さよならシンデレラ



征くんの歩幅は、私より大きかった。

しかし征くんはいつも私に合わせてゆっくりと歩いてくれる。
言葉にはしないけれどそうやっていつも私に優しい幼なじみ。


でも、彼とこうやって並んで歩くのも最後なんだ。
そう思うと、この時間が惜しくて自然とゆっくりになってしまう私の歩調。
それに合わせて彼はさらにいつもよりスピードを緩めてゆっくりと歩いてくれて、私はそれに甘えてさらにゆっくり歩いて、彼が合わせてくれて、エンドレス。

もはや滑稽なほどゆっくりと並んで歩く私たちの胸には、紙で造られたニセモノの花。
そして手に持った筒の中には、校長先生から初めて、そして最後に手渡された卒業証書が丸められて収まっていた。


「――征くんは、いつ京都に行くんだっけ」
「4月に入ってすぐだ」
「そっか」

会話が途切れ、また私たちは黙ってゆっくりと歩く。
お互いの方は見ない。
俯く私とは対照的に、征くんは真っ直ぐ顔を上げてどこか遠くを見つめている。
この視線の高さの違いが私と征くんの違いなのかもしれない、なんて馬鹿なことを思った。


「――秀徳に行ったら、真太郎をよろしく頼むよ」
「私、緑間くんと征くん抜きで話したことないけど大丈夫かな」
「大丈夫だ、真太郎はいいやつだよ」
「征くんがそういうなら、信じる」

そしてまた会話が途切れる。
10年以上も一緒にいていっぱい色んな話をしてきたのに、今日に限って何を話したらいいのか分からない。

こうやって並んで帰るのも、今日が最後だ。
この真っ白なブレザーに身を包むのも、幼なじみとして隣に並ぶのも、きっと今日が最後。


4月から彼は遠く京都に旅立ち、黒のブレザーに身を包む。
黒のセーラー服を着る私はもう、こうして彼の隣に立つことはできない。

幼なじみという特別な関係が消えてしまうわけではないのは分かっている。
しかし私の、彼の学校生活にはもうお互いの姿はなくなってしまうのだ。


「……――征くんは、寂しくない?」


気が付くと、私の唇は勝手にそんなことを尋ねていた。
しまった、と思ってパッと彼を見上げると、彼は前を見つめたままフッと微笑んだ。


「なまえは、寂しいんだね」


そう、私は寂しいの。
心の中ではそう頷くけれど、現実ではイエスもノーも言わず私は黙って彼の横顔を見つめる。

「なまえはこの3年間、楽しかったかい?」
「……………うん」


わずかに答えに躊躇いながも、今度は私は声に出して頷いた。

躊躇ったのは、彼の問いが正確じゃなかったから。
正しくは、「この3年間″も″楽しかった」、だ。
彼と過ごした10年以上の月日の中の、たった3年間。
楽しかった。とても楽しかった。


「楽しかった、よ」


声に出した言葉は、喉が詰まって掠れた囁きにしかならなかった。
この言葉みたいに、私たちの関係もいつか過去形になってしまうのだろうか。
彼が京都に行ってしまったら、この幼なじみという特別な立位置も過去のものとなってしまうのだろうか。
 

「……帰りたく、ないな」


無意識に私の唇はそんな囁きを零していた。
征くんがわずかに目を見開いてこちらを見る。

「……何を言っているんだ、なまえ」
「ごめん、変だよね。忘れていいよ」

そう嘯く私の唇をじっと見つめる征くんの瞳が揺らめく。


次の瞬間、彼はふーっとため息をつき立ち止まった。
そしてゆっくりと口を開き、今度はため息混じりの言葉を零す。


「…………シンデレラだな」


その唐突な言葉に私は目を丸くした。
話についていけなくて戸惑う私を見て、征くんはクスリと笑う。


「この頃のお前は、まるで12時の鐘が鳴るのを恐れているシンデレラだ。魔法が解けて、ドレスが消えて、ガラスの靴を失ってしまうと怯えているように見える」

「な、」


なにそれ、と言おうとしたが、途中で言葉を失った。
まさにその通りであることに気づいたからだ。


今日を迎えることに私は怯えていた。
この真っ白な制服を脱ぐ時がきて、彼の隣の私の居場所を失ってしまうことが、怖かった。

幼なじみという特別な立場は私にとってガラスの靴。
真っ白な制服は私にとって魔法のドレス。
全て彼の隣にいるために必要だったものだ。


しかし、鐘は鳴った。


4月が来たら、今まで私がいた場所には彼に似合いの素敵な人が立つのだろう。
私みたいな平凡な女の子じゃない、もっと素敵な人が。
たまたま親が友人だった、たったそれだけの私は、学校が離れても彼と一緒にいることなんてできやしないんだから。



「――――全く」

思考の海に沈んだ私が俯くと、ふと征くんがため息をついた。


「お前の考えていることを当ててあげようか、なまえ」
「え?」

「"僕の隣にはもっと違う人物がふさわしい"。そんなことを考えているのだろう」


その言葉に、私は息を呑んだ。
どう反応していいか分からず口をつぐんでいると、征くんはまたため息をついて、そして言った。


「――くだらないな」


その心底呆れたような声に、私の心臓はギュッと縮んだ。
征くんはそんな私に構わず、さらに続ける。


「全く、くだらない。この長い付き合いの中で、そんなくだらないことしか考えられないのか。ほとほと呆れる」
「っ……そんな言い方、」
「他にどんな言い方をすればいい。本当にお前は仕方のない子だね」


言いながら征くんはすっと私の方に向かって手を伸ばした。
思わず私が身を竦めた、次の瞬間。

ぶちり、と音がして、彼が手の中で何かを握りつぶした。
一拍遅れて、彼が私の胸の花をちぎり取ったのだと理解する。


「これで満足かい」

「っ征くん!? 何し……」

驚く私の手を取り、征くんはそれを彼自身の胸へと導く。
そして私の掌に彼の胸の花を掴ませたかと思うと、それを私の手で思い切り引きちぎらせた。


「僕は、満足か、と聞いたんだ。どうなんだ、なまえ」


まるで私を責めるような厳しい声音に、私の胸の奥が冷えて縮こまっていく。
彼の視線に息が止まってしまいそうになる私は黙っていることしかできなくて、じっと口をつぐんでいると彼は私の手を花ごと力強く握りしめた。


「なまえが何を不安に思うことがあるのか、僕には分からない。なまえが僕の隣にずっといたのは、ただ親同士が友人だった、たったそれだけの理由なのかい?」


その言葉に私はしばし躊躇って、そしてゆっくりと首を横に振った。

否定はしてみても、じゃあ何で私は彼の隣にいたいの、と問われたら答えられない。
だって、彼と一緒にいたいと思うのに理由なんかないから。
私がそう思うのは当たり前で、当然で、決まりきった必然だから。


これはそう、おとぎ話の女の子が王子様に憧れるようなもの。
私は赤司征十郎に憧れると、そう決まっているのだ。

たった今気づいたその事実に驚いた次の瞬間。

征くんが握った私の手をそっと自分に引き寄せ、私が握っていた紙の花を奪い取ってぽいと投げ捨てたかと思うと、私の手を開いて彼の頬に添えさせた。


「なまえが何故僕と一緒にいたがるのか、その理由は僕は知らない。
でもね、なまえ。おそらくだけどね、君が僕と一緒にいたがる理由は僕と一緒だと思うんだ」

「え……?」

すり、と彼のすべすべの頬が私の掌にこすり付けられる。
まるで猫のマーキングのような頬ずりをしながら、彼はふっと微笑んだ。


「僕が君を隣に置くのに、理由なんかない。僕がなまえと一緒にいたいと思うのは、当然のことだ。そうだろう?」


その言葉に、私は息を呑んだ。
私の反応に征くんは私でなければ分からないほど、微かに満足げに目を細める。


「もう一度問う。これで満足か、なまえ?」


本当に、彼には敵わない。
私が自分に自信がないことも、彼と離れるのが寂しいことも何もかも御見通し。
そしてそんなくだらないこと、何もかもひっくるめて全てたった一言で片づけてしまうんだ。

私と一緒にいたい、とそんな魔法の一言で。


「征くんって、魔法使いみたい」


言いながら彼の頬をそっと撫でると、彼は満足げに瞳を細めて笑った。



("僕が魔法使いなら、鐘がなったくらいで解ける魔法なんて絶対にかけないよ")
("そして僕が魔法使いなら、君にカボチャの馬車なんて絶対に与えない。ガラスの靴を履いてずっと僕の傍にいればいい")
(そう笑う彼は実に彼らしくて、私はクスリと笑った)


*ぽんぽんさまリクエスト作品。
シンデレラは舞踏会には現れませんでした。そんなお話も好きです。


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