりの頻度で彼の登場に遭遇していた。

しかし、つい先週まで彼のことを苦手だと言い張っていたスズだ。

彼を見つけるなり、滑り込むように家の中に逃げ込んで、タイミングをずらしていたのだ。


だが…


どうしよう。 口元のにやけが止まらない。


スズは抱え込んだカバンをギュッと握りしめて、目を瞑る。

両頬を軽く叩くと、意を決したように目を開き、立ち上がった。

なんだか、さっきよりさらに空が眩しく見えるだなんて、都合が良すぎる。

高鳴る鼓動を胸に、スズは一歩、踏み出した。


「お…おはようございます。」

「ん? おぉ。おはよう。」


家の門から出た破天荒に声をかける。

上ずらないよう、気をつけながら。


「珍しいな。朝から会うなんて。」

「本当ですね。偶然です。」


以前はわざと避けてました。なんて絶対に言えない。


「駅の方だよな?」

「えぇ。学校は市内なので。」

「毎朝、大変だな。」

「破天荒さんは…学校すぐ近くですよね? 出発するには早すぎるのでは?」


「あぁ。普段ならもっと遅い。」と破天荒はカバンを肩にかける。

スズが歩く側とは反対の肩にかける辺りが、彼の優しさだ。


「今日は普段ではないんですか?」

「サッカー部のやつらに、助っ人頼まれてんだよ。今日は朝練。」

「助っ人? 大会か何かあるんですか?」

「あぁ、今週の日曜だとよ。」

「…運動神経いいですもんね。 他の部活からも声がかかったりするのでは?」

「あぁ。よくやってるよ。断るのも悪いしな。」


破天荒はまだ眠そうに眼をこすり、腕を伸ばした。


なるほど。

以前から、同じタイミングで家を出ようとした時は、部活の助っ人をやっていた時だったのか。

優しいから、頼まれたら断れないんだろうな。


スズは、なんとなく幼い表情になっている彼を見上げ、小さく笑った。

どこかボーっとしている彼は、それすらも気づいていない様子。


眠気のせいか、いつもに比べると、彼の口数は圧倒的に少ない。

スズは途切れた話題の続きを探した。


『えっと…何か話題。』


金曜の夜、彼に言われた言葉を思い出す。


『私の話も聞きたいって言ってくれていたけれど、話題なんてないし、どうしよう。』

『何か喋らないと、もうすぐ分かれ道になってしまう。』

『っていうか、そもそも一緒に行きましょうって言ったかしら?言ってない!』

『それなのに、一緒の歩幅で歩いてるなんておかしくないかしら?』

『あぁ!初めっからだめだめじゃない!』


考えれば考えるほど、話題よりも反省ばかり見つかり、あわあわとする。

隣の彼は、そんな様子に気づく訳もなく、むしろ話題がないことすら、気にしていない様子だった。

そして…


「そんじゃーな。気をつけて行けよ。」

「あ、はい! 練習、頑張ってください!」


足を自らが進む方向に向け、手を上げた破天荒に、スズは何度もお辞儀をして、駅のほうに向きなおった。



あぁぁぁぁぁぁ!!



自然と足が速くなる。

顔が熱い。胸が苦しい。


『だめだめじゃない!』


自分のあまりの慌てっぷりと、話下手に奥歯を噛みしめる。


『あの人が話してくれなきゃ、私からは何も切り出せないなんて!』


電車に乗って座席に着くなり、がくりと項垂れた。


『私の話も聞きたいって、言ってくれたのに。』


頑張るって、決めたのに。

レムとシャイナが応援してくれてるのに。


乗客の迷惑にならない程度に、大きなため息をつく。


あぁ、このままでは…




シャーペン芯は行方不明

(先生。 先に進めません…)

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -