君の名前



(※死ネタ)



雨が降っていた。
オレは傘を持っていなかった。
だからびしょ濡れだった。
座り込んだ地面もぐちゃぐちゃでキモチワルイ。

「敦」

室ちんの声だ。
すごくどうでもいい。
だからシカトする。


「敦」

今度は少し強めに名前を呼ばれる。
面倒だと思いながら顔を上げる。

「敦」
「なーに室ちん。どしたのー?」

ニッコリ笑ってみせたのに、室ちんはなんか痛そうな顔をした。
意味わかんない。

「敦、帰ろう」
「やーだ」

またその話か、とオレは顔を正面に戻した。

「オレ帰ってどうすんのさ」
「どうもしない。家に帰って、シャワーを浴びて、お菓子を腹いっぱい食べて寝るんだ。最高だろう?」
「えー? そんなのサイテー」

オレはため息をついた。

「オレは帰んないよ」
「敦、」
「それ以上言ったらひねりつぶす」

オレの頑なな態度に、室ちんが途方に暮れているのが分かった。
でもこれだけは譲れない。

その気持ちが伝わったのか室ちんはため息をついて歩き去った。
でもたぶんしばらくしたらまた来るんだろう。



それでもオレは帰れない。
だって、なまえがここにいるんだから。
帰ったらなまえと離れ離れになってしまうから。



「なまえ」


なまえだけは名前で呼びたかった。

基本的に人をあだ名で呼ぶのが好きなオレだけど、なまえの名前は大切だから、名前を呼びたかった。


「なまえ」

オレは名前を呼んでなまえをそっと撫でる。

ずいぶん冷たい、雨に濡れた、墓石。

「なまえ」

返事がないのが寂しい。



なまえが好きだった。
でもオレはどう接していいか分かんなくて、意地はって、ひどいことばっか言って、

そのうちに、なまえは車に体当たりされて真っ白な骨になった。



「なまえ」
名前を呼んで、返事が返ってきたことはない。

だって、名前で呼んだことないから。
なまえが生きてるうちは、あんた、とか適当な呼び方ばっかりしてたから。



大切だったのに、大切だったから、気軽に名前なんて呼べなかった。



とにかくオレはなまえにひっついていたくて、墓石に背中を預けて目を閉じる。



なまえが濡れているから、オレも傘を差さない。
なまえがここにいるから、オレも一緒にいる。
なまえが死んでいるから、オレも。  

「……なんて、ね」


お化けは透明で触れないから、オレが死んでお化けになってもなまえにはひっつけない。
だから死なない。
けど。



「なまえ」

まだ立ち上がる気分にはなれない。

「…なまえ」

だってまだ名前を呼び足りないから。


「……なまえ……………っ」

まだ、涙が止まらない、から。


雨はしばらく、やむ気配がない。



(雨が涙を隠してくれる、なんてウソ)
(むしろ雨粒さえ涙に見えてくるの)


*何もかも、終わってしまわないと分からないものです。


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