私は今焦っている。
そりゃあもう、ものすごく。
何故なら私は今、命の危機に瀕しているからだ。
「ね、早く食べてみて!」
目をキラキラさせながら私を急かすのは、さつきちゃん。
ああ、可愛いなあ。
すっごくさつきちゃん可愛いのになあ。
何で神様は彼女に料理の才能を与えてくれなかったんだろう。
私の目の前に突き出されているのは、さつきちゃんお手製のマフィン。
もう一度言う。さつきちゃんお手製のマフィンだ。
まるで彼女の幼なじみのように黒いその物体は、彼女曰わく「少し焦げちゃったけど」だそうだ。
あの幼なじみが「日焼け止め塗り忘れちゃった」と言うくらいムリがある。
もちろん匂いも焦げ臭い。
……しかも、その中に謎の刺激臭が混ざってる。
マフィンで刺激臭って何。
彼女が作ったのはマフィンじゃなくて、私の命を狙うマフィアだ。
「テツくんにあげようと思って作ったんだけど、味に自信なくて。だから誰かに味見してほしいなぁって」
毒見の間違いじゃないだろうか。
てか、自信ないなんて、そんなささやかな言葉で許されるレベルじゃないよさつきちゃん。
でも、もしここで私が食べるのを断れば、死ぬのは黒子くんだ。
帝光中男子バスケ部の大切なシックスマンの命、こんなマフィアに奪われるわけにはいかない。
「じゃ、じゃあもらおうかな」
頑張れ私。
一口食べるだけでいい。
少しかじって、「ちょっとしょっぱすぎるかな」とか適当ににごせばいいんだ。
一口くらいなら、さすがに死にはしないはず。
「わー! ありがとう! 助かるよ」
ニッコリと笑うさつきちゃんはやっぱり可愛い。
可愛いのに。
さつきちゃんは私の口元にマフィアを差し出した。
(神様、お願いだから彼女にひとつまみのギフトを!)