無意識の独占欲



(※日向視点)



昼休み、中庭で黒子を見かけた。
なぜ異常なくらい影が薄い黒子を見つけられたのかといえば、あまりにも空気が異質だったからだ。


ベンチに腰掛ける少女と、その膝に頭を乗せて横になる黒子。
いわゆる膝枕ってやつだ。
眠っているのか、安らかに目を閉じる黒子の髪を指先で弄びながら、微笑む少女。
奴らの醸し出す空気はまさしく。



「黒子って彼女いたんだな」


練習後、部室で着替える黒子になんとなしに話しかける。
黒子は相変わらず、何を考えているのかわからない瞳でこちらを見つめた。


「彼女……ですか? 残念ながらいませんが」
「はあ? じゃあ昼休みのあれは誰だよ」


そう言うと、黒子は一瞬考えるように沈黙した。
そして、ああ、と合点がいったようにうなずく。


「中庭でのことでしょうか? あれはただの幼馴染です」
「はあ!?」

俺は目をむいた。
思わず出てしまった大声に他の部員もこちらに注目してしまったが、構っている場合ではない。


「嘘つけ! 絶対彼女だろ! 彼女じゃない女子が膝枕なんてするわけねえだろダァホ!」
「そんなこと言われても……眠いと言ったら枕を貸してくれただけですし」
「だーかーらー! その時点でおかしいだろ! 絶対彼女だろそれ!」
「違います、幼馴染です」


頑なに言い張る黒子に、俺はため息をついた。


「……じゃあ質問を変えるぞ。お前、あの子が好きなのか?」
「は?」


こうなったら何が何でも恋バナに持ち込みたい。
これは意地だ。
しかしこの質問にも、黒子は訝しげな顔をするだけ。


「ただの幼馴染です。好きか嫌いかといわれればまあ好きですが、それ以上は……」
「はあぁ!?」

思わず黒子をひっぱたきそうになった。
何とか耐えたオレを誰か褒めてほしい。


「あれで何とも思ってないとかバッカじゃねぇのか! 嘘つくな!」
「嘘じゃないです。なまえはボクの幼馴染です」


そうか、彼女はなまえというのか。
じゃなくて!


「この際だから言っておく。
お前がどう思ってるかは知らねえが、あの子はお前のこと絶対好きだぞ!」
「は……」


黒子はぽかんと口を開けた。こいつのこんな顔は珍しい。
ようやく表情を崩せたことに俺は楽しくなって、さらに畳みかけた。


「いいか黒子、女子の太ももは神聖なものなんだ。彼氏でもないお前に触らせるってことは、お前が彼女にとって特別だってことなんだぞ!」

「日向、キモいよそれ」


伊月が後ろでぼそっと呟いたが聞こえないふりをする。


「男として情けないと思わないのか! 女子の好意を無下にするなんて……!」

「…………たぶんありえないと思いますが……。
何ならなまえに直接確認してみましょうか」

「は?」



予想外の言葉に、目が点になる。
どういうことだ、と確認するより早く、黒子は携帯を取り出して耳にあてた。


「……もしもし、ちょっとバスケ部の部室まで来てもらえますか。……はい、そうです体育館の…………そうです、じゃあ待ってます」


パチンと携帯を閉じて俺たちに向き直る黒子に、動揺を隠せない。


「呼びました」
「おっ前……このダァホ!!!! ここに呼んでどうすんだ!! つーか、なんでまだ学校にいるんだその子!!」

「最近通学路に変質者が出たらしくて、一緒に帰る約束してたんです。
ボクとしてはこの不毛な言い争いを早く終わらせたいので、本人に聞くのが一番手っ取り早いかと」


不毛。不毛って言いやがったこいつ。


「てっめえ…………」
この生意気な一年をどうしてくれよう、とクラッチ入りかけたそのとき。

コンコン、と控えめなノックが響いた。

「失礼しまーす……」

遠慮がちに顔を覗かせたのは、昼に見た少女。


「なまえ」
「テツくん、どうしたのいきなり?」


なまえちゃんに歩み寄り、中に招き入れる黒子を見上げながら首をかしげる。
素朴な雰囲気が可愛い。

「ちょっとなまえに聞きたいことがありまして」
「うん、なぁに?」


黒子はなまえちゃんの正面に立って、まっすぐに彼女の眼を見つめながら尋ねた。


「なまえってボクのこと好きですか? 恋愛的な意味で」


ストレートに聞くんかい!!
思わず叫びそうになったが、彼女は全く動揺した様子もなくきょとんとした顔で答える。


「特にないかな。ていうか、幼馴染だし」
「ですよね。ほら」


ほら、じゃねえよ!
何そのドヤ顔!すごい腹立つ!


「てめぇら幼馴染が何かの免罪符になるとでも思ってんのか!
その距離感でカップルじゃねぇとか人生なめてんじゃねぇぞダァホ!!」

「そんなこと言われても……」
「だって幼馴染だし、ね」


顔を見合わせてお互いに頷く黒子たちに苛立ちが増す。
こうなったら何が何でも認めさせてやる、と俺は無理やり口端を吊り上げた。


「じゃ……じゃあ、俺がなまえちゃんにちょっかいかけてもいいってことだな?」
「えっ」


ボッとなまえちゃんの顔が赤くなった。
初々しい反応に、黒子を挑発するだけのつもりがつい調子に乗ってしまう。

「俺でよければ、だけど。どう?」
なまえちゃんにニッコリと笑いかけると、なまえちゃんは耳まで真っ赤にして俯いてしまった。
やっぱり可愛いな、と思わず頬が緩むと。


「日向先輩」
黒子の声がした。
と、思った瞬間に、がしゃーんという大きな音とともに肩に激痛が走った。

「黒子!!」
周りの慌てる声が聞こえる。

気づいたときには、黒子が俺の肩をロッカーに押し付けて下から睨みあげていた。



「――なまえに手を出すなら、沈めますよ」


低い声に、背筋に冷たいものが走る。
その迫力に思わずごくりと唾を飲み込むと、黒子はふっと嘲笑を浮かべて俺の肩から手を離した。



「帰りましょう、なまえ」
「えっでもテツ君! 先輩が……」
「いいんです、帰りましょう」

黒子はなまえちゃんの鞄を奪い、空いた手をギュッと握って引っ張る。

そのままドアに向かう背中を呆然と見守っていると、黒子がチラリとこちらを振り返った。
そして不敵な笑みを浮かべる。


「先ほどの申し出についてですが、日向先輩じゃボクがよくないので、なまえにちょっかいはかけないでくださいね」


それでは、とドアの向こうに消える黒子と、申し訳ないと視線で訴えながら引きずられていくなまえちゃん。
そのなまえちゃんの表情の中にどこか嬉しそうな色を見つけて、ドアが閉まると同時にため息が出た。



「なあ、あいつらお互い本気で言ってんの?」
「たぶん……嘘ついてる感じじゃなかったけど」


伊月の戸惑うような口調に、俺は床にどかりと座り込んで足を投げ出した。



「あーもうやってらんねぇっ!! どう見てもバレバレじゃねえかよ!
何? あいつら2人して鈍ちんなわけ?」

「まあまあ。無自覚両思いってやつだろ」

「両思いどころか、あいつら自分のコイゴコロにすら気づいてねぇじゃねえか! バカじゃねえのマジで!」

「とりあえず落ち着けよ。
…………はっ、『とりあえず鳥あげる』。キタコレ」

「伊月黙れマジで」


俺はこのやり切れない苛立ちを伊月にぶつけて、ため息をついた。
リア充爆発しろ、と願いながら。



(何で先輩たちはあんなこと言ったんですかね)
(ね、私たちただの幼なじみなのにね)
(そうですね、幼なじみなのに)


*10000hitフリリク企画作品 凛華さまリクエスト作品。
「両片思い」のリクエストだったのに、書き終わってからこれは「両片思い」じゃなくて「無自覚両想い」だと気づいた。どんまい。


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