4月中旬。

すっかり桜も散ってしまったものの、学生の休みボケは未だ抜けない時期。

過ごしやすい気候もあって、眠りに誘われる昼下がり。

教師の「ここ重要です。」の声に、スズは教科書から顔を上げた。

黒板には赤いチョークで大きく囲われた公式。 スズも同じようにノートの公式を赤く囲った。


彼女はこの春入学したばかりの高校1年生。

進学先は、県内でも有名な進学校。

昔から、周りの同級生より冷静で、賢かった彼女は、受験勉強の成果が実を結び、こうして第一志望に合格できたのだった。


と、校内に授業終了のチャイムが鳴る。 

先生の「これで終わります。」の声を合図に、生徒たちは手足を伸ばし、帰宅の準備を始めた。

スズもまた、同じく。 

一番重たい教科書を持ち帰るか迷った挙句、机の中に戻す。


明日の放課後、復習しよう。今日はお風呂掃除当番だから。


教室を出る際、すれ違うクラスメートに挨拶をして、靴箱を目指した。



彼女の出身中学からこの高校に来た者は他にいない。

つまり、元から知った顔はいないのだ。

少々心細くはあるが、大丈夫。 クラスメート全員の顔と名前は覚えたし、お昼ご飯を一緒に食べる友人だっている。

ただ、みんなと電車の方向が反対なので、帰宅は一人なのを残念に思うのだった。


ローファーに履き替え、すぐ近くの駅に向かう。

彼女が住んでいる土地よりは、幾分か都会なこの街にもだいぶ慣れた。

初日は、本数が多すぎて、どれに乗ればいいか分からなかった電車も、今なら流れ作業のように乗り込める。

電車発車のアナウンスと同時に、つり皮を握った。


今日は木曜日か…。やだなぁ。


少し億劫な気持を胸に、電車の到着を待った。



降車後、徒歩15分の我が家へ。

時刻は5時を回っているが、まだ外は明るい。

ただ、家への近道として横断する公園で、いつも遊んでいる子供たちは、よい子だから家に帰ったようだ。

しかし近辺の高校の制服を纏う者たちは、ちらほら見受けられる。

きっと彼らも学校を終え、家路についているのだろう。


歩くスピードを速めたためか、あっという間に家に着いた。

制服から動きやすい服に着替え、風呂場へ。


彼女の家は両親共働きで、夜も遅いことが多い。

だからこそ、家事は親子3人で分担して行っているのだ。

これに対して、スズは何の不満も抱いていない。

みんなが出来る範囲で、出来ることをやればいいのだ。


掃除がひと段落したら、簡単な夕飯作り。

そんな時に母から連絡が入った。

「今日は帰りが遅くなるだろうから、先に寝ててくれ。」とのことだ。

父は出張中なので、しばらく帰ってこない。

夕飯にありつき、そのままの勢いで風呂に入って、二階の自室へ向かう。

勉強机の上に、教科書とノートを取り出し、今日の授業の復習を始めた。

まだ難しくない内容だが、気を抜くと置いていかれてしまう。

幸いなことに、彼女は勉強が嫌いではなかったのでこれは苦ではなかった。


勉強がひと段落し、伸びをしていると、


コンコン


ベランダに続く窓の方から音が聞こえた。

一回目は無視。


コンコン


また鳴った。

ため息をついて、握っていたシャーペンをノートの上の放り投げる。


コンコン


「あぁ! もう!!」


スズは勢いよくカーテンを開けた。

予想通り、青年の笑顔が見える。

これまた勢いよく窓を開けた。


「もう! 暇人なんですか!? あなたは!」


スズは身を乗り出して、食らいつく。

対する青年は、


「来ること分かってただろ?」


ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。



「何してたんだ?」

「見ての通り! 勉強ですよ!」


スズは乱暴に、勉強机を指差す。

タイミングよく、ノートの上に乗っていたシャーペンが机の上に転がった。


「おぉ。相変わらず賢いなぁ、お前。」

