ENDLESS



(※死ネタ)


そのボタンが押されようとした、そのときだった。


「待ってくれ」


凛とした声がそれを制止した。
その場にいた者は皆、その声の方向に顔を向ける。


「そのボタンを押すのは間違いだ。万が一なまえがまだ生きていたら取り返しのつかないことになる」
「え、ちょっと赤ちん」


その声は、帝光中学校男子バスケットボール部主将、赤司征十郎のものだった。
隣にいた紫原敦は、それを驚いた様子で見下ろす。


「赤ちん、何言ってんの、そんな…………」
「なまえはまだ生きているかもしれない」
「赤司、やめるのだよ」


一歩前に進み出ようとした赤司を緑間が制した。
しかしそれに構わずさらに前に進み出ようとする赤司。
その両腕がガシッと掴まれた。


「赤司っちらしくないっスよ、どうしたんスか?」
「そうだぜ赤司。何言ってんだよ」


腕を掴んだのは黄瀬と青峰だった。
さすがの赤司も、20センチ近く体格が違う彼らにそれぞれ腕を掴まれては身動きが取れない。
もどかしいのか、赤司は苛立った様子で周りを睨んで言った。



「邪魔をするな。離せ」
「何するってんだよ」
「なまえがまだ生きているなら、早くあんな狭い箱から出してやらないと。苦しい思いをしているかもしれない」
「ねぇ赤司っち、落ち着いて」
「落ち着いている。お前たちこそ、もう少し冷静になったらどうだ? 少し考えれば分かるだろう。なまえがそんな簡単に死ぬわけがない。あいつはまだ生きている」


いつもどおりの冷静な顔の赤司と目があった黄瀬は、泣きそうに顔を歪めてその視線を逸らした。
あまりの様子に、見かねた黒子がそっと赤司の正面に立って彼の肩に手を置く。



「赤司くん、キミこそ冷静になってください」
「冷静だろう。オレの言うことが間違っていたことがあるのか、黒子?」
「いい加減にしてください、赤司くん。海月さんは亡くなって、」

「っ――うるさい!!」


いきなり赤司が、黒子の言葉を遮って叫んだ。
ふだんあまり声を荒げることのない赤司が激昂している。
黒子は驚いて口をつぐむ。


「お前までそんなことを言うのか、黒子! 客観的な視点はお前の十八番だろう!? 何でお前までそんな馬鹿げたことを言う……!!」


目を見開き、身を乗り出して今にも黒子に掴みかかりそうな赤司を、黄瀬と青峰が必死に抑えつける。
2人がかりだというのに赤司の力は強く、振り切られてしまいそうだった。


「なまえが死ぬわけがないだろう!! オレをおいて死ぬわけがない!! オレと一生を共にしたいと言ったなまえが、そう簡単に約束を反故にするわけがない。なまえはそんな不誠実な人間じゃない。だからなまえは生きている。単純なことだろう、それなのに何故お前たちは、なまえが死んだなどと……!!」


びりびりと空気を震わせるその叫びに、参列者の中からすすり泣きの声が上がり始めた。
黄瀬や緑間も唇を噛んで、こみ上げる何かを必死に堪えているよう。

この場にいる誰もが、最愛の恋人を亡くした赤司に同情し、その痛みから目を背ける赤司を直視できない。
その痛みを推しはかることなど、誰もできはしないのだ。
誰も。赤司でさえも。

そんな赤司から目を逸らしたい気持ちを抑えながら、それでも気丈に赤司の痛みを見つめる黒子の肩が、突然ぐいと後ろに引っ張られた。


「ごめん、黒ちん。ちょっとどいて」

そう言って黒子を押し退け、赤司の正面に立った紫原は、左手で赤司の肩をグッと押さえる。
そして。


「お説教は後で聞くね」
「ぐっ…………!!」

そう呟いた紫原の右拳が、赤司の腹にめり込んだ。
鳩尾を正確に捉えたその拳が与える痛みは相当なもので、さすがの赤司もその場に倒れ込む。
身体の両脇を支えていた黄瀬と青峰の腕がずしりとした重みを感じる。
見ると、赤司は気を失っていた。



「紫原くん……キミという人は」

あまりに乱暴なやり方に呆れた黒子がため息をつくと、紫原はいつも通りの間延びした声で言う。


「んー、だって、あーするしかなかったしー」
「そうだとしてもやりすぎなのだよ。内臓を傷つけていたりでもしたらどうする気だ」
「血ぃ吐いてないし大丈夫じゃない? わかんないけど」

そんな無責任な、と言いたげな緑間を、赤司を抱え上げながら紫原は見下ろす。


「だって、赤ちんがあんま可哀想じゃん。オレ、あんな赤ちん見たくない」

紫原の言葉に、緑間は口を閉ざす。
その無言こそが彼の同意を示していた。



「…………行きましょう、紫原くん」

赤司を肩に担ぎあげた紫原の袖を、黒子はそっと引いた。
紫原も頷いて、それに従う。


「オレたちも行こう、青峰っち」
「ああ」

黄瀬と青峰もそれに続く。
その狭く息苦しいホールの外へと足を向ける彼らにため息をつきながらも、緑間もそれに従った。
そして最後、その場にいた参列者たちに頭を下げる。


「騒いでしまってすみませんでした。どうぞ……続けてください」


そして緑間がホールを出ていき、その場には沈黙が残された。
そんな中、進行役の葬儀屋が口火を切る。


「――では、お願いします」
「はい」


促されて喪主であるなまえの父親は、一度くじかれたその覚悟をもう一度呼び起こして、震える指をボタンに乗せる。
先ほどの赤司の言葉が一瞬脳裏によぎった。

しかし彼はそれを振り切るように一気に、そのボタンを押し。
なまえの棺桶が入った火葬炉に炎が灯された。
小さな木の箱の中で彼女は、赤司が愛したその姿を捨て真っ白な骨となる。

やがて斎場の煙突から立ち上り始めた煙を、キセキの世代と呼ばれる彼らは未だ目を覚まさない赤司と共に見送っていた。




(目が覚めたら、彼は言うのだ)
("悪い夢を見た")
("彼女はどこへ行った"と)
(一点の曇りもない視線は、彼女を探し彷徨うのだ)


*あっきーなさまリクエスト作品。
赤司くんが一度「認めない」と決めたら、認める日はけして来ないと思う。


[ back ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -