盲目占い



私は動揺していた。
とんでもなく動揺していた。

「みょうじ」
「ご、ごめ……ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」

謝ってすむ問題じゃないのは分かるが、それでも謝らないといけない。

だって、私の手には緑間くんの生活を支える大事な眼鏡。
しかも弦の折れた。


「本当にごめんなさい、わざとじゃないの…!」

そう、わざとじゃない。
ただちょっとふざけて、隣の席の緑間くんの眼鏡を拝借しただけだ。
その眼鏡をかけてみようと自分の顔に近づけたら、右の弦が根元から折れた。


「ごめんね、弁償します! 本当にごめんなさい……っ」

緑間くんはため息をついた。私の肩がびくりと震える。


「別に構わないのだよ。元々、ちょっと調子が悪いとは感じていた」

金属疲労で折れただけだと彼は言う。

「だからみょうじは気にしなくていい」

頭をポンと撫でられて、胸がキュンとしめつけられた。


そう、私はこの変人が好きなのだ。
どこが好きと聞かれても困るが、とにかく私は絶賛片思い中だ。

だからそんなに優しくされると、ドキドキして困る。
なんて本人に言えるわけないけど。


「しかし困ったのだよ……。眼鏡がないと見えない」
「そうだよね」

まだ一時間目すら始まっていない。
彼の視力で1日過ごすのは大変だろう。
しかもこんな日に限って緑間くんのお守り役の高尾くんは風邪で休みだ。
どうしよう。


「みょうじ」
「何?」

私が思案していると、緑間くんに名前を呼ばれた。

顔を上げると、緑間くんが私を真っ直ぐに見つめていた。
眉根が寄せられているのは見えないからだろうが、ただ単に怒っているようにも見えてビクリとする。


「みょうじに頼みがあるのだよ」
「な、何でも聞きます!」

背筋を伸ばして緑間くんの言葉を待った。


「みょうじに、オレの目になってほしいのだよ」

「……はい?」



***


私は、疲れていた。
それはもう未だかつてないくらいにぐったりと。
原因はおそらく、というか絶対に精神的なものだ。


「みょうじ、どうしたのだよ」
「んーん、何でもないです…」
「そうか」

緑間くんはあっさり引き下がると、ギュッと私の手を握る力を強めた。


そう、私は今手を繋いでいるのだ。
手を繋いで、一緒に下校している。

カップルみたい、と頭の中で呟いてみたが、残念なことにときめく体力が残ってない。

彼の眼鏡を壊してしまってから今日1日、常にときめいていたせいだ。


まず授業中。
彼は黒板なんて見えるはずがないので、机をぴったりくっつけ私がとったノートを彼が写す。

彼は手元のノートすら霞むという超ど近眼なので、私のノートを見るだけでも大変だ。 

必然的に私たちは授業中ずっと密着することになってしまった。
一時間目の間は、心臓の音が彼に聞こえやしないかと授業どころじゃなかった。


次に休み時間。
トイレにも行けない彼のために私が彼を連れていかなければならなかった。
手をひいて。

手を繋いだときは心臓が止まるかと思ったが、廊下で浴びせられたクスクス笑いと、男子トイレ前で待ってるときの奇異の視線は夢に出てきそうだ。



極めつけが昼休み。

彼は弁当を食べようにも、見えないからおかずが掴めない。
見かねてフォークを貸したけど、ほとんど差せない。

どんだけ視力が悪いんだと呆れながらも放っておくことはできず、仕方ないので私が彼に食べさせてあげた。

いわゆるあーんってやつだ。

クラスの皆は理由を知っているから奇異の視線は向けてこないが、暖かく見守られるというのも意外と精神的にくると知る。



そして今。
当然のように手を繋ぎ、一緒に下校。
行き先は眼鏡屋だ。

カップルでもないのに、あーんやら放課後デートやら、カップルの定番をこなしてしまっている。


「緑間くんって、そんなに視力悪くてバスケ大丈夫なの?」
「問題ない。そのために眼鏡があるのだよ」

じゃあ今回みたいに眼鏡壊れたらもう何もできないじゃないか。
敵チームにこの弱点が知れたら大変だ。

なんてことをぼんやり考えていると。


「みょうじ」
「ん?」

名前を呼ばれて、首をあげる。
彼は背がめちゃくちゃ高いから、会話するのも一苦労だ。
そう思った次の瞬間。


「今日のオレたちはカップルみたいだと思わないか」

「……え」


思う。ずっと思ってた。
ときめく体力なんてもう残っていなかったはずなのに、彼に言われると不思議と胸がキュンと高鳴った。
なんて現金な心臓だ。


「そ、うだね。手とか繋いでるし、ね」

動揺を悟られたくなくて冷静に答えようとしたのに、なんだかしどろもどろになってしまった。
彼を直視できなくて顔を伏せてしまう。


「みょうじ」
「ん?」

彼が立ち止まった。そしてまた私の名を呼ぶ。
まだ顔が赤いけど、どうせ彼は見えないのだ。

安心して顔を上げた瞬間、びっくりしすぎて声をあげそうになった。


彼の顔が目の前にある。あと何センチか近づけばキスできてしまいそうなほど、近くに。


「顔が赤いのだよ、みょうじ」
「そんなこと……ない」

反射的に否定すると、彼はフッと笑った。
吐き出された息が私の唇にぶつかり、ビクリと肩が震える。


「今日の蟹座は1位だったのだよ」
「……は?」

唐突に彼は話し出す。
それは、この体勢でする話なんですか。


「特に恋愛運がよかった」


息が止まりそうになる。
恋愛運を気にするなんて、それって。


「『好きな子と急接近できちゃうかも!?』と言われた。
だから今日のラッキーアイテムの猫のぬいぐるみもこうして持ち歩いている」


心臓がうるさい。
私の顔はもう茹で蛸みたいになってるんじゃないだろうか。

緑間くんが、またフッと笑った。


「やはり、おは朝の占いはよく当たるのだよ」


それって、つまり。

 
「────つ、まり……どういう、こと?」


声が震える。
でも聞かなきゃ。勘違いだったら目もあてられない。
頭の片隅で期待する自分を必死に抑えつける。


「つまり、オレはみょうじのことを………」


瞬間、緑間くんがそっと離れた。
急に視界が広くなって戸惑う。


「いや…………やめておこう」
「え………?」


なんで?という言葉が頭を埋め尽くす。
私は今きっとひどい顔をしているだろう。


じっと緑間くんを見つめていると、彼はチラリと横目で視線をくれ、またフッと笑った。
その表情がカッコよすぎて、心臓が止まったと思った。


「今日は、告白には向かないと占いが言ってたのだよ」


帰ろう、と彼は私の手を引っ張った。
呆然としたまま私はその手についていく。


「人事を尽くさねばな」


呟かれた彼の口癖に、前を歩く彼を見上げると、少し耳が赤かった。

とりあえずおは朝占いは毎日見よう、と心の中で呟いた。



(って、緑間くん! 信号赤!)
(え、あ、すまないのだよみょうじ)
(何で見えない人が先に行こうとするの)
(好きな女に手を引かれているのは男としてカッコ悪いからな)
(え……………)
(みょうじ、そろそろ青になったんじゃないか。行くぞ)
(…………………それで告白してないつもりなんだね……)


*緑間くんって意外と頭悪いんじゃないかと思ってる。馬鹿の子可愛いよ。


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