「棒読みでのお褒めのお言葉、ありがとうございます。」


「そうカリカリすんなって。」と青年はベランダにもたれ掛かって、宥める。


「あなたこそ、何やってるんですか?」

「ん?俺? 俺は話し相手をしてもらいに来た。」

「毎度のことながら、なんで私なんですか?」

「だって、家隣じゃん。」

「別に、他の人に電話するとか、待ち合わせして遊びに行くとか!方法あるでしょう!?」

「電話は通話料の無駄。 こんな夜に高校生が外に出れる訳ねーだろ?」


「それは、そうかもしれないですけど…。」とスズは言葉を濁らせる。


「まぁ、お前も勉強の息抜きだと思って、な?」

「邪魔をされているんですが。」

「でも、毎度窓開けてくれるじゃねーか。」

「開けないと、あなたがうるさいからです!」


毎週の恒例行事

木曜日は隣の家に住む彼が、バイトが休みで暇だからと、人の迷惑を考えず押し掛けてくる。

正直、気乗りはしなかった。


「で、破天荒さん。今日は一体何を一方的に喋るおつもりですか?」


破天荒と呼ばれた青年は歯を見せて笑うと、そのままベランダの椅子に腰かけた。



破天荒

彼は、スズが中学2年の時、彼の高校入学と同時に隣へ引っ越してきた。

引っ越しのあいさつで我が家を訪ねてきたとき、ちょうど親が不在でスズが出たのだが、その見た目に驚いたことを今でも覚えている。

目立つ金髪、派手な顔立ち、高身長。


なるほど、これが俗に言うイケメンというやつなのか。


男に疎いスズでも納得したものだ。

現在、彼は高校3年生。 家の近くにある普通校に通っている。

この奇妙な日課は彼が引っ越してきて半年が過ぎた頃から始まった。

ある日突然、ベランダがノックされたのだ。

普通はびっくりする。恐る恐るカーテンから覗いてみれば、笑顔で手をあげる彼の姿。


「こんばんは。 俺の暇つぶしに付き合ってよ。」


この日から、スズは彼のことが苦手になったのである。


日中は暖かいとは言え、夜は冷える。

スズはパーカをはおり、窓際まで移動させた座布団に座った。

さすがに、夜な夜な女の子の部屋に上がり込もうとするほど図太い神経は持ち合わせていないらしく、彼はいつもベランダで話をするのだ。


「〜…ってなわけで、どう思うよ?」

「はぁ、どうと言われましても…。」

「俺が悪いと思う?」

「いや、それは思いませんけど…。」


今日も今日とて、彼の今週の出来事を聞きながら、それとなく相槌をする。


「だよな! はぁ、よかった。安心した。」


破天荒は大きく息を吐き出すと、椅子から立ち上がる。


「さて、俺の話も終わったところで、今日はこのへんで帰るとするか。」


その言葉に、やれやれとスズもため息を吐いた。


「今日もサンキュな。 ほれ。」


破天荒がスズに包みを投げる。

それは、吸い込まれるようにスズの手に収まった。

変わった形のチョコレート菓子。


「勉強のしすぎもよくないぜ。 ほどほどにな。」


振り向きざまにそんなことを言うと、彼は手を振る。


「じゃあな。 おやすみ。」

「…おやすみなさい。」


破天荒は、ベランダの柵を軽々と飛び越え、自分の部屋の出窓から、部屋に戻っていった。


未だに、あの人の身体能力がどうなっているのかよく分からない。

スズは自分の窓の戸締りを確認してから、カーテンを引いた。

握りしめているチョコレートを見る。

またため息が1つ。


「これ、いつまで付き合わされるのかしら。」


毎回寄こしてくる、駄賃のお菓子が幸いと言えよう。

だが、やっぱりあの男は苦手なのだ。


「チャラチャラしてる人は、苦手だ。」


スズはチョコレートを引き出しに仕舞い、再度教科書に向き直った。




ものさし常備は必須事項

(できれば、一定範囲以上近付いてほしくない。)


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