「うっ……………く、」
どれくらい泣き続けただろう。
私の顔はおそらく涙でぐちゃぐちゃで、目も腫れてるだろうと思う。
それでも体育館裏でうずくまる私の口からは未だ、止めることができない嗚咽がこぼれた。
涙の理由は大したことじゃない。
ただの失恋だ。
片思いをしていた先輩に、ふられてしまった。
たったそれだけのこと。
それだけのことなのに私は今、死んでしまいたいとさえ思っている。
いや正確にいえば、死にたいわけじゃなく、消えてしまいたい。
先輩に愛されない、無価値の私なんか消えてしまえばいい。
「消えたい……………消えちゃえ…………っ」
声に出せばそれが叶うのではないか、と。
試してみたけれどもやっぱり私はここにいて、相変わらず泣き続けている。
苦しくて苦しくて、私はますます身体を丸めて小さくなった。
そのときだった。
「─────どうか、しましたか?」
頭上から遠慮がちにかけられた声に私はびくりと肩を震わせて顔を上げた。
そこにいたのは見知らぬ男子。
運動部らしく、随分ラフな格好で手首にはリストバンドをしている。
その色素の薄い瞳が驚愕に見開かれたのを見て、顔を上げてしまったことを後悔する。
「何でも、ないっ………ただの失恋だから…あっち行って」
こんなぐちゃぐちゃな顔を見られてしまった。
ささくれ立った今の私には、羞恥心よりも、顔を上げさせた目の前の彼への怒りの方が強くわいてきて、冷たい言い方しかできない。
「消えて、お願い………!」
その言葉の矛先は、彼に見せかけて実は自分。
膝に顔を埋めながら叫ぶように言うと。
突然、ふわりと何かが私を包んだ。
暖かい感触。
「まるで、人魚姫みたいですね」
耳元で聞こえた声に驚いた。
顔を上げると、目の前には彼の肩。
「泡になって消えちゃうんですか?」
彼が何を思ってその喩えを出したのかは分からない。
でも、人魚姫、というワードは私の胸に突き刺さった。
王子様に恋した人魚姫。
最後には失恋して、泡になって消えた人魚姫。
「消えたい………泡になって消えちゃいたい…………!」
人魚姫の末路を羨ましいとすら感じて叫ぶようにそう言うと、私の背中に回された彼の腕に力が籠もった。
「消えさせません」
力強い声音。
「ボクが王子なら、絶対に運命の人を間違えたりしない。人魚姫を海に帰したりしない。消えさせたり、しない」
ボクが王子なら、と念を押すように再び繰り返された言葉に、私の瞳からまた熱い涙が溢れ出した。
「私の王子様が、あなただったらよかったのにっ…………」
残念ながら私の王子様は私をふってしまい、私はもう泡になるのを待つばかり。
彼のことは全く知らないけれど、もしも彼が王子様だったらこんなに苦しい思いをしなくてすんだのかな、なんて不毛なことを考えていると。
「今からでも遅くはないですよ」
「え?」
何を言われたのか分からずに呆けてしまっていると、身体を離されて彼が私の両頬を掌で包んだ。
私を見つめるその深海の瞳に溺れてしまうような錯覚に陥り、抵抗することも忘れてしまって。
「今からでもいいです。ボクはあなたの王子にはなれませんか? 人魚姫さん」
痛いくらいに真っ直ぐ私を見つめてくる彼の瞳に映る私の顔は情けないくらい間抜けな顔をしていた。
(一目惚れ、といったら笑いますか?)