また会ったら愛しあおう



(※赤司成り代わり)


その子を見た瞬間、呼吸が止まった。


「みょうじなまえです」

キセキの世代、みょうじなまえ。
マネージャーではありながらも、その類稀なる頭脳と天賦の才能を買われてゲームコントロールを任され、その緻密なゲームプランなくしては帝光全中三連覇はなかったとまで評される、キセキの世代の参謀。


「うおー! すっげぇみょうじじゃん! え、マジで? 本物?」
「……うるっさいわね、あんた」

小太郎の声で我に返った。ついでにその喧しさに眉をしかめる。
しかしみょうじは小太郎のテンションにも怯んだ様子もなく、悠然と微笑んだ。


「存じていただけているのは光栄です。よろしくお願いします、葉山先輩」
「え! 何でみょうじオレの名前知ってんの!?」

小太郎がぐいぐいと身を乗り出す。
私がため息をつく一方で、みょうじはニッコリと笑った。

「もちろん存じておりますよ。葉山小太郎先輩と、」

そして彼女の視線がずらされ、彼女の瞳が私を映した。
すっと細められる瞳に、どくりと心臓が嫌な音を立てる。


「実渕玲央先輩――――"無冠の五将"の」

瞬間、カッと頭の中が熱くなった。

無冠の五将──その呼び名は私にとって屈辱以外の何物でもってなかった。
確かに持っていたはずの冠をキセキの世代に奪われた、惨めな存在だと嘲笑われているよう。

私も確かに天才だったはずのに。
どんなに勝ち進んでも、最後には必ず負けが待っている。
絶対に越えられない才能の壁と比べられ、負け続け、ついには人の記憶から消え失せた、無冠の存在。それが私たち。


「よろしくお願いします、先輩」


そして今、私から冠を奪った壁が、私の前に微笑みながら立ちはだかっている。
仲間面して、私にそっと右手を差し出してみせて。
なんて――なんて茶番。
思わず笑ってしまった。

そして私はキセキの世代の参謀、みょうじなまえの右手をそっと握り返す。


「――――うん、よろしくね。みょうじサン」



ここではあんたの出番なんてないから、と心の中で呟きながら。


***


あんな子がいなくたって、私たちは勝てる。
あんな子、"開闢の帝王"には必要ない。

そう心の中で呟いていたら力が入りすぎてしまって、しゅっと指先から放たれたボールは、リングに当たってどこか遠くに転がっていってしまった。

「……っもう」

どうしようもない苛立ちを小さな悪態に混ぜて、私は転がっていったボールを拾いに向かう。
すると。

体育館の隅に見つけた姿に、呼吸が止まった。


「お疲れ様です、実渕先輩」
「……あら、みょうじサンじゃない」


いけない、少し白々しい言い方になってしまった。
ボールを拾うために腰を屈めながら、誤魔化すようにわざとらしいくらいの明るい声で続ける。

「ダメよぉ、女の子がこんなに遅くまで残ってちゃ。部活は終わったんだからさっさと帰りなさい」
「先輩こそ。こんな遅くまで居残り練だなんて、熱心ですね」
「やーね、当たり前じゃない。IH決勝も近いんだから」

手の中でボールを弄びながら、踵を返して彼女に背中を向ける。
その瞬間、自分の表情がなくなったのは鏡を見ずとも分かった。


みょうじにだけは居残り練は見られたくなかったのに。
見られてしまったことが悔しくて気分が悪い。

そうよ、私は貴女とは違うから。
凡人はこうやって誰よりも遅くまで必死に練習しないと上手くなれないの。
貴女たち″キセキの世代″とは違うのよ。
そう心の中でみょうじを詰る。


「悪いけど、気が散るから帰ってもらえるかしら? 私、練習は集中してやりたいの」

そう言ってシュートモーションに入る。
と、同時に背後でクスリと笑う声が聞こえた。


「そんなに嫌わなくても、私はちゃんと実渕先輩のこと好きですよ」

「っ…………!?」


ガコン、とリングに当たってボールは明後日の方向に跳ねる。
すると彼女はまたクスクス笑った。

文脈がおかしい彼女の発言は意味がわからない。
でもその言葉は妙に不快で、私は歯を食いしばった。
ああ、もう、取り繕うのはやめよう。どうなってもいい。
そう思って私は彼女を振り返り、とびっきりの作り笑いをしてあげた。


「なーんだ、私の気持ち、ちゃんと伝わってたのね」
「ええ、もちろん」
「聡い子は嫌いよ」
「ありがとうございます」
「特に私、あなたのことは大っ嫌いなの」
「知っています」


その平然とした態度に苛立ちと不快感が募る。

「……あなた、私が言っている意味分かってる?」
「ええ。実渕先輩は私のことが嫌いなんですよね。分かっていますよ」


分かってるのか分かってないのか、つかみどころのない彼女の返事。


「…………これだから、天才は嫌いよ」

苛立ちまぎれにそう呟くと。

海月はにこりと、どこか色香さえ感じさせる笑みを浮かべた。
その艶やかな赤い唇に刹那、目を奪われる。


「でも私は好きですよ、実渕先輩のその才能が」


まるで睦言のように囁かれたその言葉に、私は目を見開いた。


才能が好き、だなんて、彼女は私の人格ではなく、能力を評価しているということだ。
つまりそれは、彼女の駒に値すると認められたということ。
なんて打算的な好意。


「あんたって、ほんとイヤな子ね。大嫌い」

「お互い様でしょう。あなたも私の才能を嫌っているのですから」

その言葉に思わずふっと笑う。

言われてみれば確かにそうだ。
私はキセキの世代が、もっと言えば彼らのその才能が嫌い。


もし彼女がキセキの世代じゃなくてゲームメイクの才能なんかなくて、普通の女の子だったならこの出会いは違うものになったのかもしれない。

でも現実、彼女はキセキの世代で私は無冠の五将。
キセキの世代は光を浴びて、私たちは影に追いやられて。
でも同じ天才な私たちは、所詮似たもの同士なのかもしれない。


「私たち、お互い凡人だったらよかったのにね」

皮肉を込めてそう言うと、彼女は泣きだす寸前のようにくしゃりと顔を歪めて笑った。


(勝つことしか許されない私たちは、酷く似たもの同士だった)
(違う形で出会いなおせたらなら、愛しあうこともできたかもしれないのに)

*潮さまリクエスト作品。タイトルは反転コンタクトさまからお借りしました。
実渕先輩は無冠の中でもキセキにコンプレックスを持ってる方だという妄想。


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