▼黄昏の檻
(※本誌ネタバレあり)
だん、と背中を壁に押しつけられた。
刹那止まる呼吸。
衝撃に瞑った瞳を開くと、私の瞳を射抜くようなレッドアイがそこにあった。
「あかし、くん」
息がうまくできない。
背中を冷たい汗が伝う。
口の中はカラカラで、声を出すのもつらかった。
目の前の彼は私の顔の横に両肘をつくと、こつんと額を合わせる。
そのレッドアイから逃げる術を失って私は息を詰まらせた。
こんな赤司くん、私は知らない。
私の知っている赤司くんはとても優しくて、私に触れるときも私が怯えないようにと細心の注意を払った指先で、まるで壊れ物を扱うようにそっと触れる。
こんな威圧的な赤司くん、私は知らない。
「あ……あなたは、だれ、なの……?」
思わず口から零れた言葉に、自分で驚いてしまった。
見間違えようもない特徴的な赤い髪、優しくてかっこいい私の恋人じゃないか。
まるで自分に言い聞かせるように、私はそう心の中で呟く。
けれど、次の瞬間。
私を射抜く左の瞳の色が、揺らいだ気がした。
そして、すっと細められるそれ。
赤より薄い橙色の瞳が、愉しげに笑った。
「──"僕"は赤司征十郎だよ、"なまえ"」
その言葉に、ぞくりとした。
赤司くんは、自分のことを"僕"とは言わないし、私のことも"なまえ"とは呼ばない。
違う、この人は違う人。
じゃあ、この人は────誰。
「……っ!!!!」
恐怖を感じて私はとにかく彼から逃げようとした。
しかし、彼の腕が作る檻は思った以上に頑丈で、私を捕らえて離さない。
「ああ、なまえ、悪い子だね。逃げてはいけないよ」
「いやっ……離して…っ離して!」
暴れる私の、腰を彼の左手が捕らえた。
右手の肘を私の顔の横について、ぐっと私に身を寄せてくる。
「何故逃げようとする? 僕はお前の恋人なのに」
言いながらそっと寄せられる形のいい唇を、私は顔を背けて拒んだ。
しかし次の瞬間、彼の右手が私の顎を強く掴んだ。
そして首の筋を違えてしまうのではないかと思うほど容赦のない力で顔を正面に戻される。
「いけない子だね。恋人からの口づけを拒むだなんて……」
「んっ……!!」
噛み付かれたのかと錯覚してしまうほどの獰猛な口づけ。
いつもの唇をそっと重ね合わせるだけの優しいキスとは比べ物にならないくらいに激しく、一方的なそれに私は呼吸を奪われてしまった。
「んっ、く……っ…ぅ………はっ」
息を吸うことも許してくれない、支配者のキス。
無理やり唇をこじ開けられて、ぬるりと舌が口内に滑り込んできても私はもう驚かなかった。
意識が朦朧としてきたとき、ようやく唇が解放されて私の思考は急に現実に引き戻された。
「お前も、僕が変わってしまったと思うのかい?」
その言葉に、私は一瞬どう答えたらいいのか分からず言葉に詰まった。
変わってしまった? いや、違う。彼は、
「あなたは私の恋人の赤司くんじゃない……! 全然違う人よ……っ」
私の赤司くんは、こんなキスはしない。
まるで獲物を前にした獣のような、こんな獰猛な瞳で私を見ない。
こんな――こんな冷たい目をする人じゃない。
彼はくっと喉を鳴らした。そして唇の端を持ち上げる。
しかし瞳は笑わない。オッドアイで私を壁に縫いとめながら、笑みの形の唇を開いた。
「僕"も"赤司征十郎だよ、なまえ。ただ入れ替わってしまっただけだ」
「……入れ、替わる?」
その言葉の意味が分からないでいると、目の前の彼は私の腰に回していた左手を、そっと下に移動させて、私の太ももに這わせ始めた。
大きな手のひらが腿を上がってくる、その感触に肌が粟立つ。
「僕がこういうことをするから、なまえは僕が赤司征十郎じゃないなんて言うんだろう?
でもねなまえ、僕も赤司征十郎なんだよ。僕はずっとなまえにこういうことがしたかった。その桃色の唇を塞いで、舌を絡めて、柔らかい肌に吸い付いて、身体中を愛撫して、僕の愛の証をお前に刻み込みたかった。
赤司征十郎は、なまえにこういうことがしたかったんだよ、ずっと」
言いながら彼は私の首筋に唇を寄せ、そして――。
「僕を拒むなら――君を愛したいと言う僕に逆らうのなら。
僕はお前のこの首を噛み切って、自分のこの喉をも切り裂いてしまおう。
僕はお前のことを愛しているんだ……僕を受け入れてくれるよね、なまえ?」
ちゅっと音を立てて首にキスマークを残した彼に逆らうことなど、私にはできなかった。
(彼を守るためなら、彼にこの身を差し出しても構わない)
(そこが監獄だと知っていながらも私は囚われる)
(愛しいあなたにいつか会える日、それだけを夢見て)
*ミカン熊さまリクエスト作品。
n番煎じだけれどもどうしても書きたかった。
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